四 愚かな勇者
魔王となった元勇者バッカジャーノは玉座の周りに女をはべらせた。
「つまらんな……乗れ、ファノホラ」
バッカジャーノは膝に元魔王を乗せてイーラナイナ姫に背を彼女の足置きにするよう命じた。
姫は屈辱に嗚咽し、バッカジャーノはそれを冷ややかな目で見ていた。
かつて姫は彼にどんな恨みを勝ったのか、他の女達は震えている。
遊びに飽いたバッカジャーノはAの国へやってきた。
「おい、この国一番の美姫を差し出せ」
「ははっ魔王バッカジャーノ様!」
連れてこられたのはAの王姉であるアクソーナだった。
「悪くないが地味だな」
「お気に召されませんか、でしたら現在はD国にいる妹を差し出します。しかし……」
王妹クッソナはD国の公子の婚約者だという。
■
「あー怖かった……」
「あ、生きてたんですね」
クッソナが無事に帰還してディエルは残念そうにいう。
「クッソナ姫はいるか」
魔王バッカジャーノはD国の城へ単身で乗り込む。
「はーい?」
事情も知らない姫は無邪気に姿を表す。
「A国王が貴様を俺に差し出すと言っているが婚約者がいると聞いて殺しに来た」
「やだ怖い」
「婚約は破棄しますから殺さないでください魔王様
「しかし顔はともかく地雷臭がするので要らん」
「どうぞどうぞ!」
「いやいやいや」
「いえいえいえ」
「いらんと言っているだろ」
「もらってってください返品不可で」
「お茶の支度が出来ましたよディエル様……?」
「ほう、中々いい女だな」
バッカジャーノはメイドを品定めするように見据える。
「本当に姫は要らないのでメイドは愛してるんで駄目ですマジで」
「なら尚更、仲睦まじい恋人を引き裂きたくなるのは俺の性分でな」
「魔王なのに小さいこといわないでください。メイドより姫を拐うべきですって!」
「チッ」
バッカジャーノはあまりにしつこいディエルが面倒になって退散した。
「待って!!姫を忘れてますよー!」
「ねえさっきのは奴を追い出す演技のセリフだよね?」
「あっはっはっはーやだなあ姫……」
ディエルは肯定も否定もしない。
■
『てやあああ!!』
かつてB国へ魔王が現れ、王妃を幽閉した。
勇者を目指す少年達は、日々鍛練していた。
『ぐっ!』
『あはは相変わらず弱いなあバッカジャーノは!!』
あるものは力を誇示して知らしめるため、しかし多くの者は勇者となり姫を妻とするために魔王を倒そうとしたのだった。
『いてて……』
『大丈夫?』
魔族の女性はボロボロの少年に真っ黒なハンカチを差し出した。
『あ……ありがとう』
『アンタ見た感じ、いじめられっ子よね?』
少年は図星を突かれて苦笑いする。
『よかったら私の娘とこっそり遊んであげてくれないかしら?』
『うん、いいよ?』
純粋な子供は魔族とはいえ親切な相手には心を開いている。
『ママ、だあれその子?』
少年より少し背が高い少女は母親の背に隠れた。
『さっき一人でいたのを見つけたの』
『人間だよね……私をいじめない?』
『いじめないよ……じゃあ魔族の君は僕をいじめるの?』
少女は首をふって少年へ手を差し出した。
『よろしくね』
『うん』
■■
『バッカジャーノ、お前最近魔族と一緒にいるらしいな』
『おれ見てたし、騎士様も見たって言ってたんだ。隠しても無駄だかんな』
取り囲まれて面倒に思った少年はうなずく。
『うん美人と可愛い子だよ』
『マジで?可愛いのかよ』
『おい何食いついてんだよ!』
隙を見て抜け出すと、騎士から王の呼び声がかかる。
『おお良くぞ参ったバッカジャーノ』
『わ、私めに何のごよ……あの光栄です陛下』
『はは子供がそのように畏まるでない』
呼び出された理由は間違いなく魔族の母娘の件だろうとバッカジャーノは察した。
『私には妃が二人いてな、今の妃が命と引き換えに生んだのがイーラナイナだ。そして数十年魔王に拐われたのが一人目の妃だった』
王は遠い目をして過去を語った。
『あら、父上が平民に会うなんて珍しいわね』
イーラナイナ姫はバッカジャーノを遠くから観る。
距離など関係なく見下すような言葉と支線が目と耳に届いた。
『失礼いたします姫』
■■
『久しぶり』
『うん』
彼女と再開して少年のはりつめた心が緩む。
『ちょっと会わない間に背がのびたね』
『そうかな。そういえば……お菓子の匂いがするね?』
『わかった?あのね、今日はクッキーをママと焼いたから、会えてよかった!』
少年はクッキーを受け取り、別れを告げる少女に手をふる。
王の謁見から数年、再び王の目通りが叶う。
バッカジャーノは誰もが認める強さを手にしていた。
『勇者バッカジャーノよ、そなたは魔王を倒し妃を奪還するのだ』
『は』
『見事救いだした暁には姫を妻にやろう』
幼い彼を見下していたイーラナイナは手のひらを返したように彼に媚びるようになった。
■■
「また他の子といたの?バッカジャーノ」
彼がファノホラに触れたのは幼い頃に手を繋いだのと膝に乗せた程度だった。
「イーラナイナ姫の嫉妬を煽るために私を使うなんて酷い……」
ファノホラはバッカジャーノがイーラナイナを好いてわざとああいう行動をとったと考えた。
「……お前は父魔王を殺した俺が嫌いだろうからな」
バッカジャーノはファノホラを利用したのは確かだが、彼女の考えは大きくはずれているとため息をつく。
「……もう知らない!」
ファノホラはその場で涙を流すが彼が慰めることも彼女がすがり付くこともなかった。