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リンは現在も修行中(仮)  作者: 大久保ハウキ
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 二月中旬に生徒会選挙が行われ、かなみが高等部生徒総代に選ばれた。中等部総代選挙は十二月に行われ、引き続き件の地域担当者の息子が再選を果たしている。中等部と高等部の生徒会選挙時期がどうして違うかと言うと、この学園の生徒会には『解散権』があり、過去に解散選挙が行われたことがあるからである。ちなみに太郎が学生だった頃は、秋になれば生徒会選挙が行われていた。

 卒業生を送る為の準備で忙しかったかなみがやっと解放され、三月の一週目は終わった。

 二週目の頭から太郎が雪中牧場訪問の具体案を練り、入院していた記憶のないチンピラを退院させる。学園の卒業生で数名の能力者が卒業旅行先を関東方面に変更してくれたので、六郎の帰札も決まり、いよいよ明日と迫った『三月十一日』

 どんな優れた能力者も予想しなかったことが起きてしまった。

「……なんだこれは?」

 シルヴィスを一回り小さくしたような男が、羽田空港の売店でお土産を選びながら呟く。

「!! ミヤ様!!」

 突然の悪寒に襲われ、全身を総毛立たせた八本の尾を持つ猫に話しかける女性が札幌にいた。

「ん? 地震……結構……大きいな……」

 太郎は院長室から居間にいる二人に声をかける。

「かなみ。地震みたいだ……国営放送にチャンネルを合わせて……長いな……僕は自家発電機の様子を見てくるから……リンはそこを動かないでね……札幌がこれだけ揺れるのは珍しいな」

「くそ! なんてこった!!」

羽田空港のターミナルから飛び出した六郎が空に向かって叫ぶ。

「間に合いますか!?」

「わからん! しかし、これはマズイ事態だ!! 俺はもう独りではない!!」

 猫を抱き上げた四家筆頭が東北上空を飛んでいた。

「感じたこともないパワーじゃねぇか!?」

 六郎は通行人が見ているのも忘れ、空中に舞い上がる。瞬時に結界を球状に張ったので、通行人には人間が一人消えたようにしか見えなかったかも知れない。

 その光の玉と化した者が、一斉に一ヵ所に向けて飛ぶ。

 場所は福島県沖合だった。

「く……俺だけか……先輩は北アフリカで作戦中……くそ、太郎に携帯が通じねぇ……かなみの助力なしでやれってか!?」

 呟く六郎の眼前の海が盛り上がり始めていた。

「あ? 六郎くん!!」

「? ああ、四家筆頭……それに、ミヤ様でしたっけ!?」

 その場所に二十分以内で集まれたのはこれだけだった。

「坊主! 結界を俺の波長に併せろ! それだけでは防ぎきれん! 俺はもう独りではない!!」

 彼等は押し寄せる大波の目の前に浮いていた。

「雀の涙かよ! パワーが違い過ぎる!!」

「諦めないで! 私たちの背後には『発電所』があるのよ!? こんな大波に耐えられるようには想定されていないわ!! あっ!?」

 会話を遮るように大波に結界ごと飲み込まれる。三大能力者の一人と魔界王の婚約者の従者、それに地域担当代理の三名の力は、地球を壊せるくらいの武力があったのだが、自然の猛威の前では無力だった。

「ひっ!!」

 居間でテレビを見ながら震えていたリンは、かなみが上げた悲鳴の意味がわからなかった。

「かなみ?……かなみ!!」

 かなみが突然口の端から泡を吹きながら崩れ落ちたので、慌てて支える。そこに自宅アパートから全力疾走してきたコロンが駆け込んで来た。

「!! かなみっ!?」

 二人で意識を失ったかなみをソファに寝かせる。

「先生は?」

「地下の自家発電の様子を見に行ったよ! コロン! どうしよう!? どうしよう!?」

 おろおろするリンの頬を軽く叩く。

「しっかりして! かなみになにがあったの!? リンちゃんはここにいたんでしょ?」

「わからないよ! 地震のあとでずっとニュースを見ていたんだよ……そうしたら、かなみが突然悲鳴を上げて倒れちゃったんだよ!!」

「……シルヴィスさんは北アフリカ……先生はこの建物の地下……私とリンちゃんはここで無事……と、言うことは……六郎先輩になにか起きた?」

 コロンは急いでテレビに視線を移す。

「なに……これ……」

 その想像を絶する光景に思わず絶句する。

「やれやれ、あのポンコツ発電機は……そろそろ寿命かね……」

 かなり呑気な口調の太郎が手を機械油まみれにして居間に戻って来る。

「タロー!」

 突然リンとコロンが太郎に抱き付く。

「? なんだい!? どうしたんだ……」

 太郎もテレビ画面に釘付けになってしまった。

「コロン……これはどこの国の映像か教えてくれ……それから、かなみが何故気絶しているのかも、説明してくれ……」

「に……日本です! かなみはこの映像を見て倒れました! ここにいる私たちが無事で、かなみが倒れたということは!!」

 コロンの叫びが涙声になる。

「……いや……それなら僕にも影響がある筈だ……六郎の携帯は通じるかい?」

「いえ、何度かけても留守番電話サービスです」

「……まずはかなみの診察をする……コロンは六郎に電話を続けてくれ……リンは……シルヴィスに電話を……君のわかる範囲で良いから、シルヴィスに状況説明をしてくれ」

 まったくもって、冗談の入る隙間のひとつもない状況だった。

「かなみは……これは、命に別条はないが、溺れているな……六郎の奴が津波に巻き込まれたというのか? あいつはまだ羽田辺りにいる筈なんだけど……使命感で現場に飛んだか……くそ、情報が少な過ぎる……被害情報が入れば、どこに飛んだかも想像できるのに……生中継が入っているから、情報統制はされていないと思うけど……」

 かなみの無事を確認した太郎はテレビを見ながら地図帳を広げる。

「……津波の到達まで約三十分として……いや、あいつは空に浮けるから、沖で津波に対処しようとしたか……範囲は……根室から千葉の辺りまでと考えて……異世界に通じるトンネルは日本海側だから、その為に飛んだ訳ではない……」

 太郎は地図帳を捲るその手が油まみれであることに気付く。

「発電機の油……! 発電所か? この範囲での津波全体はシルヴィスでも防ぐのはムリだから、ピンポイントで発電所の周辺を守りに行ったと考えて……女川か福島……」

「先生っ!! 繋がりましたっ!!」

「!! 貸してっ! 六郎っ!!」

『太郎か……すまねぇ……俺程度の能力では、自然災害には勝てなかった……先輩なら……いや、『タラレバ』はなしだな……今は……ここはどこです?』

 六郎の傍には四家筆頭とミヤがまだいる。

『福島ね……』

「今の声は誰だ!?」

『札幌の地区担当にして、四家筆頭だ……俺一人であれば、既にこの世にいなかったかも知れん……くそ……目が霞む……』

「六郎?」

『ごめんなさい。これ以上喋らせるのは危険だと判断したので、眠らせました。私のことはわかりますね?』

「はい……六郎は生きて返してもらえますよね?」

『ええ、怪我が酷いので、瞬間移動能力者を使ってそちらに搬送します。そっちの電気は大丈夫かしら?』

「はい、緊急でオペが必要なら受け入れできます……いや、六郎の手当てが済んだら、僕もそっちに行きます。僕はこう見えても野戦医の経験もありますから……」

『そうですね……情報が混乱していて、各地の能力者との念話も途切れ途切れです。この携帯電話も通話に制限がかかりそうなので、一旦切りますね……六郎くんは重傷ですが、命に別条は…………』

「……切れたか……」

 太郎は少し落ち着く。六郎の声が聞けたからだ。太郎の停まっていた頭が少しずつ回転速度をあげていた。

「コロン、処置室でオペの準備を頼むよ。六郎は四家筆頭と一緒のようだから、死にはしない。多分津波にのまれて溺れた時の感情がかなみにフィードバックされたんだ。今搬送されてくるから、とりあえずは受け入れ準備!」

「はいっ!」

 こういう時は一切質問せず、コロンは準備の為にダッシュできる。

「シルヴィスに連絡は?」

 院長室で子機から必死にリンが電話していた。

「タロー! ダメだよ。国際通話に繋がらない! 派遣会社の緊急回線もパンク状態だよ!」

「……昨日のニュースで空爆がどうとか言っていたから、その中にいるのか……よし、この際シルヴィスには頼れないと判断する。そうなれば学園だけが頼りか……四家筆頭が既に現場に急行しているから、理事長を留守に残している筈だ……学園に電話して、災害派遣班を編成しているなら、僕も同行すると伝えてくれ!」

「うん!」

 太郎はもう一度テレビ画面を見て、そのスイッチを切る。

「くそ……こんな心臓に悪い光景を生きている間に見ることになるとは……」

 そう呟いていると、処置室からコロンの悲鳴が聞こえた。

「もう送られて来たか?」

 処置室に急行した太郎は、六郎のほかにもう一人送られていることに驚いた。それが一般人であるならまだしも、さきほど太郎と会話した四家筆頭その人だったのである。

「四家筆頭、世界三大能力者と呼ばれるこいつを簡単に気絶させる津波の第二波……第三か? まあいい。自然災害とは恐ろしいものだな。おう、この前お前には会っているが、喋らなかったから驚くかも知れんな。俺は猫ではなくミヤという名の魔界戦士だ。我が主との契約によりこいつとその仲間……お前たちの仲間を連れてきた。報酬は特に要らん。俺はもう独りではない」

 四家筆頭と六郎を担いでいたのが、二人の十分の一くらいの大きさの猫だったことに驚き、コロンも太郎も言葉を失う。

「……俺の瞬間移動能力はチャージ時間が必要でな。ついでに緊急だったので、こいつの上着とお前たちの仲間の靴を忘れた。それは許せ……呆けていないで手を動かせよ。俺はもう一人ではない」

「はっ!? ああ、了解したよ……ミヤ様」

 我に返った太郎がコロンに指示し、手当が始まる。

「ふう……真冬に塩水を被るとは思わなんだわ……」

 ミヤは二人を任せ、廊下に出る。流石の万能猫も手当てまではできないようだ。

「札幌はメイン暖房がストーブだからな……ここにコタツがあれば良いのだが……! 俺はもう独りではない」

 居間から飛び出してきたリンと鉢合わせする。

「え? 猫さん!?」

「おう。先日は遊んでくれてありがとうな。俺の名はミヤ。お前なら特に驚くこともないだろうが、魔界の生物だ。今回の地球視察の条件が四家筆頭と行動を共にすることだったので、一緒に塩水を被ってきたところだ。できれば温風の出るストーブの前を一時間ほど借りたいんだが? 俺はもう独りではない」

「しゃ……喋った……」

 リンは充分過ぎるほどの衝撃を受ける。

「なんだ? 猫が喋るのがそんなに珍しいか? この国では日常茶飯事だと思っていたのだがな……ネズミに耳を齧られ青くなった元黄色のネコ型メカだの、魔法少女の修行についてきた揚句、普通の猫と恋に落ちて言葉を失った黒猫だの、セーラー服を着た月の姫の従者だの……枚挙にいとまなしだと思っておったがな……それより俺のシッポが八つに割れていることに驚いて欲しいものだ……俺はもう独りではない」

 ミヤは冗談を言っている訳ではなく、思ったことを口に出しているだけだ。そして、ミヤにとって地球人の死は特に問題ではなかった。彼は異世界の生物なのだ。

 人間から見た感覚として、この津波で流された人間やペットの動物に落涙することがあっても、アリの大軍が数十億匹流されたところで涙する者はいないだろう。異世界の生物の視点から見れば、今回の津波はそんな感覚だった。

「えっと……タローに学園と電話が繋がったって言いに行かなきゃ……」

 リンは人間の感覚を持った少女だ。同胞である人間を救う為に必死に動く太郎やコロンや六郎は理解できるが、このミヤの言葉は理解できない。

「今、六郎ともう一人を手当てしているのだ。お前が行っても邪魔だろう。まあ、まずは座れよ……ムっ? 俺の天敵は気絶中か……無理もない、俺の主の身になにかあれば、俺も昏倒するだろうからな……だ・か・ら、まずは落ち着いて、す・わ・れ! 俺はもう独りではない」

 ミヤの奇妙な迫力に圧され、リンは絨毯の上に力なく座る。

「お前の潜在能力は認めるが、まだお前はなにひとつ力を持たぬ非力な人間の子供に過ぎん。不安定な能力の行使はロクな結果を生まない。今のお前にできることは、一人でも多くの同胞が救われるように祈ることくらいだ。己の非力さを嘆くなら祈れ……俺はもう独りではない」

 悔しいがミヤの言う通り、リンにできることはなにもなかった。

 太郎の必死の蘇生作業により、二人は意識を取り戻す。それが夜遅くまでかかった。

 居間で寝かされていたかなみが目覚め、リンに抱き付く。

 ミヤはその間ストーブの前に陣取り、リンにずっと説教していた。

「フム……天敵が目覚めたということは……あの小僧も助かったか……人間とはつくづく不便な生き物だな……まあ、俺のように不死になるなど、あと千年先でも人間には見込みはないが、まずはお前の祈りがひとつ届いたと思っておけ……俺はもう独りではない」

 このミヤの行動、つまり説教は、リンの不安な心を慰めていた行為であったとリンは後述する。太郎とコロンが治療室から出て来ると、ミヤは皿に用意されたミルクを舐めて喉を潤していた。

 そのミルクを舐めるミヤの前にリンとかなみが正座して見入っている。

「なにをしているんだい?」

 太郎の姿を確認した二人が立ち上がり、無言で抱き付いて来る。

「無力な者にできることを伝授していたのだ、これから先のこの国の国難に立ち向かう勇気を授けていたと言っても過言ではあるまい。まあ、レベルが一から二になった程度だがな……異能力に過信することなく、精一杯生きることを教えたつもりだ。俺も数千年生きてはいるが、自分に対する戒めにもなり、有意義な時間を過ごせたぞ……潜在能力の塊であるリン。そして、我が天敵の能力を有するかなみ。俺からも礼を言おう……」

あたしたちはもう独りではない」

 口を揃えてリンとかなみが言い、ミヤに一礼する。ミヤも頭を下げた。

「人間とは生まれた時から死に向かうものだ。死を超越できぬ者は、死んだ者に最大の礼をもって報いねばならん。人間とは死んだ人間を踏み台にして生きているのだ。そのことを忘れずに自分の生涯を全うせよ。さすれば、お前たちを踏み台にする者もお前たちを敬うだろう。故に我等は……」

「もう独りではない!!」

 太郎とコロンは顔を見合わせた。すっかりミヤの説教に感化された二人は滑稽だが、確かに以前よりはたくましく見えたからだ。


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