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111/265

111:想定外の活躍って、びっくりするよねって話


 ベイルロード辺境伯の次男で、カイルの兄であるザイードが偉そうに登場した。

 お呼びじゃねぇっての!

 お前になにができるって言うんだよ!


 俺が言葉に出さず叫んでいると、ザイードがマントを翻しながら、腕を振る。


「聞け! これよりこの戦いの指揮は私が執る!」


 はぁ!?

 ザイードは俺らの驚きにも気づかず、さらに続ける。


「冒険者とリザードマンはペアを解除するのだ!」


 ちょっとまて!

 冒険者とリザードマンをペアにしたのは……。


「広域探索を重視した陣形を続ける意味はない! 冒険者どもは遠距離攻撃をあのデカブツに放ち続けるのだ! レイドックとやらの牽制になる!」


 ……あれ?


 俺はザイードの横やりを止めようと走り寄っていたのだが、ヤツの指揮に目が点になっていく。


「リザードマンは湿地に強い! お前たちは縦横無尽に動き回ってデカブツを攪乱するのだ! ……亜人に頼るのは業腹だがな」


 えっと……、あれ?

 言葉はむかつくし、こっちこそ業腹なんだが……あれ、あれ?


「我が兵は、私を中心に、そこの錬金術師を一緒に守れ!」

「へ?」


 とうとう、間抜けな声が出てしまった。


「クラフトと言ったな、錬金術師! ぼやぼやするな! はやくこっちに来るのだ! そこの神官もだ!」

「「は! はい!」」


 思わず俺とベップが、ぴんと起立姿勢をとってしまう。

 有無を言わせぬ口調と態度というだけでなく、従うべきだと本能が答えているようだった。

 ザイードは、どこか冷めた目で見下すようにこちらに振り向く。

 腰に手を当て、呆れたように続けた。


「錬金術師。お前は短時間でポーションを作れると聞いた。今からここでヒールポーションを作るのだ」

「は!?」


 ここで!?

 ザイードの陣取るこの位置は、後方だけど戦場なんだぞ!?


「い、いやちょっと待ってくれ……ください! こんな場所では……」

「私はやれと言った。それに考えてみろ。これだけの戦力で戦っていて、敵がこの場所までたどり着くなら、その時点で負けだ」

「そりゃ……そうですが……」


 たしかに、この位置までヒュドラが突っ込んでくる事態というのは、レイドックも冒険者も突破されているということになる。

 理屈はわかるが……。


「俺が防御魔法を使わなきゃ、前線が崩壊するかもしれないんですよ!?」

「いらぬ。Bランク冒険者の護衛には、キャスパー姉妹をつけた」

「だけど……!」

「くどい! 今は貴様が少々魔法で参戦する時ではないのだ! さっさと手を動かせ!」

「う……」


 俺は謎の迫力に押され、空間収納から錬金釜などを取り出し設置していく。


「ポーションを作るのはいいんだけど、瓶詰めしてる時間はないですよ?」

「いらぬ。樽にでも入れておけ。……そこの神官! ベップだったか? 今から負傷者の手当を任せる! ポーションを使ってけが人を癒やすのだ!」

「は……はい」


 ザイードの迫力に、ベップが反射的に肯定を返す。

 さらにザイードは続けた。


「リザードマンから少し人数を割け! ……護衛についていたメスのリザードマン部隊がいい。貴様らは負傷者をこの場所まで連れてくるのに専念しろ! オスの部隊はそのまま攪乱だ!」


 あ……あれ?

 なんていうか、ものすごく……的確な指示じゃね?


 ザイードがばっと手を振るう。


「青髪のBランク冒険者! 傷はもうよいのか!?」


 キャスパー三姉妹の神官であるマリリンの治癒魔法を受けていたレイドックが、ザイードに目を丸くしながらも立ち上がる。


「あ……ああ」

「ならば貴様はそのままあのデカブツへの攻撃に専念したまへ!」

「だ、だが……」


 うろたえるレイドック。貴族であるザイードに反論できないのだろう。

 だから代わりに俺が叫ぶ。


「ザイード……様! レイドックは冒険者の中心人物です! ヤツの指示が必要です!」


 するとザイードは目を細め、こちらを睨む。


「馬鹿か! 中心人物だからこそ、指揮などさてはならぬのだ! 直接連携する冒険者への指示だけで十分! 全体指揮は全体を見渡せる者の仕事だ!」

「うへぁ!?」


 むかつく!

 むかつくけど……めっちゃ正論だぁぁあ!

 さらに、ザイードの指揮はむかつくけど! むかつくけど最適解だろう。


 ザイードの叱咤は俺に向けられたものだったが、俺だけでなくレイドックもはっと顔を上げた。

 レイドックはすぐに表情を引き締める。


「ザイード様! 全体指揮をお願いします! 全員、ザイード様の指揮に従え! 前線指揮は俺が受け持つ!」


 全員が一瞬だけ驚愕の表情を見せるが、すぐに前に向き直る。


「「「了解しました!!!」」」


 ザイードへの信頼というより、レイドックへの信頼だろうが、ヤツの決めたことに全員が即答した。


 色々と、ほんっとーーーーーーに色々と思うところはあるが、今はザイードに従おう。

 俺はぼそりと零す。


「冒険者心得……使えるものは何でも使え……だな」


 元冒険者なんだけどね!


 ◆


「馬鹿者! 冒険者どもは、前に出すぎだ! 蒼髪の邪魔になるだろう! 飛び道具のないものは、攻撃などせず味方を守れ!」


 ばっと腕を翻し、ザイードが指示を飛ばす。


「リザードマンどもはもっと動き回れ! 散れ! 固まっていたらまとめてやられるぞ! シャープネスオイルを塗った槍を投げつけたらすぐに下がって、新しい槍を受け取るのだ! お前たちの役目は攪乱だが、あのデカブツの身体にしっかりとダメージが与えられることを刻み込んでやるのだ!」


 次々と指示を飛ばすザイード。


「神官! ヒールポーションをケチるな! そして回復した魔力は全て蒼髪への補助魔法とするのだ!」


 俺はヒールポーションを量産すべく、材料を錬金釜にぶち込み、魔力を注ぎまくっている。


(ええい! 簡単にケチるなとか言うな!)


 そう叫びたくなるが、めっちゃむかつくことに、その指示は的確なのだ。

 俺が樽いっぱいのヒールポーションを完成させるたび、ベップが柄杓を使って、運び込まれる負傷者にぶっかけて、戦線復帰させる。


 たまに、傷口から病気をもらって、化膿したり具合が悪そうなけが人にだけ、ベップが毒除去(キュアポイズン)の魔法をかけていく。


 おかげでヒールポーションの消費は激しいが、ベップの魔力に余裕ができていた。

 その貯まった魔力で、強い効果のある補助魔法をレイドックにかけることができ、結果として最大戦力であるレイドックが効果的に戦闘に参加している。

 たしかに俺はポーションの作成で手一杯になっているが、それ以上に部隊全体が安定していた。


 悔しいが、ザイードの指揮は完璧だった。

 畜生、さすがはカイルの兄だな! 想像以上に優秀だったよ!


 それにしてもなんで急に?

 その答えはザイードの続くセリフで少し判明した。


「ええい! どうして我が兵士三〇〇名が足手まといになっているのだ!? 下がれ! 冒険者どもの邪魔になっている! まったく! どうして専業兵士が日雇いの冒険者などに実力で負けているのだ!」


 ザイードが兵士長に不満をぶつけているが、つまりそういうことだ。

 想像だが、ザイードの中で、自分の兵士の強さを冒険者と同じか上だと理解していたのだろう。

 前提が高すぎて、ザイードの作戦に兵士がついていけなかったのだ。


 だが、レイドックやキャスパー三姉妹という強力な駒を手に入れたことで、その前提条件が埋まったのだろう。


 味方の実力を把握できてなかったことを無能と言うべきか、彼の求める部下がつけば、これほどの指揮能力を発揮できることを褒めるべきか……。


「……それどころじゃないな」


 俺は気持ちを切り替え、視線を戦場に戻す。


 ヒュドラの首はまだ落とせていないが、怪我を負わせる量が、加速度的に上がっている。

 高速の治癒能力をもつ八ツ首ヒュドラだが、さすがにレイドックとソラル。キャスパー三姉妹を中心にした主力の猛攻に、目に見えて治しきれない傷が増えていく。


 そこにジタローが矢を補充しに戻ってきた。

 ジタローは積み上がった矢を、空になった矢筒に補充しながら笑顔を見せる。


「クラフトさん! こいつぁ勝ちましたっすね!」


 やめろぉ! なにフラグ立ててんだこいつぁ!

 魂の叫びもむなしく、まるでジタローの声に反応したかのごとく、五ツ首になったヒュドラが、一際大きな声を上げたのだ。


「ちょっ!?」

「なんすかありゃぁ!?」

「わかるか! だがこれだけは言える……ありゃあ……ヤバい!」


 どこか悲しげにも聞こえるヒュドラの咆哮に合わせるように、湿地帯の水が巻き上がっていく。

 竜巻のように大量の水がヒュドラの周りを渦巻き始めたのだ。

 圧倒的な水量は、それだけで驚異である。それが凄まじい勢いで渦になり、壁になっているのだ。

 レイドックが舌打ちする。


「ちっ! 全員、下がれ!」


 巨大なヒュドラを覆うほどの水量だ。湖の水が丸々目の前にそそり立っているようなもんだ。とてもじゃないが手が出ない。


「最悪だ!」

「クラフト! エヴァ! どうにかできないか!?」

「なんともならん! それより逃げるべきだ!」


 俺はついそう叫んだが、それができないことはわかっている。


「この状況で後ろを取られたら、即、全滅だ!」


 レイドックも同じ結論らしい。

 だが……どうする?

 どうする!?


 俺の思考がまとまらない中、水の竜巻が揺れた。

 その意味は一つ。


「そんな!」


 近くに戻っていたエヴァが叫んだ。

 そのエヴァの顔を見て、彼女の使った魔法が脳裏によみがえる。


「全員ここに集まれ! エヴァ! 薔薇の防御魔法を! 全員を覆える大きさだ!」


 エヴァが振り返り目を剥く。


「無理よ! そんな魔力は――」

「空中に魔方陣を発動させろ! 魔術師も神官も! 魔法を使える全員! エヴァの魔方陣に魔力を全て流し込め!」


 そこで、ザイードが慌てて口を挟んでくる。


「ま、まて。急に何を……」

「来るんだよ! あの! 天を衝くような巨大な水の塊が!」

「なっ!?」


 俺はそれだけでザイードを無視する。


「エヴァ!」

「儀式魔法の術式まで組めないわよ!?」

「かまわん! とにかく魔方陣を! じゃなきゃ魔力を送れない!」

「もう……! 知らないわよ!」


 エヴァが空中に巨大な魔方陣を構築する。

 複数人で魔法の威力を増すには、儀式魔法という術式を組み込んで、全員で同期することで威力を上げることができる。


 だが、今エヴァが使ったのは、単純に魔力をかき集めるものだ。

 ここに無指向の魔力を注ぎこむと、魔力がその魔方陣に溜められる。


「よし! 全員魔力をありったけ注げ!」

「「「おう!!!」」」


 魔法持ちの冒険者たちが両手を挙げて残った魔力を魔方陣につぎ込んでいく。


「いけるか? エヴァ!」

「みんなもっと集まって! なんとかするわ!」


 エヴァが空中の魔方陣を変形させ、発動魔方陣へと書き換えた。

 これで注ぎこんだ魔力が次の魔法に使われるのだが、儀式魔法ではないので、ロスが大きい。


「〝鋼荊薔薇牢獄〟!」


 発動までに集まっていた全員の周りに、鋼鉄の荊棘(いばら)が地面から生えてくきた。

 鋼鉄の荊棘は、俺たちをぐるりと覆い、凶悪な壁となる。


 だが、薔薇のトゲを模したこの防御魔法は、隙間が多い。


「水の勢いは殺せるが、水そのものは入ってくるからな!」


 大事なのは、いかにあの水圧を弱めて、潰されず、流されないかだ。

 防御魔法は数あるが、大地に根を張ったようなこの薔薇の魔法でなければ、とてもじゃないが全員流されて終わりだろう。


 ……水没するのは目をつぶるしかない。


「へ?」


 ジタローが間抜けな声を出し、その直後、湖の水を注がれたような大量の水が俺たちを襲った。


「もがもげー!」


 一瞬で、俺たちの周りは、水底と化した。



12/28、③巻発売です!

よろしくね!

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― 新着の感想 ―
こいつやっぱ領主より軍でも預けた方がいいよ
[気になる点] あれあれあれ?ザイードさん? ここにきて今までの行動を無視した有能っぷりを発揮させて、じゃああのお話は何だったの?という違和感を読者に持たせて大丈夫?と思いきや… 実際に指示している事…
[良い点] ザイードは僕の考えた最高の戦術の体現者だな、理想が高過ぎて実現不可能なレベルの、人間レベルでは実在不可能なレベルのゴールデンドーンの人材だから噛み合った [気になる点] クラフトが居なかっ…
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