溺愛こわい
「ダネット、わしは結婚したぞ」
ある日、お父様がとんでもないことを言い出した。
「さあ、入ってくるがいい」
応接室のドアを開けて入室してきたのは、私より二十歳くらい年上の厚化粧の女性だった。ポカンとする私をよそに、女性は馴れ馴れしくお父様の横に立つ。
「お前の新しいお母様じゃ。名前は……ええと……」
「パドマですわ」
女性が私との距離をずいっと詰めてきた。
「ふわふわした金髪につぶらな青い瞳。まるでお人形さんみたいな子ね! 嬉しいわ。こんなにかわいらしい娘ができるなんて!」
パドマさんが笑みを作る。
けれど、私は気づいてしまった。彼女の目がちっとも笑っていないということに。
「よかった、よかった。これからは家族三人の楽しい暮らしが待っているのう」
お父様は老人斑の浮いた顔を綻ばせている。パドマさんが私の手を骨が砕けそうなほどの強い力で握りしめた。
「仲良くしてくださいね、ダネットさん」
その言葉に対し、私は顔を引きつらせることしかできなかった。
****
今年で七十歳になるお父様の様子がおかしくなり始めたのは、つい二、三年前のこと。
死んだお母様がまだ生きていると思い込んだり、意味もなくフラフラと出歩いたり、ぼんやりと宙を見つめたり……。お医者様によれば年のせいらしい。
お父様が心配になった私は王城勤めをやめて、領地に帰ることにした。
屋敷には使用人がいるから日常生活で不便なことはないだろうけど、何かあった時に頼れそうな親戚もいないし、万が一の場合は一人娘の私がお父様を守らなければと思ったのである。
それなのに迂闊だった。私はここ一週間ほど、王妃様の出産祝いのために王都へ行って、家を空けていたのだ。
そして、帰ってきたらパドマさんがちゃっかり後妻の座についていたというわけだ。一体どうやってお父様をたらし込んだのやら。
別に、再婚自体に反対するつもりはない。けれど、今回は事情が違う。
だって、新妻の名前も覚えられないお父様に近づいてくる女性なんて、絶対にろくな人じゃないでしょう?
「へえ、あんた、本当に結婚したのねえ」
パドマさんがうちにやって来てから数日後。彼女に来客があった。応接室の近くを通りかかった私は、薄く開いたドアから漏れてくる会話を偶然にも聞いてしまう。
「あんたがおじいちゃん好きだなんて知らなかったわ」
来客はパドマさんの友人だろうか。遠慮することもなく、気安い口調で話している。
「そんなわけないでしょう!」
パドマさんはゲラゲラ笑っていた。
「財産目当てに決まってるじゃない! この家、とっても裕福なんだもの」
私はこぶしを固く握りしめる。ほら、やっぱりとんだ腹黒女だったわ!
「でも、今のままだとわたくしの取り分が少なくなるのよねえ。年を取ってからできた子どもだからって、あのじいさん、娘のことを相当に甘やかしてるもの。遺産もがっぽり相続させる気よ。どうにかできないかしら?」
パドマさんは腹立たしそうだった。
「ひどい目に遭わせて、家から追い出しちゃえば?」
パドマさんの友人は、冗談めかした口調で言う。それに対し、パドマさんは何か返事をしていたけれど、その頃には私はもう応接室を離れていた。お父様の部屋に転がり込む。
「お父様! すぐにパドマさんと離婚してください! あんな性悪を家に置いていたら、大変なことになります!」
私は椅子に腰かけてうたた寝をしていたお父様の手を握りしめて頼んだ。お父様はまだ夢の中にいるような声で「パドマ?」と首を傾げる。
「誰じゃ、それは」
「お父様の妻です」
「何を言っているんじゃ。お前の母親はパドマなどという名前ではないだろう」
「お母様はもう死にました。『パドマ』は後妻の名前です」
「ダネット、お母様とケンカでもしたのか? 母親に向かって死んだなどと言ってはいかんぞ」
「だからそうじゃなくて……」
「あら、何を話していらっしゃるの?」
猫なで声がして、私の背筋が凍りついた。来客はすでに帰ったのか、いつの間にか、背後にパドマさんが立っている。
「わたくしも交ぜてくださいな。仲間はずれなんて、ひどいですわ」
「お前は誰じゃ?」
「パドマですわ、旦那様」
パドマさんはぞんざいに言い捨てると、懐からハンカチを出した。
「かわいいダネットさんに贈り物がありましてよ。お手をお出しになって」
何も考えずに、私は手のひらを差し出す。パドマさんはそこにハンカチの中身をそっと置いた。
「庭にいたイモムシですわ」
私の手のひらの上で、気味の悪い緑色の幼虫がうごめいている。私はもう少しで叫び声を上げて、虫を窓の外に放り出すところだった。
けれどパドマさんの得意げな顔を見て、一瞬で冷静さを取り戻す。
――ひどい目に遭わせて、家から追い出しちゃえば?
これがその「ひどい目」っていうわけ? ふん、低レベルな嫌がらせね!
ここでうろたえたら、パドマさんの思うつぼだ。私は精一杯の作り笑顔をひねり出した。
「まあ、ありがとうございます! この子の名前、『パドマ』にしますね。あなたにそっくりですもの。うふふ」
「わ、わたくしとこの虫ケラがそっくりですって!? ふざけるのも……」
言いかけて、パドマさんは我に返ったようだ。口元に手を当てて、「おほほほほ」と甲高い笑い声を上げた。
「ダネットさんったらお上手! おほほほほ……」
「うふふふふ……」
私たちは互いを牽制し合うように笑い声を立てる。その隣ではお父様が、「そろそろ食事の時間かのう?」と言っていた。
****
こうして、私とパドマさんの攻防が始まった。外を歩いていたら水が降ってきたり、私の夕食だけ激辛味になっていたり。パドマさんはとにかく私の嫌がることをし続ける。
けれど、こちらも負けていなかった。濡れた体はパドマさんの一番上等なハンカチで拭いてやり、彼女のお皿の上で香辛料の大瓶をひっくり返してみせる。
そんなことが何回も続いた後、パドマさんの部屋から「きぃぃぃ!」とヒステリックな叫び声が聞こえてきた。もしかして、気が変になったのかしら?
「あの小娘! 絶対に目にもの見せてあげるわ!」
残念。頭がおかしくなったわけじゃないみたい。部屋から出てきたパドマさんは、先ほどまでのヒステリーを笑顔の下に完璧に隠して、廊下にいた私に尋ねる。
「ダネットさんには、怖いものはありますか?」
へえ、本人に聞いちゃうの? それって敗北宣言にほかならないんじゃない?
さて、どう返そうかしら? ここが腕の見せ所ね!
「私は……そうですね……。……愛されることが怖いです」
私は身震いしてみせた。といっても、心の中ではニヤニヤ笑っていたのだけれど。
「誰かに愛されることを考えただけで、怖くて怖くてたまりません! ああ、愛って恐ろしいです……!」
私は髪を振り乱して叫ぶ。パドマさんは「へえ……」と何かを思案するような顔になっていた。
さあ、彼女、どう出るかしら?
****
それから三カ月後。屋敷の大広間には、大勢の男性が詰めかけていた。
長机に肘を立てながら一列に並んだ男性たちを真剣な表情で眺めているのは、彼らを呼んだ張本人、パドマさんだ。
「ぼ、僕は必ずダネットさんを幸せにしてみせます!」
行列の先頭に立つ男性が、険しい顔のパドマさんに対して必死に訴えかけている。
「その……ダネットさんとの温かな家庭を築くために、努力を惜しむつもりは……」
「あんた、借金があるんですってねえ」
パドマさんは手元の書類に視線を落として舌打ちした。
「わたくしが求めているのは、あの小娘を本気で愛している男よ。あんた、どうせこの家の財産で借金を返そうっていう腹づもりでしょう? 金目当ては一人で充分よ! そんな不届き者はいらないわ!」
パドマさんは殺人鬼も裸足で逃げ出しそうな顔つきになると、親指で首を掻ききる仕草をする。哀れな男性は「ひいぃっ」と悲鳴を上げて、衛兵に連れられて大広間からつまみ出されてしまった。
私はその様子を、物陰から呆れ顔で見つめる。
――愛されることが怖いです。
怖いものを聞かれ、何か面白いことが起こればいいと思って適当に返事した私の言葉を真に受けたパドマさんが考えついたのは、なんと「義娘の結婚相手探し」だった。
国中に「婿、募集中」の知らせを広めたパドマさんが、私の夫に求めた条件はただ一つ。「義娘を深く愛していること」だった。
しかも、こうして面接まで開いて私への愛を確かめるという徹底ぶりである。やっぱり彼女、ちょっとズレてるわね。
それにしても、パドマさんの審査基準はかなり厳しい。
浮気歴があるのは歓迎されないのはもちろんのこと、卑しい血を引いている人は根性がしみったれているとか、北部出身者は気難しいとか、完全に偏見としか思えない理由で、ためらわずに不採用にしている。
こんなことで私の結婚相手が見つかるのかしら?
……って、何を心配してるのよ! 「愛されるのが怖い」っていうのは、パドマさんをからかうための冗談なのに!
だから、私は誰とも結婚なんてしない。
そう、誰とも……。
「俺はずっと前から、ダネットが好きだった」
突然聞こえてきた堂々とした声に、私はハッとなって顔を上げる。
「彼女のためなら何でもする。俺にはダネットしかいない」
たくましい体つきと人目を引く長身。それから、一つ結びにした黒髪。やっぱりイゴールさんだわ! でも、どうしてここに?
居ても立ってもいられなくなり、私は駆け出した。
「家柄は及第点。経歴にも不審な点はなし。見目も合格。……ここまでは悪くないわね。あとはダネットさんがあんたを気に入るかだけど……」
「イゴールさん!」
パドマさんの言葉がまだ終わらないうちに、物陰から飛び出した私は、イゴールさんの胸の中に飛び込んでいた。彼はそんな私を優しく抱き留める。
「一体なぜ、こんなところにいるの……?」
「君を愛しているからだ。ほかの男には渡せない」
「イゴールさん……」
私は彼に頬ずりした。パドマさんが書類を脇に押しのける。
「どうやらダネットさんの花婿は決定したようね。……ほら、あんたたち、何をぼさっと突っ立ってるのよ! 愛し合う二人の邪魔にならないうちに、早く帰りなさい!」
衛兵に押し出され、花婿候補の男性たちはすごすごと退散していく。残ったのは、私とイゴールさん、それにパドマさんの三人だけだった。
「よかったわねえ、ダネットさん。素敵な人が見つかって」
パドマさんは意地の悪い笑みを隠せていなかった。
「その人にたっぷり愛してもらってくださいね」
勝利を確信したパドマさんは、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。それに対し、私はイゴールさんに寄り添いながら「ええ、そうします」と答えたのだった。
****
それから一カ月もたたないうちに慌ただしく式が執り行われ、イゴールさんは私のところに婿入りしてきた。
始まったのは、朝から晩まで夫としてイゴールさんが近くにいる生活。なんだか夢を見ているような気分だ。
けれど、彼はすぐにこの暮らしになじんでしまったらしい。今日も談話室で、私やお父様と一緒にのんびりとお茶を飲んでいる。
「雨もすっかり上がったようですし、庭を散歩してはいかがですか、義父様?」
「いい考えじゃのう。ところで、お前は誰じゃ?」
「ダネットの夫のイゴールです」
「おお、結婚したのか、ダネット! いい男じゃな。昔のわしによく似ておる」
「ありがとうございます。ですが、義父様もまだまだお若いですよ」
「当然じゃ。心身共にこんなにしっかりした老人はなかなかおらぞ。……で、お前は誰じゃ?」
「ダネットの夫のイゴールです」
以下、二秒前のやり取りの繰り返し。けれど、お父様とのまどろっこしい会話も、イゴールさんには苦痛にならないらしい。
そんな彼を見ながら、私は紅茶のカップを傾けた。
「まさかイゴールさんと結婚できるなんてね。未だに現実味が湧かないわ」
「それなら、これも幻だと?」
イゴールさんが身を乗り出し、私の唇にそっと口づけた。
もう、お父様の前なのに!
……と思ったけれど、お父様は魂の抜けたような顔で窓の外を見ていた。こうなったお父様は、たとえ傍で花火が爆発しても気づかない。私はほっとする。
「言っただろう? 君のためなら何でもする、と」
イゴールさんは私の手をきゅっと握る。胸の中に温かいものが広がっていく感覚がした。
私がまだ王城に勤めていた頃。私とイゴールさんは恋人同士だった。といっても、私は文官でイゴールさんは騎士。職場は別々だ。それでも、時間を見つけては毎日のように会っていた。
けれど、お父様が発病して私は領地に帰ることになり、二人は離れ離れになったのだ。
――私たち、もう終わりにしたほうがいいわ。
別れを切り出したのは私のほうだった。私はこれからお父様のお世話で忙しくなるし、もう王城勤めにも復帰できないだろう。対するイゴールさんには、騎士としての輝かしい未来が待っている。
私の存在は、イゴールさんの重荷になってしまう。そう思ったのである。
「君が領地に帰ってから、俺は何も手に着かなくなってしまった」
イゴールさんは少し目を伏せた。
「書いた書類はミスだらけだし、任務中にぼうっとして、上官にもしょっちゅう叱られて……。そんな時、王城でダネットの姿を見かけたんだ」
「王妃様の出産を祝う宴の時?」
「ああ。君は必死に俺と会わないようにしていたようだったけれど、遠くからチラッとその姿を見た途端に、俺は悟ったんだ。俺にとって一番大切なのはダネットだ、と」
イゴールさんの声に熱がこもる。私は心臓が弾むのを感じた。
「栄光の未来なんて、ダネットと過ごす生活に比べればなんの魅力もない。だから騎士をやめて実家も説得して、この家に婿入りすることにしたんだ」
「まあ……」
本当のことを言えば、私はイゴールさんとの別れをずっと引きずっていたのだ。だから、婿探しにも乗り気になれなかったのである。
そんな中で判明した、イゴールさんもまだ私を想ってくれていたという事実。こんなに胸を打つ知らせはなかった。
「でも……お父様の相手をするのは大変でしょう?」
「いや、楽しいよ。義父様が俺のことを忘れる度に、こう言えるんだから。『俺はダネットの夫だ』と。そう名乗れることがどれほどの幸せなのか、君には分からないだろうな」
「イゴールさん……」
大切な家族であるお父様と、愛しい恋人のイゴールさん。
かつての私は、そのどちらかしか選べないと思っていた。けれど、そんな私にイゴールさんは第三の道を示してくれたんだ。
私にとって重要なものを両方とも諦めなくていい未来。そんな贅沢な選択肢を与えてくれた彼には、感謝してもしきれなかった。
「もちろん分かるわ」
私は涙ぐみながら言った。
「もしお父様が私を忘れたら、こう言うつもりよ。『私はあなたの娘で、イゴールさんの妻です』って。そしてそう告げる度に、私は大切な人の存在を身近に感じるの」
今度は私のほうから夫にキスをした。イゴールさんが私の目の端にたまった涙を、指先で拭ってくれる。
「夫婦とはいいものじゃのう」
いつの間にか我に返っていたお父様が、温かく微笑んでいた。
****
それからも私とイゴールさんは仲睦まじく暮らした。お父様が心配だから遠出はできないけれど、二人で庭に花を植えたり、夜遅くまで語り合ったり。まるで恋人時代が戻ってきたような生活を送る。
むしろ、勤めに出なくていい分、昔よりも一緒にいる時間が増えたくらいだ。
そんな私たちをお父様は穏やかに見守っていた。もちろん、パドマさんも同様だ。といっても、彼女は私たちの仲のよさにほっこりしているわけではないのだろうけど。
「あの二人、今日も熱烈ねえ!」
開け放した窓から、中庭にいるパドマさんの独り言が聞こえてくる。どうやら感極まって、心の声が抑えられなくなったらしい。
「あの小娘、かなり怖がっているに違いないわ!」
おーほっほっほ! という高笑いが続く。私の部屋で本を読んでいたイゴールさんが苦笑した。
「彼女は相変わらずだな」
パドマさんがどういう人かは、すでにイゴールさんに話してあったけれど、そうでなくとも勘の鋭い彼は、義母の本性をとっくに察していたらしい。私は肩を竦める。
「お父様がいてイゴールさんがいて、今の私はとても幸福よ。これであの人さえいなければねえ」
「そうだな……」
イゴールさんは何かを考え込むような表情になる。そして、軽く口角を上げた。
「……なあ、ダネット。パドマさんの怖いものって何だ?」
****
「わたくしの怖いもの? もちろん、貧乏になることに決まっていますわ」
私が「あなたの怖いものは何ですか?」とパドマさんに尋ねると、彼女はそう断言した。
「どうしてそんなことを聞くのかしら?」
「いいえ、別に」
私はニコリと笑う。隣ではイゴールさんが、「そういえば……」と何かを思い出したような顔をした。
「聞きましたか? 王妃様の大叔父の話」
「我が家の十倍は裕福なあの宰相閣下がどうかしたの?」
「この家の十倍は裕福ですって?」
私の言葉にパドマさんが食いついた。私とイゴールさんは笑いを押し殺して続ける。
「少し前に病気で細君を亡くして以来、とても寂しい思いをしているとか」
「まあ! つまり宰相閣下は、山のような財産に囲まれながら一人ぼっちで暮らしているのね!」
「あらあら……!」
パドマさんは甲高い声を上げると、どこかへ走り去ってしまった。彼女の姿が見えなくなると、私とイゴールさんは存分に笑い転げる。
「わたくし、お気の毒な宰相閣下を慰めにいって参りますわ」
パドマさんがそう言い残して家を出たのは、それから数日後のこと。離婚届が郵送されてきたのは、二週間後のことだった。
私はお父様を説得して、その書類にサインをさせる。お父様は最後まで、「パドマ? 誰のことじゃ?」と首を傾げていた。
「パドマさん、上手くやれるかしらねえ」
離婚届が正式に受理されたという通知を談話室で読みながら、私はソファーの隣に座るイゴールさんに話しかける。彼は「さあな」と笑っていた。
「宰相閣下はとてつもない数の愛人を抱えているから、妻の座にのし上がれるかはパドマさんの腕次第だな。それに、結婚できたところで苦労は絶えないだろうし……」
「閣下がドケチだっていうのは、一部の宮廷人の間では有名な話だものねえ。先妻の誕生日には毎年、王宮の庭に落ちている石を『寿命を伸ばすパワーストーンだ』って言って贈っていたらしいし」
「その割には王妃様のことは猫かわいがりして、『わしの遺産はすべてあの子に譲る』と豪語しているしな」
イゴールさんに肩を抱かれる。私は顔を傾けて夫に体重を預けた。
「もっとひどい男性のところに差し向けることもできたけれど、私が今こうしていられるのはパドマさんのお陰だもの。だから、あの人にもチャンスをあげないとね」
「そのとおりだな」
イゴールさんの吐息が私の髪をくすぐる。
扉の外で足音がして、談話室にお父様が入ってきた。
「ダネット、こんなところにおったのか」
お父様が談話室の窓を大きく開け放った。
「お前がこの間植えていた花が咲いたぞ。ほれ、ここからでもよく見える」
お父様が窓の外を指差す。それと同時に、イゴールさんを見て首を傾げた。
「そこにいるのは……ええと……」
「ダネットの夫のイゴールです」
「そうじゃった。これからは家族三人で楽しく暮らすんじゃったな」
私は夫とお父様に挟まれて窓辺に立つ。イゴールさんが私の耳元で、そっと問いかけてきた。
「今の君には怖いものがあるか?」
「ええ、もちろん」
私は微笑む。
「この幸せがずっと続くことが怖いわ」
そう答える私の言葉をさらうように、そよ風が三人の間を吹き抜ける。眼下の庭では、咲き誇る花がダンスをするように楽しげに揺れていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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