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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第一章 ディアドコイ領脱出
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006 紀元前312年 ピュロスの改心

テッサに連れられ、ピュロスがバルシネ部屋へ足を踏み入れた。


「バルシネ様……お呼びと聞き、参りました」


ピュロスは入室した瞬間、言葉を失い、その場に立ちすくんだ。


部屋に満ちているのは、肌を刺すような緊張感。


側近三人は、まるで敵を前にした兵士のような目つきで、一斉にこちらを見据えていた。

さらに正面に座るヘラクレスは、冷徹な将軍のような眼光で自分を射抜き、その傍らには、覚悟を決めた母豹のような鋭い視線を向けるバルシネが立っている。


その視線が重なり、ピュロスの背筋を容赦なく締め上げる。


(な、なんだ……この空気は。みんな、どうしてそんな目で……まさか僕がスパイだとバレたのか……)


「ピュロス。近くへ来なさい」


バルシネの静かだが拒絶を許さない声が響いた。

ピュロスは膝の震えを隠せず、獲物にされる小動物のように、ふらふらと卓の前まで歩み寄った。


バルシネが椅子を指し、静かに言う。


「座りなさい」


その声音には、逃げ道がなかった。

ピュロスは震える膝を押さえつけるようにして、ぎこちなく椅子へ腰を下ろした。


沈黙が落ちる。


やがてヘラクレスが、ゆっくりと口を開いた。


「ピュロス。……お前に聞きたいことがある」


その声は、昨日までの少年のものではなかった。

冷たくもなく、怒ってもいない。

ただ、そこにあるのは圧倒的な威圧感だった。


ピュロスの喉がひくりと動く。


「……なんでしょう、ヘラクレス様」


「神はすべてを見ている。

 お前が背負っているものも、隠しているものも」


ピュロスは意味が分からず、頭を高速回転させ考える。


(神が見ている? これはやっぱり自分がスパイだとバレたと言う事なのか?)


「……ど、どういう意味でしょう?」


レオニダスが、耐えきれずに声を漏らす。


「ピュロス……お前本当なのか。

 俺たちを売っていたというのは……」


「っ……!」


ピュロスの顔から血の気が引いた。


アルカトオスが唇を噛む。

「ピュロス……お前、何も言わなかったじゃないか。相談してくれていれば……」


メナンドロスは拳を握りしめたまま、ただ俯いている。


ピュロスは震える声で絞り出した。

「ち、違います……!

 何かの誤解です。何の話をしているのか、僕には分かりません!」


ヘラクレスが静かに言葉を重ねる。


「ピュロス。お前の父親の借金のことも、アッタロスに妹を連れて行かれそうになったことも──神のお告げで知っている」


ピュロスの目が大きく見開かれた。


「神……っ……!」


バルシネが一歩前に出て、静かに告げる。


「ヘラクレスは大いなる神、タケルス神の神託を受けました。

 その神がお前の裏切りについて教えてくださったのです」


ピュロスの目が大きく開く。


「神託……?」


ヘラクレスが目を細める。


「ピュロス、何か言う事はあるか?」


ピュロスは神が裏切りの理由まで知っていて、それをヘラクレスに伝えたなら、逃げる事は不可能だと悟った。

ピュロスは椅子から降り、覚悟を決めて床に膝をついた。


「僕はどうなっても構いません……。

 ですが妹と弟……どうか家族の命だけは……助けて下さい……」


その声は震えていたが、迷いはなかった。


ヘラクレスが静かに立ち上がり、ピュロスの前まで歩み寄る。


そして、そっと肩に手を置いた。


「ピュロス。神は“お前は救ってもよい”と仰せだ。お前の家族も同じだ」


ピュロスが顔を上げる。

涙で濡れた瞳に、わずかな光が戻る。


ヘラクレスは短く告げた。


「私はお前を許す。

 だが今後二度と裏切らないこと、そして我が神、タケルス神を信仰することを誓え。それが救いの条件だ」


ピュロスは深く頭を垂れた。


「……はい、二度と裏切らないと誓います。

 今後はタケルス神を信仰します」


《タケルス教の信者数が7名になりました》

《預言者のスキル枠が5枠に増加しました》

《預言者スキル枠:2/5》

《所持スキル

【威圧(レベル4)熟練隊長】【真実の瞳(レベル3)商人】》

《残りポイント──134万》


「またスキル枠が増えたな」


《はい。おすすめスキルを表示しますか?》


「いや、スキル枠はいざと言う時に残してた方がいいって、攻略に書いてあるから後でじっくり考える。今はこのイベントを終わらせる」


そう言うと猛はローマまでの攻略法を見た。


だが、この攻略情報は完全ではない。

ヘラクレスとの接し方が少し変わるだけで、他プレイヤーとの差が生まれる。

その差は時間が進むほどに積み重なり、同じ指示でも成功確率はゆっくりと下がっていく。

とは言え、猛がヘラクレスに教えているのは、ローマへの逃亡で最も有力とされるルートだった。そのためローマに到着できる確率は平均80%以上あった。


――ヘラクレス。次は、側近たちに行き先がローマだと伝えるんだ。


ヘラクレスはゆっくり猛の言葉に頷いた。


「……我らはローマへ向かう」


その一言に、部屋の空気が揺れた。


4人の側近とテッサが息を飲み、

バルシネだけが、静かに頷いた。


ヘラクレスは続ける。


「ここにいては、我らは死ぬ運命にあると神託が下った。

 だがローマなら……我らの道が開けると仰せだ。ローマはやがてギリシャに並ぶ大国になると」


ヘラクレスの言葉が落ちた瞬間、ひれ伏していた三人の側近たちの間に、困惑と熱狂が混ざり合った奇妙な沈黙が流れた。


最初に口を開いたのは、現実主義の頭脳派、アルカトオスだった。


「……ローマですか。エジプトでもマケドニアでもなく、あえて西の果てを選ぶ。

面白い、あそこはまだ我らギリシャの文化を必死に真似ている辺境の都市。ですが、神がギリシャに『並ぶ』と仰せなら、我らが貴族になる可能性は十分にあると言うこと……」


続いて、リーダー格のレオニダスが、拳を床に強く打ちつけた。


「なるほど、やがて大国になるというのなら、今からその国の軍中枢に食い込めば、我らはマケドニアのどの将軍よりも高みに登れる……」


彼は顔を上げ、野心に燃える目でヘラクレスを見据えた。


「ヘラクレス様。タケルス神の予言が真実なら、私はそのローマの地で、誰よりも強く、誰よりも多くの兵を率いる将軍となってご覧に入れます!」


武闘派のメナンドロスが頷いた。


「場所はどこでも構いません。ヘラクレス様がそこへ向かうと仰るのなら、私はバルシネ様とヘラクレス様についていきます」


ピュロスは、「ローマ行き」の宣言を聞き、家族を心配して、縋るような目で顔を上げた。


「ヘラクレス様……! ローマへ行くというのなら、私の妹と弟、エレーネとティオンは連れていけるでしょうか!? 妹たちを置いていくことなど、私には……」


ヘラクレスは、ピュロスに優しく微笑んだ。


「案ずるな、ピュロス。お前の家族を切り捨てるようなことはしない。タケルス神の導きにより、商人テオドロスの船を確保する。お前の妹と弟は、その先行便に乗せて一足先に逃がしてやる。ローマで、お前が来るのを待つことになる」


ピュロスの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「あ、ありがとうございます……! タケルス様、ヘラクレス様……! この御恩、生涯忘れません!」


それを見ていたレオニダスが、少し呆れたように、しかし口角を上げて鼻を鳴らした。


「おいピュロス、いつまでも泣いてるんじゃねえ。お前の家族が人質じゃなくなるってことは、お前が一番『自由』に動けるってことだ。アッタロスの野郎を騙し抜く大役、きっちり果たせよ?」


ピュロスは涙を拭い、力強く頷いた。


バルシネは、ヘラクレスの口から出た商人テオドロスと言う名前に記憶が無かった。記憶の糸をたぐるが、やはり知らない。


「……テオドロス? その商人が、私たちの運命を握る船の主だと言うのですか?」


ヘラクレスは迷いなく頷いた。


「はい。テオドロスは三隻の船を持つ中堅商人で、アルタバゾスおじい様に深い恩義を抱いています。さらに彼自身、アンティゴノスの重税を嫌い、新興市場であるローマへの移住を計画しているそうです。そこへ──我々が加わるのです」


アルカトオスは眉をひそめ、冷めた目でヘラクレスを見つめた。


「お待ちください。……その話が事実なら、テオドロスとは、バルシネ様もヘラクレス様も“面識がない”ということですよね?」


彼は一歩前に出ると、現実的な懸念を口にした。


「たとえ昔、おじい様に助けられたという『古い恩義』があったとしても、それだけで一族の命を懸けて我々を助けるでしょうか? 商売人なら、今の領主アッタロス様に我々を差し出して、さらなる利を得るという選択肢もあります。そもそも、その移住計画とやらが本当だという確証はどこにあるのですか?」


レオニダスやメナンドロスも、その言葉に現実を引き戻されたように黙り込んだ。神託とはいえ、見ず知らずの他人に命を預けるのは危うい。


ヘラクレスは笑う。


「まだ神託を完全には信じられないのか? ならばアルカトオスにテオドロスとの交渉役を命じる。まずは神託の事は告げず、移住計画があるのかを聞き、反応を見てみろ。お前ならば真実が分かる筈だ」


アルカトオスは、ヘラクレスの不敵な笑みに一瞬気圧されたが、すぐに姿勢を正した。


「……承知いたしました。ならば明日、港にあるテオドロスの屋敷を訪ねましょう。神託の真偽、私のこの目で確かめて参ります」


アルカトオスの声には、『そんな都合のいい事があり得るのか?』という理性の抵抗が混じっていた。


「タケルス神は、テオドロスはローマへ移住する決断ができずに悩んでいると仰っている」


ヘラクレスは一歩踏み出し、アルカトオスの瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「私を連れて共にローマに行けばテオドロスの一族は栄える……。神の言葉をそのまま伝えればいい。いざと言う時はテオドロスが嵐で財産を失った時に、私の祖父アルタバゾスが助けた恩を返す時が来たと告げろ。奴はそれで落ちる」


「……分かりました。神託通りならば、その男の迷いを、私が断ち切ってやりましょう」


ヘラクレスが皆を一瞥し、告げる。


「今宵はここまでとする。これ以上、母上の部屋で長居すれば怪しまれる。スパイはフィリッポスだけではない。使用人のマイラとカストルもアッタロスの手先だ」


その言葉に、部屋にいた全員が凍りついた。

レオニダスは思わず扉の方を振り返り、メナンドロスは腰の剣に手をかける。


テッサは同僚であるマイラとカストルの名を聞き、信じられないという表情で口元を押さえた。


「マイラと、カストルまでもが……」


ヘラクレスは静かに口を開いた。


「スパイには、まだ手を出すな。

 我らが出発するのは2カ月後だ。その時に奴らを捕まえる」


5人は静かに頷いた。



ーーーーーーーー

《ご主人様、会談が終わりましたね。ダイジェスト機能で時間をスキップしましょう》


「ダイジェスト? そんな事したら、重要イベント見逃さないか?」


《大丈夫です。重要イベント前でストップする仕組みです》


猛は椅子から静かに立ちあがった。

「分かった。だけど続きをやる前に水を飲んでくるわ」


《いってらっしゃいませ》

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