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理想現実主義者

作者: ちなつ。

 理想的な現実を手にできなかった時点で、

 あたしの人生は既に終わっているのかもしれない。

 どれだけ今を大切にしようとしても。

 これから今を輝かせようとしても。

 

 いつもいつも。


 私のなかであたしが過去を振り返る。

 手はつないだままだけれど。

 歩みを引き留めるかのように、あたしが後ろを向く。


 悔いが残っているから。


 心の空っぽを埋められるものを過去にしか見いだせないのだもの。

 心を満たさないと前に進める気がしないのだもの。


 みんなと違うことがコンプレックス。

 みんなが大切にしてるきらきらを知らないことがコンプレックス。


 こんなままでこれ以上大人になりたくないんだ。


「ねえ、やめようよ。やめようよ。

 こんな現実、あたしいらないよ」


 リセットしたい気持ちがある。

 私のなかでそんな声がする。

 けれど、時間なんて前にしか進まないんだから、そんな想いは最悪に無駄な思考。

 だから、時を遡ってやり直すなんて物語は大嫌い。

 そんなハッピーエンドで感動できるような人間じゃないのです。


 あの日。

 理想を思い描いた。

 けど、目隠しをされて生きた私は描いたカンバスを真っ暗なアトリエに仕舞ってしまった。

 たったそれだけのことなんだけれど、

 たったそれだけのことで。

 あたしの現実は決まってしまった。

 カンバスに描いた理想なんてどこにも見当たらない今しか残らなかった。


 人のせいになんていくらでもできるけれど、

 所詮は私自身のことだから。

 責任は全部自分に向けないといけないのでしょう。

 そんなことはわかっている。


 わかっているんだけど。


 幼いあの日々で壊された心を見ると。

 ずたずたのぼろぼろで質量も張りもない心を見ると、

 自分だけの責任にしておくことに納得いかないんだ。


「毒親。

 アダルトチルドレン。

 可哀想なあたし。

 可哀想なだけのあたし。

 だから、不幸くらい綺麗に着飾らないとやっていられないでしょ。」


 家庭不和と喧嘩と怒鳴り声と暴力と。

 期待と夢と劣等感の押し付け、その浄化のための親の奴隷にも等しいお人形。


「ご飯と経済と寝床を脅されたんじゃあ、未成年は抵抗できません。」


 家族を仲良くしようと、

 父と母を仲良くさせようと、笑わせていようと、

 そう頑張ったこともありました。

 それがあたしがこれまでの人生で一番頑張ったことなんです。

 でも、何の意味もありませんでした。

 あたしは家庭を何も変えられず、

 日々、怒鳴り声にびくびくするしかなくなりました。


「頑張っても何も変えられない。努力は報われない。」


 自分は無力なのだ、と。

 そう思いました。


 勉強したって、褒めてくれることはありません。

 隣のあの子よりもテストできたのに。

 あの子は80点で親から褒めてもらえるのに。

 95点のあたしはまるで失敗作のような目を向けられて悲しい気持ちになるだけでした。


 挙句、望んだ学校の願書を捨てられて、強制的に進路を決められるのだから、やっていられない。


 そんなことされたら、もう。


 何事に対しても頑張ることはできません。


 家庭での暗い気持ちを引きずって。

 そのせいで学校でも元気にはなれないのでした。


 心の悲しみに目隠しをされました。

 現実が見えなくなりました。


 そうして。

 

 夢を持つことも希望を見ることも諦めました。


 流れに身を任せて生きるようになりました。


 夢を見ても、希望を持っても、

 何も許してもらえない。


 夢を見ても、希望を持っても、

 どうせ努力じゃ叶わない。


 あたしの心につけられた傷が出した答え。


 でも、きっと。


 隣のあの子の家で育つことができたら、

 もっと違った価値観を持つことができたんだろうなあ。


 悲しいよ。

 寂しいよ。


 みんなみたいにきらきらした現実が欲しかった。

 それがあたしの理想だった。

 けれど、叶うことはなかった。


 こんなままで大人になった。


 こんなままで大人になってしまった。


 理想的な現実を手にできないままで。

 触れることすらできないで。


 こんな大人になってしまった。


 だから、明日に歩を進めても。

 私のなかのあたしがたくさんの昨日を振り返る。

 

 理想を内蔵していない現実に意味などないと、心がそう決めつけてしまう。


「理想に描いた今じゃないから、

 もうこれ以上頑張る必要なんてない気がするの。」


 いや。


 理想的な今じゃないから、

 これ以上頑張る気になれないんだよ。


 ダメだ。


「うん。ダメだね。」


 わかってる。

 ダメなままじゃいけないってことは。


 でもね。


 頑張ったところで。

 努力したところで。

 まるでブラックホールに吸い取られていくように誰にも届かなくて。

 それが悲しい。

 それが寂しい。


 やるべきことをやるのは努力とは呼べないのかもしれないけどさ。

 頑張ってることには変わりないないじゃん。


 ただ、ね。

 褒めてほしいだけなんだ。

 よしよしってされたいだけなんだ。

 頑張ったねって。

 おつかれって。

 優しくしてほしいだけなんだ。


 ただ、それだけなのに。


 それだけが叶わない現実。


 何もないから。


 頑張ることが怖い。

 努力が怖い。


 気が遠くなって。

 やる気もなくって。

 熱意なんて忘れ去ってしまったから。


 どんどんと理想から離れていく。


 理想的な現実に縛られているくせに。


 ダサ。


 カッコ悪いな、私。


 馬鹿みたい。

 

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 詩を書く才能を感じます。 [一言] これからも書き続けて欲しいと思いました。
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