父の膝の上で……17
大きな父の胸に抱かれる大津に、床の義高は優しい眼差しを向けていた。
国家老という藩の重責を担いながら、この男はとても若々しく見える。
「大津は知っているだろうか。父上も母上も、お前を唯一無二のかけがえのない愛おしい子供だと思っている」
「大津は……できそこないだと……前に中間達が噂しているのを聞きました。御家老さまも長く続いた由緒あるご家名を継がせるのが、あのような何もできない……できそこないでは心苦しいだろうと言っていました。……家中の者に、歪の姫若、異形の姫と呼ばれているのも知っております」
「そうか、そのようなことがあったか。秘密にしておっても、洩れるものなのだな……。確かにお前は小さく生まれた弱い子供で、しょっちゅう高い熱を出していた。母上は屋敷内に別宮を作ってお百度を何度も踏んだし、父もお前が無事に大きくなるようにと神仏に祈念して、今も茶断ちをしておる。それこそ真綿でくるむようにして大事に慈しんで育てた」
「はい。大切にしていただきました」
「わたし達はこれまでに二度、男子を失って居る。仏間に小さな位牌があるのを、大津も知っているだろう?兄上たちを失った母上の悲嘆は余りに深く、毎日泣いてばかりで食事も足らず、腹に宿ったお前の命さえ危うくなりそうなくらいだった。お前が小さく生まれたのは、そのせいかもしれぬ。それで、わたしはお前が生まれたら、女子として育てる事にしたのだ。昔から、女子の着物を着せて男子を育てれば丈夫に育つと言うからの」
大津は横向きに膝の上に抱かれ、じっと父の顔を見つめていた。
幼い女童にしか見えない大津の頬に、静かにはらはらと零れるものがあった。
「お前がどう思おうと、お前が生まれてから父も母も毎日幸せであった。乳を飲んだ、這った、歩いた、ととさまと呼んだ、かかさまと泣いた、それだけで親というのは報われるものなのだ。だから、何も卑屈に思う事はない。成人するまいと言われたお前が、ここまで育ち、誰かを愛おしいと言う気持ちを持った。武門で名を成さずとも、大津は大津であれば良いと思って居る。わかるな?」
「お家の役に立たない……大津でも……生まれてきて良かったのですか……?」
「そのことじゃ。実はな……大津を愛おしいと思いながら、武門に生きるわたしはいつかお前を手に掛けるつもりでいた。どうしてもそうしなければならないと、決めていた」
「……はい」
「このままの日々が続けばいいと、どれほど願ったかもしれぬ。だが、男として声が変わり、武張ってきたら女子として生きるのは難しい。屋敷奥に密かに匿ったとしても、いつか親は年を取りお前よりも先に彼岸へ行くだろう。頼る縁もなく残されたお前のことを思うと不憫でならぬゆえ、元服の年に共に彼岸へ旅立つつもりであった」
「共に……。……親不孝なこの身を……お許しください。でも大津は、父上と母上を死なせたくありませぬ」
「おぉ、そうだ。それよりも、良き話をせねば。義高殿の国許から知らせがあったのを伝え損ねておった」
「……国許で何かあったのでしょうか」
「案ずるな、義高殿。めでたき話ぞ」
国家老の言う良き話というのは、大槻義高の遠き故郷で先ごろ生まれたという妹のことだった。
国家老は登城した折り、藩主から朗報を聞いて居た。
国境の大槻家、義高の家に三月前、女児が誕生したのだと言う。しかもこれを機に、姻戚関係を持ってはどうかと、内密に打診してきたらしい。
「それはめでたい。早速、義高殿に御伝えせねば」
「義高に国許に帰れる日も近いと、言ってやってくれ。人質を預かるよりも姻戚関係を結んだ方が、互いの絆は強固になる。苦労を掛けたとな」
いずれ、藩主の嫡男との婚儀を行い、義高の人質としての役目は終わると藩主は告げた。
「そうですか。わたしに妹が……。殿さまは、早くも輿入れの話をされておりましたか?」
「左様。七つの帯解(普通の帯を締めるようになること)に、お母上、乳母等と共に国入りという事になるだろうと、殿は申して居った。縁を結び、戦のない豊かな国になるだろうと、喜んでおられた」
「祝いの書状を送らねばなりません。それと共に、義高の決意もしたためまする」
「父上。大津も、義高さまの妹君に、お祝いの品物を差し上げます。そうだ、確か行李にまだ手を通していない着物があったはず……」
ぱっと膝から飛び降りて、ぱたぱたと駆ける大津に国家老は苦笑した。
「甘やかしすぎた。不本意ながら躾も何もできてない。この通り詫びを言う」
義高はくすくすと笑った。大きく笑うと傷が痛むからなのだが、それでもやはり笑ってしまう。
「お可愛らしいことです。素直で穢れを知らない大津さまを、わたしはこれからもずっとお守りしたいと思います」
「義高殿……」
感極まった家老は、若い人質の武士に深々と頭を下げた。




