第5話 米内藤子と小林アンナ
そして、米内藤子の初孫の春香だが。
結果的に小林アンナの診断が正しかったようで、解熱剤を呑んで一晩、藤子が添い寝をしたら、それなりに熱が下がって、風邪が治まることに、春香はなった。
とはいえ、まだまだ幼児と言って良い春香である。
微熱が丸一日は続くことになり、結果的に二日間、保育園を春香は休んだ後で、通園することになった。
そんな出来事があった数日後、日曜日を利用して、藤子とアンナは昼食を共にしていた。
「春香さんが無事に治って良かったわ」
「本当に何時も、家族揃ってお世話になります」
「親戚なのだから、そう気にしないの」
「はい」
アンナと藤子はやり取りをしたが、お互いに少し考えざるを得なかった。
アンナはユダヤ教を棄教したことから、血のつながった母や兄姉から、事実上は絶縁されてしまった。
ユダヤ教を棄教するとは、絶対に赦せないことだ、と母や兄姉は激怒したのだ。
この辺り、ユダヤ教の宗派によって色々と違うらしいが。
それこそ内心で信仰を維持すれば良い、表面上の棄教は構わないという宗派もあれば、表面上の棄教も赦されない、ユダヤ教の信仰を守り抜くべきだという宗派もあるのだ。
(この辺りは、それこそ他の一神教、キリスト教やイスラム教でも、まま見られることなので、外部の異教徒からすれば、そう目くじらを立てるようなことではないのだが。
内部の信徒からすれば、大問題になることなのだ。
キリスト教とかでもあるのか、と言われそうだが、例えば、日本の隠れ切支丹とかが一例である。
イスラム教に至っては、タキーヤといって、シーア派の12イマーム派やハワーリジュ派等は、表面上は棄教しても、内信を保てばよい、とする主張をしている。
少なからずズレるが、日本でも法華宗不受不施派が江戸時代には似た主張を行なった例等がある)
「私が好きになった人が異教徒だから、その宗教に合わせたの。それに契約結婚の筈なのに、色々と好意を寄せられてはね。結果的に個人の幸せを掴めて、貴方を含む家族、親戚が新たにできたわ。だから、内信さえも止めた。母や兄姉から絶縁されて当然ね」
藤子の内心を読んだのか、アンナは、そんなことを言った。
「確かにその通りですね」
アンナの言葉に即答しながら、藤子の良心は少なからず、何時ものことだが痛むことになった。
アンナは口先では、何時もそう言っているが、未だに様々な食のタブーを順守する等のことをしている。
だから、鰻を食べないし、タコやイカ、エビ等も食べない。
そういったモノを食べるのは、ユダヤ教においてタブーだからだ。
未だに、アンナはユダヤ教を内信しているのだろう。
そして、そんなことになったのは、私がアンナの偽装親友になろうとしたことからだ。
更にその発端は、(当時は許嫁だったが)夫が浮気するのではないか、と私が邪推したからだ。
本当に嘘から始まった親友関係を結ぼうという試みが、こんなことになるとは、誰が想うだろう。
アンナは、何となく藤子の心の痛みを察したが、気付かないふりをしながら考えた。
本当にね、親友になりたい、と言ってきた理由が、許嫁を取られるかも、という邪推からとはね。
でも、その結果、今に至って、親友関係が続くとは、本当に思いも寄らない事態ね。
更に言えば、藤子の夫の仁の治療に協力したことから、藤子とは親友というより戦友になってしまった。
仁の病、慢性アル中は、表面上は治癒している。
だが、慢性アル中は極めて厄介な病気で、それこそ治癒した記念だ、と言ってビールをコップ一杯飲んだだけで、又、再発、り患する患者が稀では無いのだ。
仁は、その現実に真面目に向き合っており、藤子も協力している。
私も協力していかないと。
これで、完結します。
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