第4話 米内藤子―2
米内藤子は、孫娘の春香の診察を終えて帰宅した後、春香に解熱剤を呑ませて、添い寝をして寝かせつけることになった。
そして、祖母の体温を感じながら、春香が寝入った後、改めて小林アンナとの関係を、藤子はつらつらと思い返してしまっていた。
アンナさんと自分が出会ったのは、自分が小学6年生のときだった。
そして、アンナの姉のカテリーナに、今の自分の夫にして従兄になる米内仁が、当時は許嫁だった自分を裏切って、求愛していたのを知っていた自分としては、アンナを過剰に警戒せざるを得なかった。
実際、実の姉妹ということもあって、カテリーナとアンナはよく似ていた。
だから、仁の許嫁の自分は裏工作に奔ったのだ。
アンナと積極的に仲良くなって、アンナが医師に成りたい、と考えているのを、自分は知った。
それで、どうすればアンナが医師に成れるのか、を調べる内に、アンナが日本人に成って、軍医になる方法がある、というのはどうだろうか。
更に言えば、アンナを日本人の誰かと偽装結婚させれば、アンナは日本人に成るし、アンナは人妻ということに表面上は為るので、仁を自分からアンナが奪うことは無いだろう、と私は考えたのだ。
とはいえ、アンナさんの偽装結婚相手を探すのにも、私は頭を痛めることになった。
本当に何で、小学6年生の私が、偽装結婚の相手を探すようなことをしているのか、余りにも無理筋なことでは、と何度か我に返るというか、頭をどうにも冷やさざるを得なかった程だ。
だが、至誠、天に通ず、ということがあるのだ、と私が想う事態が起きた。
(何処が至誠、天に通ずなのか、邪念、天に通ずではないか、と私自身も少なからず考えるが)
私の実母の長兄の次男、要するに私の従兄が、アンナさんの偽装結婚の相手をしても良い、と言ってくれる事態が起きたのだ。
私の従兄にしてみれば、私が其処まで懸命に偽装結婚の相手を探している親友(?)が、どんな女性なのか、と興味を持って、アンナさんと会って決めることにしてくれたのだ。
(私は、表向きは親友になったアンナさんの医師に成りたい、という想いを叶えたいだけだ、という偽装を施した上で、アンナさんの偽装結婚相手を懸命に探していたのだ)
そして、偽装結婚前の出会いの場で、従兄はアンナに一目惚れをしてしまった。
その場の後で、従兄は私に言った言葉を、私は未だに覚えている。
「偽装結婚が、本当の結婚になっても構わないだろう。自分はアンナさんの本当の夫になる」
そして、従兄は偽装妻のアンナや、その母の生活支援まで懸命に行う事態が起きたのだ。
更に言えば、元々善良極まりない性格のアンナさんは、従兄に絆されてしまった。
その結果、様々な紆余曲折があったが、今では従兄とアンナさんは仲の良い夫婦生活を送っている。
(それこそ、従兄とアンナさんが、実際に同居生活を送れるようになったのは、偽装の婚姻届けを出してから、6年が経つ程だった。
アンナさんが医学生時代は、従兄と別居せざるを得ず、更にアンナさんが医学校を出た後は、軍医としてアンナさんは元は外国人という立場上、出征せざるを得なかったのだ。
そして、1年程、国外で軍医経験を修めた後、アンナさんは予備役に編入され、従兄とアンナさんは同居して、夫婦生活を送ることになったのだ)
更に言えば、アンナさんは従兄と同居、夫婦生活を送るのを機に、ユダヤ教を棄教し、母や兄姉と断絶することになった。
アンナさん曰く、
「此処までの好意を夫から寄せられては、私は改宗するしか無かったの」
とのことだが。
本当にアンナさんが、其処まで重い決断をするような事態を引き起こすとは。
私の若気の過ちでは済まない気がしてならない。
ネット情報では、ユダヤ教の棄教は問題ない、という意見が強いようですが、そうは言っても、やはり棄教しては、以前からの信仰を保っている家族と折り合いが悪くなって当然の気がして、作中の描写をしました。
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