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リンは現在も修行中(仮)  作者: 大久保ハウキ
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「あたしを学園に入れてくれるの?」

 院長室に呼ばれたリンとかなみが驚いている。かなみは昨日裏の仕事に参加したので、代休で昼まで寝ていた。

「……年齢としては十四歳な訳だし、学生であることが今のリンにとっては良いかという提案だよ。友達が増えれば日本語ももっと上達するしね……」

 太郎は散歩から帰ったあとで、学園理事長に電話し地区担当との会話を報告した。彼女の言う共学プログラムを持つ学園は、特に問題なくリンを学園に迎え入れることが可能だと返答を寄越した。

「ああ見えても、シルヴィスは学園の理事に名を連ねているしね……まあ、あの学園の理事ほど内容が見えない人たちはいないけどさ……僕も理事長とシルヴィス以外には会ったこともない。まあ、北海道知事と札幌市長が卒業生だから、その辺りの人材も名前を貸してはいるんだろうけど……」

「うっはっはぁ! かなみの通っている学園はますます怪しさ満点だねぇ」

 高校野球やインターハイなどにも出場するこの学園の正式名称を知る者は、地区担当の彼女と理事長くらいしかいない。卒業生の太郎や在校生のかなみやコロンでさえ『覚えられない』のだ。高校野球で全国制覇し、翌日の新聞にその名が大きく報じられても、人々はその翌日には忘れてしまう不思議な校名を持つ学園。そして、忘れてしまっていても、なにも不便に思わせないのが、更に不思議さを増している原因でもある。

「まあ、今シルヴィスにもメールしたので、来週くらいには返事が来ると思うよ……あ、もう返事がきた……」

 太郎の机に載っているパソコンがメールの受信を知らせていた。

『俺の方は了解した。あとはリンの意思に任せる。行って仲間を作って勉強に励むもよし、行かずに太郎の元で自宅学習に励むもよし。しかし、かなみやコロンの手伝いをさせることは認められん』

「……なんか文面が怒っていない?」

「……いや、シルヴィスの文章はいつもこんな感じだから、気にするほどでもないよ」

「でもさぁ。この文章からするとぉ……手伝いはダメだけど、退魔師や除霊師の修行はオッケーって読めるよぉ?」

「リンは戦闘を覚えたい訳じゃないよね?」

「うーん……それは少し迷っているんだ……いつもシルヴィスや太郎に助けてもらってばかりじゃ申し訳ないと思っているから……なにか格闘技のひとつも勉強した方が良いんじゃないかと最近思い始めたんだよね。札幌では拳銃とか持っていちゃいけないって言われたし……」

 ヰガルが死ぬ間際にリンに形見として渡した拳銃はシルヴィスに没収されているので、リンは自分の身を守る術をまったく持っておらず、この人の良い連中に家族扱いされ守られているだけの自分に少々嫌気がさしていた。

「そうだね……それも考慮しようか……僕は専門外だし……学園には部活動という制度があるから、そこで少し習ってみるとか……」

「えーっ!? 太郎くーん。それはやめた方が良いと思うよぉ……ウチの学園の体育会系はぁ、ちょっとお勧めできないよぉ? 特に今の中等部はぁ、学園始まって以来の逸材揃いだしぃ、防具付ける格闘技系でも、素人のリンちゃんには危ないよぉ……」

「そうか、中等部の顧問は『彼』だったか……」

 太郎は数日前に会った美少年の顔を思い浮かべた。学園の部活動の顧問は全て生徒が仕切るという伝統があり、対外的に監督や引率が必要な場合以外、この学園で教師が部活動の面倒を見ることはないのだ。そして、彼は現在中等部の全体育会系部活動の顧問であり、生徒総代(生徒会長)という立場である。

「まあ、突然入学して、突然部活を始めなくても、少しずつ慣れて行けば良いのだから、リンが興味を持った部活があれば、かなみかコロンに相談するという形にしようか……」

「そうだねぇ……あ! 中等部の制服ならかなみのがまだとってあるよぉ?」

「ホント!? 着てみたいな……」

「いや……それはやめた方が……」

 太郎の否定の言葉を聞き終わる前に、かなみがリンの手を掴んで連れて行ってしまった。

「……かなみの胸の大きさを考慮しなくちゃダメだろ……既製服も含めて、皆胸回りを改造していることを忘れちゃいけないよなぁ……制服なんてそもそも特注なんだし……」

 院長室に残された太郎は呟きながらパソコンに向かい、リンのサイズに合う学園中等部制服を一式注文した。

「太郎先生? かなみがリンちゃんを連れて全力疾走していましたけど、なにか?」

「ああ、おかえり、コロン」

 太郎から話を聞いたコロンは、制服の件で太郎と同じ感想を持った。

「高等部であれば私とかなみもいますが、中等部でフォローする後輩に心当たりがありません。『彼』は例のカノジョ以外で個人的なフォローはしないと聞いていますよ?」

「うん。まあ、そうなんだけどさ……僕たちはちょっとリンを庇い過ぎなんじゃないかと思い始めたんだよ。リンは年下だし言葉も不自由だから、僕や君たちでフォローしているつもりだけど、ちょっと過保護なんじゃないかな?」

「でも、リンちゃんはどちらかと言えば臆病ですし……まだここにきてからひと月と少しですよ? 四月に入学させるにしても、中学三年からですから、転校生扱いであることに代わりありませんし、潜在能力を伸ばすには学園での集団生活より、太郎先生の近くに置いた方が良いのではないですか?」

「……もっともな意見だね。でも、リンが臆病なのは認めるけど、知らない土地や集団の中に放り込まれた時の彼女の順応性の高さは凄まじいんだよ。そうじゃなかったら、いくら潜在能力がシルヴィス並みのリンでも、ヰガルさんが養女にするなんてことはないからね……」

「しかし……リンちゃんの能力は……」

「この札幌で、しかも理事長が管理する学園内で、全生徒がリンの盾になって死んで行くなんて状況が起きるとでも思っているのかい? 少なくとも表向きでその状況が起きることはない。あるとすれば、シルヴィスが危惧しているように、裏の仕事を依頼され、集団で行動した場合だよ」

「……しかし、学園生徒の五分の一は能力者ですよ? 本当にそこまで管理ができるでしょうか? 私もかなみに出会うまで……シルヴィスさんと太郎先生に助けてもらうまで……学園の管理から外れたフリーの除霊師でした……今では恥ずかしい限りですけど、一匹狼を気取り、調子に乗って裏の仕事を引き受け、情報もないままに突っ込んで……全身の骨を砕かれ、裸にされ犯されそうになり、死にかけました。あのような恐ろしい環境にならないように配慮してください……」

 その当時のことを思い出したのか、コロンは肩を震わせた。

「それは勿論配慮するよ……裏の仕事関係でリンに怖い思いはもうさせない。これはシルヴィスの意思であり、僕の願いでもある。本当の両親や幼い弟、村の人々、そして生き残った仲間たち、ヰガルさんを含めた反政府組織の皆が死ぬ所を目の当たりにしたんだ。普通なら精神に異常をきたしても仕方がないくらい、リンはもう充分怖い目に遭って来た。だから、少なくとも戦争や内戦状態にない札幌にシルヴィスは連れてきたんだよ。ただ、僕たちは少々裏側の人間だから、どうしてもリンに不安を与えてしまうのも事実なんだ。学園にいる残り五分の四の生徒と触れ合わせ、少しでも不安のない世界を体感してほしいと僕は思っている。ただ、学園以外の通常の学校に通わせることはできない。受け入れもしてくれないだろうね」

 そう言って太郎は立ち尽くすコロンを抱き締めた。

「僕もわがままだからね。君にも早く普通の世界に戻って欲しいと、心の底から願っているんだ。何度君の木刀を折ろうと思ったことか……そうしなければ、君の能力では確実に死に向かっているようにしか思えないんだよ……僕は君が大事だ。誰も死んで欲しくないと思っているのは、リンだけではないからね?」

「はい……先生……わかっています。私だって……女ですから……す……好きな人と一生を共にしたいと願って……います……先生……」

「ん?」

「院長室のドアの隙間から、不審者二名が覗いています……これ以上の行為は……その……二人には刺激が強いかと……」

 コロンを抱き締め、キスしようとしていた太郎が一瞬で椅子に戻る。

「きゃっはっはぁーっ! 太郎くんカッコイイ!! コロンちゃんメロメロだねぇっ!?」

「もぉ! かなみ! あんただって六郎先輩とたまにするんでしょっ!! 茶化さないでよっ」

 顔を真っ赤にしたコロンがかなみを追いかけて院長室から出て行く。

「タロー……ハグやキスは日本では恥ずかしいことだったっけ?」

 胸の辺りがぶかぶかの制服を着たリンが、不思議そうにその二人を見送った。

「ああ、少なくとも、人に見せるものじゃないね……」

 珍しく感情的になった太郎が耳まで赤くなっている。

 その二日後、学園職員としてリンとも面識のある学園OGが西区医院を訪ねてきた。

「あたしも昨日まで知らなかったんだけど、あたしの表の顔は『学園広報』なんだそうです」

 そう言いながら女性の差し出した名刺は、どう見ても昨日印刷されたばかりのものにしか見えない。

「サンタルベツカワ……マユイ? 繭さんのフルネームってこんなに長かったんだ……」

「三樽別『がわ』繭鋳ね……ちなみに繭さんって呼ぶのはかなみちゃんだけだから……」

 繭鋳はコロンと似た印象を持つ十九歳の女性だった。見た目はかなみに近いスタイルなのだが、魂に男が半分混ざっていそうな印象の顔立ちなのである。コロンが看護婦の時に見せる男っぽさと少し似ているというだけなのだが、リンは繭鋳をタイプとしてそちら側に入れた。

「太郎先輩。まずは先日の組事務所での一件ですが、学園側の調査不足により、コロンを危険な目に遭わせたことをお詫びいたします……」

「コロンと一緒だった学園OGは皆回復したのかい?」

「ええ、お陰さまで……自分の非力さを嘆きまくった元生徒総代が、あたしの師匠に弟子入りを志願するという一幕がありましたが、今は落ち着いています」

「繭…イの先生って誰なの?」

「名前は言えないけど、地区担当の人ね……」

「前に息子さんをかなみが連れてきたでしょ? 彼のお母さんだよ」

 先日、黒猫ミヤと共に散歩しながらリンの能力を偵察しにきた女性とは言えなかった。

「元生徒総代は麻生あさぶね。かなみちゃんに引っ張られて何度かこちらにもお邪魔した、妙に気の短い小さいのがいたのを覚えているでしょ?」

「ああ、瞬間湯沸かし器さんかぁ……うん、覚えている」

「……酷い呼び名だけど、その通りだから否定のしようがないわね。まあ、麻生はあの一件で自分の限界に気付いてしまってね……しかも、助けたのが後輩であるコロンだったから、プライドがガタガタに傷付いてしまったのよ……」

「パートナーの有里も行かなかったのかい?」

「ええ、有里はちょっと出張で東京に行っていました。あたしも調査で山に入っていて……『タラレバ』はなしだとシルヴィスさんに怒られそうですけど、どちらかがいればこんな問題は起きなかった筈なんですが……本当にごめんなさい」

「いや……皆回復して良かったよ。コロンは軽傷だったしね……今日はリンの入学に関しての相談でしょ?」

「ええ、入学に関してはなんの問題もありません。シルヴィスさんから要望のありました『裏』の仕事への不参加という条件もクリアです。ただ、部活動への参加が問題になります」

「対外試合とかへの不参加という条件なら問題ないと思うよ? リンは自分を鍛えたいというだけだからね」

「ええ、その件もクリアしました……」

「? じゃあ、なにが問題なの?」

 そう言われた繭鋳は鞄から資料ファイルを取り出した。その中から一枚抜き出し、テーブルの上に乗せる。

「これです……」

 A4のコピー紙一杯に文字が書き込まれている。表題は『転校生に関する希望調査』とある。

「……リンを欲しがっている部の一覧です」

「え? こんなに沢山の部活があたしを求めているって……どうして?」

「ウチの学園に転入するというのは、かなりの逸材であるということなの。しかも、理事長が二つ返事で認めたという噂が既に流れていてね……まあ、理事長が二つ返事というのは間違えではないんだけど……更に、便宜上リンちゃんのフルネームとして発表された名前がリン・ウィンザールだったのね……シルヴィスさんは学園生で能力者なら全員お世話になったことがあると言っても過言じゃないくらいの有名人なのよ」

 それを真顔で言われても、リンは普通の女の子だと自分のことを思っている。

 横で太郎が苦笑いしていた。

「なるほど……それで更に噂に尾鰭がついているんだね? 各部の部長やキャプテンクラスなら、基本的にほとんど全員能力者だと考えていいよ」

「そ……そんな過剰な期待をされても……そもそも、あたしはスポーツのルールをひとつも知らないし……」

「そうだね……部活動は全て仮入部扱いで頼むよ。最終的にはリンが自分で選んだ部に所属すれば問題は起きないさ」

「では、そのように各部に通達しておきます。登校は新学期からで問題ないですよね?」

「そうだね。今から行ってもすぐに春休みだし、その前に予習しておくことも結構増えてしまったしね……かなみにその手のDVDを借りてこさせよう……」

 それを聞いた繭鋳は鞄からDVDボックスを取り出した。

「それなら、このDVDを見てください。昨年の全国大会の全ての試合が入っています……八枚組ですけど……」

 呆れ顔で太郎が受け取り、裏に書かれた出場大会の内容を確かめる。

「……我が母校ながら、恐ろしい数の部活が全国大会に進んでいるんだね……まあ、参考にはなるでしょ……」

「ところで、入学試験はないの?」

「え? あった方が良かったかしら?」

「いや、ない方が良いけど……まだ日本語の読み書きは苦手だし……でも、ほら、日本は受験大国だって……前になにかの本で読んだ覚えがあるんだよ」

「ああ『日本』はね。でもここは札幌だから……基本は日本国内だけど、受験戦争なんて呼ばれる試験はほとんどないわ。学園に関して言えば、高等部まではエスカレーター式だし、大学と大学院は面接があるだけかな? 別に高校で卒業しちゃっても問題ないし……こんなこと言うあたしは学園広報に向いていない気がしてきた……」

 そのあとは繭鋳と多少雑談し、入学手続きの書類を作り、晴れてリンの入学が認められた。

「……先生、リンちゃん……なにしてるの?」

 かなみとコロンが帰宅すると、居間で二人は仲良くDVD観賞の最中だった。

「え? ああ、おかえり。さっき学園から繭鋳が使いできてね。去年の学園広報DVDを置いて行ったから、二人で観賞中なんだよ」

「……金にならない入院患者もいるというのに……診察もしていないんですか?」

 記憶を消されたチンピラたちはまだ入院していた。

「ああ、回診はさっきしてきたよ。特に悪化している人はいないかな……それにしても『弓道部』臨時キャプテンは凛々しいねぇ……」

 言われたコロンが真っ赤になる。コロンはかなみと違って道外に出ることを許されているので、全国大会に出場していても問題はないのだ。

「えーっ? なになにぃ!? 面白いビデオ?」

 買い物した食材を冷蔵庫にしまってから顔を出したかなみが顔中にはてなマークをつけたような声を上げる。

「そ……それは、弓道部の先輩がどうしても助っ人で出場してくれって言うから……仕方なく出た大会の映像です」

「コロン凄いね……」

「……ありがとう……でも、それは先生が私には集中力が足りないからって……精神修行の為に勧めてくれたから……たまたま優勝しただけです……私は……日本古来の武道は皆嫌いなんですから……」

「じゅーどーっ! たぁっ!」

 かなみが意味不明の受け身を取って見せる。

「からてぇ! とぉっ!!」

 更に意味不明な飛び蹴りポーズ。

「けんどーっ! めぇんっ! どぉっ! つきぃっ! こてぇっ!! くみうちぃっ!!」

 言葉とは別の部位を叩く素振り。

「ぜぇんぶ! 優勝だよねぇ!?」

「……国体の乗馬は準優勝よ……」

「え? コロンは馬にも乗れるの?」

「え……ええ、私の出身地は馬産地で、父の実家は牧場だから……」

「こんな感じだよねぇ? とぉーっ」

 かなみが片手を上げ、股間の辺りに手を置いて腰をくねらせる。

「……それはロデオのつもり? そんな競技は国体にもないって……」

「……リンは馬に興味があるのかい?」

「うん。小さい頃にあたしの村にも農耕馬がいたんだよ。すごく大きくて、怖かったけど、優しい目をしているのが好きだったんだぁ……」

「コロンのお父さんの実家は競走馬だっけ?」

「ええ、そうです。道営競馬にも結構納品していますよ? さすがに中央競馬に出せるような大型農場はムリみたいですけど……」

「そうか……僕も馬には乗ったことがないから、一度体験しておくのも良いかも知れないね。春休みに入ったら、行ってみようか? お父さんはそっちにはいないんでしょ?」

「え、ええ……父は札幌でラボに籠りきりの人ですから……」

 リンの観察によると、コロンはどうやら父親と仲があまりよくないらしい。同じ札幌に住んでいるのに同居していないことと、コロンに父親の話を振った時の表情と受け答えがそれを証明しているとリンは思っているし、事実だった。

「あ! そのビデオならかなみもでているよぉっ!」

 会話途中の太郎からリモコンを奪い取ったかなみが、全国大会を早送りし、全道大会の様子の収められた個所に移動する。

「まずはサッカーっ! ばびゅーんっ!!」

 居間でビデオ内と同じポーズをとる。それはシュートした瞬間のポーズのようだ。

 テレビに視線を戻すと、同じポーズのかなみが豪快にキーパーを吹き飛ばしてゴールを決めていた。その後、遅延行為でイエローカードを貰うまで応援席で喜びを爆発させるかなみが映っている。

「お次はぁっ! バスケットぉっ! とりゃーっ!!」

 NBAファイナルの試合終了直前に、ブザービーターを狙うプロ選手並みの距離から、片手でスリーポイントシュートをガンガン決めるかなみが映る。

 そのあまりにテキトーなシュートフォームと得点能力のギャップで、相手チームはすっかりやる気を失くしていた。

「最後はぁっ! 野球っ!! かきーんっ!!」

 言葉とは裏腹に、かなみのとったポーズはバントの構えだった。映像もその通りで、三塁線に転がした恐ろしく正確な打球を三塁手が暴投し、右翼手がフォローに入った時点で二塁を蹴り、投手が三塁にフォローに入る頃にはそのベースも蹴り、慌てて本塁に送球するも捕手まで届かずホームイン。九回裏、逆転サヨナラランニングホームランという出鱈目な映像だった。

 ちなみにこのスポーツ万能の二人はほとんどの競技に助っ人として参加しているが、かなみは本来茶道部所属、コロンは華道部所属である。

「サッカーはこのあとでもう一点入れて、同じことを繰り返して累積カード二枚で退場になったのよ……まあ、かなみは全国大会には行けないから、問題にはならなかったけどね……」

「……どれもルールは知らないけど、二人が凄いことだけはよくわかるね」

 この二人に格闘技を習うという選択肢はなぜか用意されなかった。

 この時点で、太郎の頭の中のプランとして、最終的に格闘技云々はシルヴィスが教えるのであろうから、今くらいは普通の学生生活を送らせた方が無難という考えがあった。

 シルヴィスは否定したが、リンの潜在能力はシルヴィスを継ぐのにふさわしいと言えるくらい強大であると感じていたのである。リンは気が弱い女の子だが、慣れてくればきちんと発言もするし、自分なりの考えも披露する。自信さえ身につければ、誰にも負けない戦士に成長することが可能だという予感が太郎にはあった。

「三月になったら具体的なプランを練ろう。学園の高等部卒業式のあとくらいが暇な時期になるよね?」

「そうですね……『センバツ』がありますけど、私もかなみも関係ありませんし……どうせなら六郎先輩も顔見せくらいして欲しいですけど……」

 この発言の裏には、かなみのテンションの乱高下がいつも以上に乱高下しているという意味合いが含まれていた。コロンはかなみのパートナーとして、この乱高下の管理をしなくてはならない一面も持っている。

 太郎はかなみの主治医でもあるので、その辺は心得ている。六郎が姿を現わさないことでかなみにストレスが溜まり、不安定になっていることは理解していた。

「六郎か……まあ、学園側に働きかけて、卒業生の卒業旅行先を神奈川にしてもらうという方向の打診をしてみようか……」

「わーいっ! 六郎くんに会えるぅーっ!!」

「かなみ。はしゃがないの! まだ決まった訳じゃないんだから!」

 こうして、二月の後半は過ぎて行く。


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