第8話 3年生№1美少女氷護雪~私を……汚く……罵って……欲しい
「はっ!」
バチンッッッ!!!
「……」
ポンッ。
「はぁぁっ!」
バチンッッッッッ!!!!!
「……」
パシュ。
「くっ!」
──さて、約束の放課後。
佐藤さんにお願いされ、バド部の見学に来た俺と陽菜は、コートの後ろで試合形式の練習を眺めているのだが。
「あの氷護さんって人すごいのね。男子のスマッシュを簡単に打ち返してる」
「だよな。桐谷くんのスマッシュだって全然遅くないのに」
「そりゃ雪先輩は、去年の夏シングルスで全国に出た、うちのバド部の誇りだからね」
「全国……まじか」
氷護雪。
3年生№1美少女にして、氷の女王の異名を持つ、女子バドミントン部の絶対的エースだ。氷のように無表情で、声は小さく身体も細い。だがその見た目とは裏腹に、試合中はどんなシャトルも必ず拾う驚異的な粘りを見せ、じわじわと追い込まれた相手選手は最終的に、足を動かす気力さえ奪われてしまう──と、さっき佐藤さんが得意げに説明してくれた。
そんな彼女と試合をしているのが、男バド唯一の1年生桐谷くんだ。彼も佐藤さんが推すだけあって、フットワークが軽く、スマッシュも十分に速いのだが、それでも氷護先輩にはかなり苦戦している。……ついでに三森への告白の件で俺を恨んでいないかが心配。
「……はぁ、羨ましいなぁ。あんなに強いのに、顔まで奇麗でさ」
隣の佐藤さんが呟いた。
実際、氷森先輩は遠目に見ても物凄く美しい。水色のユニフォームに白いスコートの彼女は、その細い手足を滑らかに操り、動きに少しの無駄もない。それはまるで、繊細な芸術作品のようだ。
「……やっぱり男子って、美人じゃないと好きになってくれないのかな」
またも佐藤さんが呟く。
さっきから独り言なのかな? 呟きにしては結構声が大きいけど。隣の俺に丸聞こえだし。
「……桐谷だって可愛い娘ばっかり夢中で、私のことは全然見てくれないし」
もしかしてあえて聞こえるように言ってる? 俺に恋愛の相談をしたいのか? というか桐谷くんのこと好きなの?
「ねえ佐藤さん」
「なに? 花守さん」
「桐谷さんのことが好きなの?」
「──!? な、何言ってるの花守さん!!! そ、そそ、そんなわけないじゃん!!!」
陽菜がストレートに尋ねると、佐藤さんは顔を真っ赤にして反論した。ぷくーっと頬を膨らませている。
やっぱり声の大きい独り言だったのか……余計なこと言わなくてよかったー。考えてみたら普段マネージャーって隣に人いないし、独り言も大きくなりがちなのかもしれない。
「あ、今日は終わりの時間かな。――はーい、じゃあ各自ストレッチをして上がってくださーい」
「「お疲れしたっ!!!!!」」
そう言うと、佐藤さんは桐谷くんに駆け寄ってタオルを渡す。乙女な顔をしていて微笑ましい。
はぁ、世の中こういう純愛だけで溢れてればいいのに。なんで俺の周りはNTRとかヤンデレとか、歪んだ愛に溢れてるんだろ。
「それじゃあ、私たちもそろそろ出ましょうか」
「そうだな」
と、立ち上がった瞬間だった。
「──!?」
俺は後ろから何者かに抱きつかれた。甘さと香ばしさの混じった匂いが鼻をつき、淡白なか細い声が耳を触る。
「……ようやく見つけた……私の……運命の人……」
その消え入りそうなウィスパーボイスに抑揚はなく、感情がまったく読み取れない。運命の人? どういうことだ。
「雪先輩!? なにしてるんですか?」
「ちょっと! 斗真から離れてください」
佐藤さんと陽菜が口々に声を上げている。どうやら俺にバックハグをしているのは氷護先輩らしい。試合の直後ということもあり、俺のワイシャツに彼女の汗が染みこんでいる気がする。
「笹原……斗真……お願いが……ある」
「な、なんですか?」
「私を……汚く……罵って……欲しい」
……はい?