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106/265

106:誤解って、自分じゃなかなか気づけないって話


 ――聖女の涙。


 マイナの涙が、紋章の上に落ち、はじけると同時に脳裏に素材(・・)としての利用法や錬金法が頭に流れ込む。


「こ、これは……」


 マイナが不思議そうに俺を見上げた。

 まだ、止まりきっていない涙が彼女の頬を伝っている。


 俺は慌てて空の試験管型ポーション瓶を取り出し、マイナの……聖女の涙をすくい取った。


「……う?」

「ああ、突然びっくりしたよな。俺もびっくりしてるけど」

「……なに?」


 たぶん、なんで涙を採取してるんだ的な質問を投げかけられたんだと思う。

 至極まっとうな感情だろう。

 いきなり試験管に涙を取られたら、誰だってびっくりする。


「えーと……なんて説明しようかな?」


 できるだけ簡単に、わかりやすく伝えよう。

 しばらく考えて、俺はこう言った。


「マイナ。お前は聖女だ」


 うん。わかりやすい!

 自画自賛だな!


「……ん……う? ……はぅ!?」


 これ以上ないってほど、簡単に説明したのに、マイナは顔を真っ赤にして頭をせわしなく動かし始めた。

 あれ? ここは「わーい! 私って聖女だったんだ!」って喜ぶところでは? まぁ、マイナがそんなふうに喜ぶとは思ってないが。


「はうっ! はうっ!」


 ばたばたと手を振って、顔を真っ赤にして、左右を見て、また俺を見て、さらに顔を赤くする。

 ……あれ? なんか伝わってない?


「いいかマイナ。誤解がないように言い直すぞ。これから先お前が泣いたとき、その涙は全て俺が拭ってやる! なんたって、お前は俺の聖女だからな!」


 あ。俺のじゃなくて、俺たちの聖女か。

 まぁ、ちょっとした言い間違いだ。

 ようは、マイナが聖女であることと、涙に特別な力があることが伝わればいい。


 おそらくだが「聖女」という「紋章」があるのだろう。

 黄昏の錬金術師の紋章と同じで、きっとレアな上位紋章だと予想できる。マイナはその紋章の適合者で間違いない。


 そして聖女の涙は、錬金素材としてとてつもなく貴重だ。

 ドラゴンの素材でもないのに、万能霊薬エリクサーすら作れる。

 さらにレアな霊薬やんかも作れるのだが、マイナの涙は止まってしまった。もったいない。もうちょい欲しい。


 いやいや!

 マイナが元気になる方が重要だろう!

 反省。


 それにしても……なんでマイナはさっきから、百面相を繰り返してるんだ?

 しまいには、なんだかニヤけたまま、俺をポコポコと殴り始める。

 まったく痛くないけど。


「うー……クラフ……兄様……ばか」

「お、おう。馬鹿なのは自覚してるぜ」


 なんか急にディスられた。そんなに頼りないかね、俺って。

 若干凹むが、気を取り直して、現状打破に関して思考を巡らす。


 聖女の涙は非常に優秀な素材だ。

 中でも今回、ヒュドラに対して切り札たりえる品を錬金できる。


 現状ではどうやってそれを使うか、まだ考えがまとまっていないが、いつ事態が動くかわからないのだ。

 俺はとにかくその切り札を錬金することにする。


「マイナ、ちょっと作業するぞ」

「……ん」


 先ほどまでの不安な顔はどこへやら、終始照れたようにニヤけっぱなしのマイナが、ようやく俺を叩くのをやめてくれる。

 聖女ってのは照れるけど嬉しいのだろうな。


 俺は錬金釜を、空間収納から取り出し設置する。

 今回は珍しく持ってきたのだ。


 マイナが面白そうに俺の作業を眺めている。

 元気になったのならよかった。


 さらに貴重な中間薬や、素材を取り出していく。


「……大丈夫だ、材料は足りるな」


 最初に作るのは、聖女の涙を使った中間薬だ。

 貴重な素材を惜しげもなく釜の中に放り込み、最後に先ほど採取した聖女の涙も加える。


 錬金釜に手をかざし、魔術式を構築。魔力を込めて、錬金魔法を発動させた。


「〝錬金術:神聖九九九番錬金薬〟」


 魔法陣が釜を包むように輝き、一気に魔力が流れ込む。

 ぼふんと、煙があがり、完成した。

 尋常ではない神聖力が込められた中間薬が。


 この中間薬を、さらに別の中間薬や素材と錬金することで、様々な錬金薬を作成するのだ。


 神聖九九九番と名付けた中間薬を少し取り分け、すぐに別の中間薬や素材を放り込む。これまた貴重な素材のオンパレードだ。


 かかった費用は、あとでゴールデンドーンの予算から出してもらえばいいのだが、金を出してもなかなか手に入らない素材が多いのがネックだろう。

 しかし自重はしない。後先考えずに、全部突っ込んでいく。

 真の強敵を相手にしたとき、金のことを考えたヤツから死んでいくからだ。


 俺は準備を終え、切り札を錬金する。

 釜が再び魔法陣に包まれ輝いた。


 釜の中に、琥珀色の液体が満たされる。ちょうど樽1つ分くらいだろう。

 俺は慎重に樽に切り札を移す。


 残った神聖九九九番中間薬で、ちょうどエリクサーを一つ作れるので、ついでに錬金しておく。


 万能霊薬エリクサーは、死んでさえいなければ、病気や怪我を完全に治療することができる凄い薬だ。なんと中度の呪いすら治すことができる。まさに万能薬だ。

 塗り薬で、しかも食べるとおいしいことはあまり知られていない。


 エリクサーを小瓶に詰めていると、マイナがちょいちょいとマントを引っ張ってくる。


「なんだ?」

「……これ、なに?」


 マイナが指しているのは、切り札の入った樽だ。

 俺はニヤリと笑って答えてやる。


「それは、〝神酒(しんしゅ)〟だ」


 俗に御神酒(おみき)と呼ばれる、一般的なお供え物とは全く違う。聖なる力の込められた、本物である。


 ◆


 神酒を改めて鑑定。

 この琥珀色をした酒は、主に神事に使うものだ。

 どんな神事にどのように使うかは、神官の紋章持ちや、教会の偉いヤツでもなければわからないが。


 それだけなら、たいへん貴重ではあるが、ただのお供えものである。

 しかし、この神酒には別の凄い効果があるのだ。

 それは「一部の酒好き魔物が酒を飲む欲求に抗えない。そして神酒を飲んだ魔物は、極度に酩酊する」という効果だ!


 あの八ツ首ヒュドラは間違いなく酒好きだ。絶対に神酒の誘惑にかなわないだろう。

 いかに強大な魔物といえど、酔っ払ってしまえば敵ではない。

 いつもの軽いノリで、さっくりと退治してくれるわ!


 勝利を確信して、気持ちが軽くなったせいか、鑑定で判明したもう一つの事実が気になってしまう。

 どうやらこの神酒「とてつもない美酒」らしいのだ。


 実は、さっきからずっと、樽から芳醇な香りが漂ってきている。

 ゴクリと喉が鳴った。


「ま……まぁ一口くらい味見しても……」


 柄杓(ひしゃく)で一杯だけ。

 樽いっぱいあるんだから、このくらい大丈夫と、自分に言い訳しながら、一口飲み込む。


 ほわああああああああああ!

 芳醇な香りが鼻腔を突き抜け、優しく喉を焼き、胃袋を幸せに焼く!

 とても柔らかい口当たりなのに、余韻を残さぬ切れ味!


 ああああ!

 幸せが口の中から消える!

 も! もう一口!


 酒を啜れば、幸せが再び訪れる。


「あああ……これが……神酒……」


 すでに美味さを言葉で表現するのは諦めた。

 とにかく……美味い。

 そして、すーっと、味が消えていく。


「も、もうちょっとだけ……!」


 だ、大丈夫!

 まだまだたっぷりあるから!


 夢中で柄杓を動かしていると、マイナに強くマントを引かれ、はっとする。

 正気に返ったのは、五杯目を飲み干した時だった。


「これはなんていうか味見というか、テストと言うか……」


 そこで俺は言葉を切って、思いっきり頭を下げた。


「ごめんなさい! お酒に夢中になっておりました! 反省します!!」


 ちらりと、視線を上げてマイナを覗き見ると、半目で俺を見下ろしていた。

 めっちゃ呆れておられる!


 俺はぺこぺこと頭を下げまくった。コメツキバッタのように!

 ううう……なんかさっきから、マイナに幻滅されることしかしてないぞ……。

 俺は猛烈に凹みつつ、レイドックに通信を飛ばした。



あと3日! あと3日で、コミカライズ1巻発売ですよ!

いろいろな店舗で購入特典が展開されているようです!

ぜひ紺野先生のツイッターなどから調べて、お近くの書店、ショップでお買い求めください!

よろしくお願いします!

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[良い点] やっぱりカイルは応援したくなっちゃいます。心配じゃのぅ… [一言] とても面白い!一点だけ心配です。作中でも主人公自らバカだと自覚しているんだけども、大事な点をバカで話を転がす手法は使う度…
[一言] 聖女の涙 慎勇は女神の髮 本作は聖女の小水て神聖九九九番錬金薬量産なたろう?
[気になる点] 涙を材料に酒 そして飲まれて変態ぽいですね 今後 酒作りのため 涙を求められそう? \( ̄0 ̄)/のたびに試験管で涙確保とかしそう? いや 聖女の髪 血 爪 心臓とか全部材料かな?
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