第7話 花守さん。もしかして笹原くんと付き合ってる?
昼休み。俺は久しぶりに、図書室で花守教授の本を読んでいた。
向かいには、窓からの風に長い髪をなびかせる、蒼く澄んだ瞳の美少女。ドイツ語の辞典を横に置いて、分厚い洋書に集中しており、俺を気にする様子はない。ここ数日のドタバタで忘れていたけど、この前まで当たり前だった、俺の大好きな時間だ。
「そうだ。斗真に渡すものがあるんだった」
ふと顔を上げた陽菜は、大きな洋書をパタンと閉じると、鞄からリボンのついた小袋を取り出した。
「はい、これ。遅くなったけど、斗真への誕生日プレゼントだよ」
「えっ!? あ、ありがとう……! 開けても良い?」
「もちろん」
なんだろう……ペアリングではなさそうだけど。
俺はリボンを引き、袋の口を開けた。
「これは……ブックカバー?」
「うん! 昨日NENEに行った後、雑貨屋さんで選んだんだー。よく考えたらアクセサリーって校則で禁止だし。それなら普段使いできる物がいいかなって」
「すごく嬉しい……大事に使うね」
「ふふっ。喜んでもらえて、私も嬉しいな」
陽菜のセンスを感じるおしゃれなブラウンの革素材で、肌触りもすごく良い。人から誕生日プレゼントをもらうなんて何年ぶりだろう。
そんな幸せな空気に包まれていると、図書室の扉がガラガラと開いた。
「笹原くんいるかな?」
嫌な予感が一瞬したけれど、現れたのは三森咲月ではなかった。
「あれ、佐藤さん?」
「あ、笹原くん! よかったー、ここにいた。読書中に申し訳ないんだけど、いま時間あるかな」
「う、うん。構わないけど……」
クラスメイトの佐藤さん。
メガネをかけた大人しい印象の女子で、話したことはほとんどない。どうしたんだろ。
「斗真になんの用かしら」
さっきまでの幸せな空気はどこへやら。俺が聞くより先に、陽菜は睨み付けるように佐藤さんに尋ねる。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ」
「……私は斗真への要件を聞いてるのだけど」
宥めるような佐藤さんの口調が、逆に陽菜の警戒を強めているのか、その表情は明らかにいらだっている。
すると、佐藤さんも陽菜の顔を訝し気に数秒眺め、やがてポンッと手を叩いた。
「花守さん。もしかして笹原くんと付き合ってる?」
「え、そう見えるかし──」
「付き合ってない」
すぐ外堀を埋めようとするじゃん。油断も隙も無い。
一応三森と付き合ってる以上、誤解されるのは世間的にまずいんだけど。
「だよねー。さすがにあり得ないか」
俺と陽菜の顔を交互に見比べ、しきりにうんうんと頷く佐藤さん。この人も何気に失礼だな。
「……それより何か用事があったんじゃないの?」
「そうそう! 笹原くんにお願いがあって」
「お願い?」
「うん。バドミントン部に入って欲しいの」
ペコっと佐藤さんが頭を下げる。
それはまた予想外のお願いだな。
「たしか佐藤さん、バド部のマネージャーよね?」
「そうだよ。去年からずっとね」
へぇ、知らなかった。
教室だと静かなイメージだから、運動部のマネージャーをしていたのは少し意外だ。
「今ね。男子は6人だけど、そのうち5人が3年生なの。だから高体連が終わったら、1年生が1人になっちゃうんだ」
「あー。それはたしかに困るな」
体操や水泳ならともかく、バド部で部員1人じゃ、ろくにシャトルも打てないもんな。
「けどそれなら、同じ1年生を誘った方が良いんじゃないかしら」
もっともな意見だ。2年生が入部しても、来年の高体連が終わったら同じ問題が生じる。それに俺を誘う理由もよくわからない。別に佐藤さんと仲がいいわけではないし。
「そうなんだけど、練習のことを考えると、できれば経験者の人にも来て欲しくてさ。笹原くん、バドミントンやってたんだよね?」
「そうなの斗真?」
「まぁ……昔、少しだけな」
「少し、なんてレベルじゃないよね」
佐藤さんはゆっくりと首を振り、クリアファイルからA4の紙を取り出した。
「これ見て」
「『小学生バドミントン大会 優勝 笹原斗真』──斗真、うちの県で優勝してるじゃない!?」
「かなりの人数が出場してる大会だし、上位の選手は去年の高体連で全国にも行ってるんだよ」
「……今さら意味ないだろ、小学生の話なんて」
中1のあの試合を最後に、俺はバドミントンを辞めた。同世代がどんなに活躍しようと、俺にはなんの関係もない。
「桐谷……うちのバド部の1年生はね。中学からバドミントン始めたんだけど、毎日すごく練習頑張ってるの。笹原くんが入ってくれたら、彼にとってもいい刺激になると思うんだ」
「だから俺は──」
「見学だけでも! ね?」
「いや、うーん」
正直、あまり乗り気はしない。バドミントンをしていたのは3年前だし、当時のように動けるわけじゃない。
けど……ここ最近の放課後を考えると、少なくとも修羅場を避ける口実にはなるんだよな。佐藤さんは見学だけでもって言うし、この2週間、軽く顔を出すくらいならいいかもしれない。
「……まあ、見学だけなら」
「ありがと笹原くん! じゃあ放課後4時半から体育館に来てね。女バドも一緒に練習してるけど気にしないで」
「ちょっと待って佐藤さん。女子も一緒なの?」
「うん。うちの女バドは結構強いんだよ」
「そう……」
女バドの存在は想定外だったらしく、陽菜がうーんと悩んでる。
「……私も一緒に見学していいかしら」
「うん。もちろん」
あれ。陽菜が来たら修羅場のリスク、普通にあるのでは……?
それと──さっき佐藤さん、桐谷って言った?




