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100/265

100:自分の事しか考えないと、痛い目を見るよなって話


 すでに時間の感覚も、日付の感覚も失っていた。

 深い霧で、視界は常に乳白色に染まり、確認できるのはおどろおどろしい、マングローブとかいう細い根が絡まり合った植物だけだ。


 この地に足を踏み入れてから、何日が経った?

 それとも数時間しか過ぎていないのか?


 気づけば随伴する兵士の数が半数を切っていた。

 ほとんどが戦闘の最中にちりぢりになり、そのまま霧に紛れて合流出来ていない。


「ザイード様! またヒュドラです! 兵士ども! 六首だ! 全員油断するな!」


 兵士長が叫ぶ。

 同じ叫びを何度聞いたことだろう。

 ヒュドラは強くなるほど、首の数が増えるふざけた魔物だ。

 六首もあると、非常に強い。


 それでも、私の兵士なら、六首ヒュドラを狩るのはそれほど難しいことではない。本来なら。

 だが、非常に苦戦している。


 原因はまず霧。

 この牛乳で満たされたような白い視界が我らの行動を阻む。

 次に足場。

 湿地帯という名は伊達ではなく、とにかくどこも水浸しだ。

 動きにくいことこの上ない。

 最後がマングローブ林である。

 敵を見つけるのも、攻撃するのも、後方に進軍するにも、とにかく邪魔になるのだが、ヒュドラはそれをものともしない。


 ヒュドラを殲滅するための戦いのはずがこのざまだ。


「……カイル!」


 思わず、そう言葉に漏れる。

 身体が弱いという理由で、厳しい父上の叱咤もなく自由に育った分際で、辺境伯の地位を狙うだと!?


 本人は否定しているが、見ろ!

 功績を求めて、嘘を塗り固めているではないか!


 カイルの村の冒険者は、この湿地帯を良い魔石の狩り場として利用しているだと!?

 どこの世界にこんな凶悪な魔物を、こづかい稼ぎに狩りまくる冒険者集団がいるというのだ!?


 一人憤慨していると、ようやく、兵士がヒュドラを撃破した。

 満身創痍である。


 兵士長がやってきた。


「……ザイード様。すでにポーション類はすべて使い果たしました。いかがなさいますか?」


 まっすぐにこちらを見据える兵士長。

 私は考える。


「仮にだ、我が町に向かって前進する方向を変えるとして、進む方角はわかるのか?」

「……いいえ。ですが、このままですと、次に敵と遭遇すれば間違いなく死者がでます」


 兵士が死ぬのは問題がない。給料にはその分も含まれている。

 だが、統治者として、兵士の死は、勝利の場合のみ許される。

 残念ながら、すでにヒュドラの殲滅が難しい事は理解している。体勢を立て直し、兵力を増強して挑み直さねばなるまい。

 私が腕を組み思考していると、兵士長が顔を上げる。


「提案があります」

「なんだ? 言ってみろ」

「まず、安全な場所探し、休憩をとったあと、一気に一点突破で突き進むのはどうでしょうか? 結果的に、湿地帯を抜けてしまったとしても、前進した結果に過ぎません」


 じっとこちらを見つめる兵士長。

 ふん。まあいいだろう。

 撤退という言葉を使わなかったことは評価してやる。


「貴様の進言を受け入れる。さっそくそのように動け」

「はっ! 皆! まずは魔物の痕跡が薄い方向を探せ! 次に休憩できそうな場所の確保だ!」

「「「はっ!!!」」」


 こうして、私たちは、こそこそと隠れるように移動をはじめたのだった。

 屈辱である。


 しばらくこそ泥のように、地べたを這うように移動していると、兵士長が首をかしげていた。


「どうした?」

「いえ……、どうにも様子がおかしく」

「何がだ?」


 濃い霧も、水場も、うねった枝も、代わり映えしていない。


「いえ、敵とまったく遭遇しなくなったものですから……」

「そのように動いているからだろう?」


 この私が、泥にまみれ動いているのだ。当たり前の結果だろう。


「はっ……いえ、その通りではあるのですが……」


 はっきりとしないやつだ。

 文句を言ってやろうとしたとき、別の兵士が近寄ってくる。


「ザイード様、兵士長、よろしいでしょうか?」

「……ふん。許す」

「はっ! この先なのですが、森の様子がかなりおかしく……」


 兵士長は眉根を寄せる。


「ばかもの。はっきりと報告せんか!」


 それは私がお前に言いたいところだが、とりあえず、話くらいは聞いてやろう。


「それが、その一角だけ霧が薄く、植物が異様で……」

「なんだと?」


 兵士長は腕を組み、考え込む。


「わかった。その場所は避けて通る。迂回ルートを……」

「まて。そこに行くぞ!」

「はっ!? ザイード様!?」


 なぜ避けるなどという発想になるのか。


「変化があるなら、調べるべきだろうが」

「余力があればそういたします! ですが!」

「ええい! 決めたことだ! 従え! そもそも霧を抜ける秘密があるかもしれんだろうが!」

「それは……」


 私は兵士長の言葉を待たずに、兵士に案内させる。

 兵士の後ろをついて行くと、次第に霧が薄くなっていく。

 他の兵士たちも少しばかり、表情が明るくなっているようだ。


 ふん。やはり私の選択に間違いはないな。


 視界がひらけていくが……現れた光景は異常なものであった。


「なんだ……これは?」


 黒かった。

 そこに生えるマングローブも、草も、花も、すべてが黒かったのだ。


 私たちは、ゆっくりと漆黒の湿地帯を見て回る。


「形だけは、湿地帯の植物のようですね」


 兵士長が険しい顔で、植物を手に取る。

 呪われそうな色をしているが、触った程度では問題なさそうだ。


「見てください! あそこの巨大なマングローブの根元を! 大きな岩が絡んでいるらしく、水に浸っておりません!」

「なに!?」


 兵士長が慌てて駆け寄り、巨大な黒いマングローブの根をのぞき込む。外からはわかりにくいが、中に大きな空洞があるらしい。


「ザイード様! ここなら休憩可能です! キャンプの許可を!」


 こんな得体の知れない植物の根に潜り込むのは不快だが、いいかげんずっと水に浸かっていたくはない。


「許す」

「ありがとうございます! 全員! 外から魔物に見つからないよう、偽装を始めよ!」

「はっ!」


 息を吹き返したように、兵士たちが生き生きと、設営を進めていく。

 私は先に中に入り、濡れたズボンを乾かし始める。


 魔法を使える兵士の一人が、魔法でお湯を用意し、お茶を用意する。

 私はそれを口にすると、身体中に熱が戻ってきたことを実感した。

 どうやら、想像以上に身体が冷えていたらしい。


 偽装を終えた兵士たちが根の空間に潜り込んでくる。

 狭くて不快だが、許してやろう。私は寛大だからな。

 兵士たちは鎧を外し、濡れた服を絞りながら震えていた。


「どうした? お前らも茶を飲むくらい許してやるぞ?」


 私が寛大な処置を下すも、兵士長が首を横に振る。


「いえ、もう魔力が残っておりませんので」

「ならば火を焚けばいいだろう」

「それでは偽装した意味がなくなります」

「そうか。ならば我慢しろ」

「はっ」


 兵士たちは、身を縮めてうずくまり、うとうとと頭をゆらし始めていた。

 ふん。私の為にゆっくりと休んでおけ。

 気がつくと、私も眠りに落ちていた。


 どの程度時間が経過したのかはわからないが、ゆっくりと意識が覚醒していく。

 なぜか、背中に寒気を感じたからだ。

 冷えとは全く別の、本能が悲鳴を上げるような寒気である。


 眠っていた兵士長も、目を覚ます。

 不寝番に声を掛けようとしたが、そいつは寝ていた。


「兵士長、こいつはあとで減給処分だ」

「……はっ!」

「それよりも、様子がおかしい」

「はい。なにか嫌な予感がいたします」

「うむ」


 私は根の隙間から、外の様子を窺う。

 相変わらず霧があたりを覆っている。

 この気味の悪い黒い植物の一帯は、少し霧が薄いが、それでも見通しは最悪だ。

 それでも、本能の命じるまま、嫌な予感がする方向を凝視すると、白い霧の向こうで、巨大な何かがゆっくりと蠢いているのがわかる。


 それは、山だった。

 巨大な、山だった。


 それは、見上げねばならぬ、山のような、巨大な、ヒュドラだった。




記念すべき100話を掻っ攫うザイード

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