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女神のゆううつ

作者: 瀬川潮

「やーん。ドコ行ったのかしら、私のオルゴールぅ~」

 床にじゅうたんを敷いた白壁の広い部屋の中、ひらひらしたドレスに身を包んだ背の高い女性がオレンジに輝く長いポニーテールを揺らしながら探しものをしていた。がさつなのか、豪快に引き出しを抜き出したり、クローゼットの中身を全部出してみるなど繰り返したようで、床はぐちゃぐちゃ。部屋のすみに四つばいになってドレッサーの一番下の引き出しをあさっていたかと思うと、突然床に散らかしたドレスの山をかき分けたり、ふと思いついたようにテーブルの上の宝石箱をもう一度確認してみたり……。

「お嬢様、これは一体どうなされたのですか」

「じい、乙女の部屋に勝手に入ってくるとは何事か」

 黒いタキシードスーツに身を包んだ老紳士は開け放たれたままの扉の外から話し掛けただけで、まだ部屋には入っていない。

「それに、『お嬢様』はやめてと言ったはずよ」

 フレアローズは立ちあがり、腰に両手をあててぷんすかと首を傾げた。

「これは大変失礼しました、フレアローズ様」

 老紳士、静かに一礼するのみ。

「あああああ~っ。じいが話し掛けるから、どこをどう探していたか分からなくなったじゃない!」

 突然、きーっ、と両手で頭を抱えるフレアローズ。

「それは失礼いたしました。ところで、何をお探しで?」

「ずいぶん昔にタッくんからもらったオルゴールを探してるんだけどね」

「タッくん……。ああ、中央のタキオタキネ様のことですね。しかし、オルゴールを探すのに、衣類まで出すことはないと存じますが」

「普通ならね。そのオルゴールって、二枚貝の形のコンパクトサイズだから、ポッケの中って可能性もあるのよ」

 困ったもんだとばかりに眉を寄せ、両手を広げながら肩をすくめる。

「では、じいめも協力しましょう。なに、探し物などこの水晶球を使えばたやすいものです。ムムムム……」

 フレアローズは目を丸くしながら老紳士のそばまで寄り、ちょこんとひざをくの字に曲げて彼が取りだした水晶球を一緒に覗きこんだ。


 ある国の王がいつものように豪華絢爛なディナーを楽しんでいたとき、何かと機嫌を損ねやすい王の眉がピクリと動いた。瞬間、凍りつく給仕たち。

 王が止めた切れ味の良いフォークとナイフの先には、じゅうじゅうに焼けた豚肉に混じって口を閉じたままの二枚貝が転がっていたのだ。

 給仕らは、声にならない悲鳴を上げた。確実に、数人の首が飛ぶと震えだす。

 が、王の機嫌はすぐに良くなった。

「内陸の国で、豚の丸焼きから貝が出るとは珍しいことじゃ。きっと、良いことが起こる前触れに違いない」

 そう言って王自らナプキンでその貝殻を包み、磨いた。するとナプキンの中で貝が開き、波の寄せる音、渡る風の音、そして時折響く鳥の鳴き声が聞こえ始めた。

 包んでいたナプキンを開くと同時に、部屋に光が溢れ、背の高い女性が現れた。

「これは私の宝物。探していただき礼を言います。これは返してもらいますが、代わりにあなたの願いを三つまで叶えて差し上げます」

 長いオレンジ色の髪をポニーテールでまとめた女性は、宙に浮いたままひょいと貝殻を取り返し、言った。ひらひらとドレスが宙に揺れている。

 唖然としていた王だったが、すぐに欲にまみれた笑みを浮かべた。

「ワシはこの国の王だ。金なら掃いて捨てるほどあるし、いずれ世界の王になる予定なのでそんなものいらんぞ」

「それらを願わない、というならそれらを願わねば良いだけ。他の願いをするといいでしょう」

 女性はうっすらと細めた目で淡く微笑んだ。

「ちなみにそなたは、この貝殻の精か何かか?」

「いいえ、女神です。それ以上の詮索はなさりませぬよう」

 女性は少し語気を強めて言った。

「ふん、まあいい。じゃあ、まず一つ目の願いだ。その貝殻をくれ」

 どうぞ、と女性。王は「おお!」と歓声を上げて嬉しそうに両手で受け取るが、すぐにひょいと取り返された。

「おい。願いを聞いてくれるのではなかったのか?」

 機嫌を損ねる王。

「はい。ですから、差し上げました。ですが、これは私のもの。すぐに返していただいたということです。別に、時を早めてあなたがこの場ですぐに死んでしまってから返していただいても良かったのですが……」

 ぎらり、と彼女は睨みを利かせた。くっ、と王は顔をしかめる。が、すぐにまたにやにやといやらしく顔を緩め、宙に浮く女神をつまの先から頭の先までゆっくり、ねっとりと舐めるように見上げた。

「あー。では二つ目だが、お主の名前は何と言うか教えてくれぬか?」

「フレアローズといいますが、本当にそれが二つ目の願いでいいのですか?」

「じゃあ、三つ目の願いだ」

 王はフレアローズの言葉を無視して続けた。

「フレアローズ。お主、ワシの妾になれ」

 フレアローズはちょっとびっくりした様子だったが、そっと身をかがめると王の右手に自分の両手を重ねるのだった……。


「んー。やっぱりステキな響きよねぇ。落ちつくわぁ」

 床にじゅうたんを敷いた白壁の広い部屋の中、フレアローズはテーブルに腰かけて紅茶を飲みながら小さなオルゴールの音色に耳を傾けていた。

「お嬢様、アレはいかがなものかと思います。女神が嘘をついてはいけないでしょう」

 老紳士が茶菓子を持ってきたついでに忠告する。

「『フレアローズ様』でしょ。子ども扱いしないでいただきたいわ」

 口を尖らせ、つんとそっぽを向く。

「では、フレアローズ様。女神が勝手に、直接人を殺めるのは禁止されておりますよ」

 くすっと吹きだした後、老紳士は優しく言った。

「私は嘘なんかついてないわよ。それに、アレは女神ではなくただの妾がしたこと。まあ、他の人間には私は見えないわけだから、ただの自殺で済まされちゃうわよ」

「それはそうですがねぇ」

 老紳士が取りだした水晶球には、「王は食事中に突然、右手にナイフを持って自分の胸に突き立て自殺したそうだ」との噂で持ちきりの王城下のざわめきが映しだされていた。なぜ王が死んだのか、真相を知るものはフレアローズと老紳士くらいのものだろう。

「人も神も、似たようなものよ」

 両親を早くに亡くしたフレアローズはそれだけ言って、腹違いの兄からもらった貝殻を閉じた。真珠のような涙が一粒、こぼれた。



   おしまい

 ふらっと、瀨川です。


 他サイトに深夜真世名義で発表したことのある旧作品です。

 当時は「三つの願いを叶える」など、三つくらいの縛り条件の下に競作しました。(一週間前にアップした「アイよりいでて」(瀨川潮名義で発表)と同じ条件です。やはり2005年1月の作品)

 かなりがさつなお話ですがまあ、がさつなのだということで。

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