第2話 小林アンナ―1
1937年までは史実通りに流れている以上、こんな軍医予備士官制度は無かった筈だ、と指摘というか、叱声を浴びそうですが。
この世界では女性補助部隊が存在する等、かなり制度が変わっています。
そうした一環として、女性も成れる軍医予備士官制度ができた、ということで平にお願いします。
(それに史実でも軍医の需要から、民間の医師不足が問題となり、女性の医師を増やそうとする動きがありました)
小林アンナは、親友の米内藤子が初孫娘の春香を連れて、診察室から去るのを見送った後、次の患者を呼ぶまでの間を少し余分に取って、一息吐きながら、ほんの少しの物思いに耽った。
嘘から始まる恋愛、結婚があるというが、嘘から始まる親友関係、親族関係もあるとはね。
米内藤子が、私と交友関係を結んで、親友になりたい、と言ってきたのは、嘘から始まったようなものだった、と自分としては、完全に察している。
(最も、自分としては、ずっと気づいていないフリをしてきたし、今後もそのつもりだ)
今では小林アンナと名乗っているが、元の私の名はアンナ・メンデスだった。
上海事件に伴って、母や兄姉と共に、自分は日本の横須賀に亡命してきたのだ。
そして、第二次世界大戦勃発に伴い、兄や姉はドイツと戦う為に戦場へと赴いた。
私も兄や姉と同様に銃を取って、戦場に赴くべきだったのかもしれないが、私は臆病だった。
でも、兄や姉を少しでも助けたい。
そう考えていたところに、現れたのが米内藤子だった。
最も藤子にしてみれば、最初の頃の私は恋敵視されていたらしい。
藤子の今の夫の仁が、本気で惚れ込んで、浮気寸前になったのが、私の姉のカテリーナだった。
姉が拒絶したので、仁は諦めたのだが、そこに現れたのが私だった。
仁と私は同い年でアリ、仁は私に求愛しなかったのだが、既に事実上の許嫁になっていた藤子にしてみれば、仁は私に求愛するのでは、と気を揉むことになったのだ。
そうしたことから、藤子は裏工作に奔った(らしい)。
藤子は、私と積極的に交友し、私の話し相手になった。
そして、私が兄や姉を援けたい、と考えているのを藤子に伝えたところ。
「医師になられてはどうですか」
「でも、お金が無いと」
「日本人になれば良いのです。私の知人に声掛けをしてみます。知人と偽装結婚すれば、日本国籍を得られます。そして、軍医予備士官になりたい、と言って、帝国女子医学専門学校(史実で言えば、後の東邦大学医学部)に入学、卒業すれば、軍医予備士官に授業料無料で成れて、医師の資格を得られますよ」
私と藤子は、そんなやり取りをすることになった。
「でも、そんなに都合よく、偽装結婚なんて出来る訳が」
「私に任せて下さい。その代わり、勉強に励んでください」
小学6年生とは思えない行動力を発揮して、藤子は私の結婚相手を探し出してきた。
そして、お見合いというか、偽装結婚契約の場で。
「藤子さんの従兄に当たられるのですか」
「はい。余り大っぴらには言い難いですが、藤子の母と私の父は兄妹になります。何しろ」
「それ以上は言われなくても、結構です」
私と、今の夫は会話を交わすことになった。
藤子の母が暴走し、米内洋六と関係を持って、藤子を産んだというのは、事情通ならば知る話だった。
とはいえ、藤子の裏工作で、藤子の実母と洋六の間に行き違いがあった、ということになっている。
だから、お互いに藤子の母については、触れ難かったのだ。
「でも、本当に偽装結婚して良いのですか」
「改めてお願いします。貴方の為なら、偽装結婚しても構いません」
私の問いかけに、今の夫は即答した。
「藤子が最初に言ってきたときは、バカを言うな、と私は返答しましたが。せめて、一度は逢って、という藤子の願いに根負けしました。そして、逢って想いました。貴方の為ならば、悦んで偽装結婚します。貴方の願いを叶えて下さい。それに、そうすれば日本軍の軍医が増えることになり、御国の為になります」
更に、今の夫は懸命に弁じた。
本当に凄い理屈だ、と考える一方、私自身、今の夫と偽装結婚しても良い、と考えた。
そんなことから、私と今の夫は偽装結婚することになったのだ。
小学6年生が、偽装結婚の仲人業に奔るな、と言われそうですが。
当時の藤子にしてみれば、アンナは余りにも危険な存在だったのです。
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