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小麦の短編集

研究者たちの会話

作者: 小麦

「世界は1つの卵から生まれたんじゃないかと思うんだ」

 1人の年老いた研究者が僕たちを目の前に突然そう言った。

「何ですかいきなり」

 僕はそう返す。

「いや、だってよく考えてもみたまえ。我々人類が生まれるはるか前から、卵から生まれる生物は存在していたのだよ? 血液循環説を唱えたウィリアム=ハーベーも全ては卵からとの発言を残している。つまり、最初は卵だと、私はこう考える訳さ」

「あら、それはどうでしょう」

 今度は女性の研究者がそれに異論を唱える。

「神学では神は鳥を想像し、それらに産み増やすように命令したという創造神話がありますわ。つまり、これは卵ではなく鳥が先、という結論になりませんか?」

「君、それはあくまで神話の話だろう」

 研究者は論理的ではないとその意見を否定する。

「それを言ったらあなたの話だって想像上の話に過ぎませんわ。はたして本当に卵から生まれる生物の方が卵より先に存在していたなんて言えるんですの?」

「やめないか。こんなところで卵が先か鶏が先かなんて議論をしていても仕方ないだろう。答えの出る議論じゃないんだよ、こんなのは」

 奥の部屋から別の研究者が出てくる。

「そんなことは分かっているさ。その上で私は言いたいんだよ。卵が先だとね」

 あくまで譲らない様子の研究者。

「あなたはちなみにどう考えているのかしら?」

「俺も卵が先派かな。俺の専門は数学なんでね」

「グレンジャー因果性でしたっけ?ある時系列のデータから別の時系列データを予測できるか調べるっていう」

 今度は先ほど神話の話をした女性とは別の女性研究者がやってくる。

「ああ。卵の数から鳥の数は予測できたが、その逆は無理だった。つまり、卵が先なんじゃないかってな。あんたはどう思うんだ?」

「私はどちらでもないと考えますかね。卵の殻の形成に関わるタンパク質が殻ができる前にもできた後にもありましたけど、これは同一のタンパク質とは限りません。タンパク質の進化が卵の進化と同時に起こった訳ではない可能性がある以上は、卵の形成に使われてきたタンパク質は別にあって、卵の殻の形成に関わったタンパク質はそれを発展させる形で出現したと考えられますから」

「そういえば君の専門は生化学だったな」

 最初に熱弁した研究者はそんな反応をする。

「俺の意見はこうだな。卵も鶏も両方とも鶏じゃない鳥から同時に進化したんだ。そしてこの鳥は徐々に鶏らしい特徴を得ていった。種の分化のどこの議論になったとしても、その種を規定するのが遺伝的形質で、それが交配によって生じる以上は、卵が先という結論以外出るはずがない」

奥から最後の研究者が出てくる。これでこの研究チームのメンバーは全員だった。

「さて、これで全員の議論が出そろった訳だが、君はどう考える?」

 ここまで発言していない僕に水を向けてくる研究者。

「聞いてみたいわね、あなたの考え」

「そうだな。ここまで来て分かりません、とかはなしにしてくれよ」

 メンバーにそう急かされた僕は、自分の持論を話し始めることにした。

「僕は、どちらが最初かというものは存在しないと考えますね」

「つまり、私の意見と同じですか?」

 先ほど卵を物質的に考えて答えた研究者が聞く。

「いえ、それともちょっと違います」

「ほう、面白いじゃないか。ならば君はどう考えるのかね?」

 この問題を最初に提示した研究者はそう聞いてくる。

「循環的時間、時間というものは循環していて、歴史を繰り返すって言う考え方です。時間が永遠に繰り返されるのなら、その永遠性において最初は存在せず、何かを創造することもない。つまり、最初なんて存在しないってことです」

「なるほど。仏教の考え方というわけですか」

「そうなりますね。結局、ここに集められた僕たちは研究分野も異なれば考え方も違います。この問題にそう言った事情を加味せずに解決策を求めようとすることそのものが意味のない行為ではないかと、僕はそう考えますよ」

「もっともだ」

 最初からこの議論に乗り気ではなかった男性科学者が同調する。

「うむ、仕方ない。いつかは解決策を出さなければならないとは思うが、今回はこのくらいにしておくのが良さそうだ」

 最初にこの話題を持ち出した研究者も諦めた様子だった。

「私たちの研究の本題は人類の復興なんですからね。その辺りは弁えてくださいよ」

「分かっているさ。しかし、我々しかいないとなると、たまにはこういう話もしたくなるではないか」

「その気持ちは分かりますわ。いつも同じ研究室に閉じ込められてばかりでは飽き飽きしてしまいますもの。たまには刺激がほしくなるのは当然ですわね」

 女性研究者も頷く。

「つーかよ、そもそも答えが出るか分からない問題に取り組むことがそもそもモチベーションの維持の大変さだと思うけどな」

「もっともだ。人類が我々以外に滅んでから既に数年、いまだに我々以外の人類を生む方法は分かっていないのだから」

 年老いた科学者はそう答える。

「私たちが性行為でもできれば……」

「俺たちにそれはできないって分かってんだろお前も」

 男は女性に返す。彼らには生殖行為をするためのものがないためにそれができないのだ。

「いずれにせよ、私たちはこうして人類を復興させるための研究をするしかないと、そういうことです」

 女性がそうまとめる。

「そういうことです。あと少しで本日の業務時間も終わりですし、頑張りましょう」

 僕はそう言って奥の研究室まで引っ込んだ。



「行ったみたいだな」

 引っ込んだ研究者を見た残りの5人は顔を合わせる。

「では、本日の業務終了後に、手はず通りに。必ず成功させましょう」

女性は全員にそう呼びかける。彼らは頷いた。



「さて、じゃあ本日はこのくらいでいいですかね。解散にしましょうか」

 僕がそう号令をかける。その瞬間だった。何かが弾けるような小気味良い音と共に、僕以外の全員が卵に変わった。

「ふう」

 僕はその卵5つをケースに入れた。僕は地球最後の生き残りである。ある天候異常現象によって人類の生き残りは徐々に減ってしまい、今では僕だけが生き残っている。僕が今使っているのはコロンブスと呼ばれるもので、卵から疑似的に人間を作り出すものだ。これが開発されたのは人類が滅ぶ数十年前、当時子供だった僕はこれを開発者に託された。当時は使うことはないと思っていたが、今では僕しかいなくなってしまった人類を復興させるために必要不可欠なものとなってしまった。このコロンブスはこの研究所以外では使えないものなので、この卵たちにはすごく不自由な思いをさせながら研究させていることになる。この研究を始めて既に数年だが、一向に人類を復興させるための方法は分からないままだ。にもかかわらず、最近ではこのコロンブスが人格を持ちつつあるような、そんな気さえしてしまう。最初は研究をするだけだった彼らだが、近頃は会話を好み、コミュニケーションまでできるようになってきた。このままではこのコロンブスの方が、むしろ人間に近い存在となってしまう可能性すらある。

「卵が先か鶏が先かとはよく言ったもんだけど、何もないところから人間が生まれるには何が必要なのか。男女の行為以外にこの仕組みを継承してくれている生物は今のところ現れてないわけだし、きちんと調べないとな。少なくとも僕が寿命を迎える前に」

 僕はそう自分に気合を入れ直す。

「そうだ、トイレに行ってくるとするか」

 僕は卵を置いて、洗面所に向かおうとする。その瞬間、真後ろで卵が弾ける音がした。僕は慌てて振り返るが、その頃には5人が一斉に飛びかかってくる。


 僕は声を上げる間もなく、そこで気を失った。

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