第33話 だから先輩は──あたしと一緒になるべきなんです
「急に電話なんてどうしたの?」
「なんですかその言い方? 元カノは急に電話しちゃいけないんですか???」
「そうは言ってないだろ」
被害妄想がひどいな。
だが声色から察するに、例によって俺をからかって遊んでいるらしい。
「あ~あ。そろそろ先輩も咲月ちゃん不足だと思ったんですけどね~」
「いや祭り行ったの昨日だし──」
「そうだ! あたしうどん食べに行きたいです、温玉のやつ」
……だめだ、何も話を聞いていない。
というか改めて考えると、三森とデートしたの昨日なんだよな。今日一日があまりに濃かったから、遥か昔のことみたいに思える。
「別に行ってもいいけど……今から会うとなると、結構遅くならないか?」
「あ、大丈夫です。あたし今、先輩の家の前にいるので」
「メリーさんかよ!」
軽くホラーだ。
気づいたら俺の背後にいるとかないよね……?
※
急いで身支度を整えて外に出ると、三森は腕を組んで家の前に立っていた。あたし今、あなたの後ろにいるの──みたいなことにならなくてよかった。
「女の子をこんなにも待たせるなんて、先輩も随分偉くなったものですね♡」
「……急に押しかけられた割には頑張った方だろ」
「過程を評価してもらえるほど、世の中は甘くないんですよね~。残念ですけど」
「やかましいわ」
三森は世の中の何を知っているんだよ。
かくして俺たちは、徒歩で3分の場所にあるうどん屋さんへ。
案内されたのは窓際のテーブル席。月曜日の夜なので店は割と空いている。俺たちはタブレットで注文を済ませ、うどんの到着を待った。
「そうだ先輩! これ見てくださ~い」
「なに?」
「じゃ~ん」
そう言って、三森はテストをずらっとテーブルに並べる。
どれも40~50点台。悲惨な結果だと思うけど、なんでこんなに得意げなの……?
「なんか言ってくださいよ~」
「なんかって……えぇ」
何を言えばいいんだよ。
次は頑張ろうね、くらいしか掛ける言葉がない。
「見事全教科で赤点回避したんですよ!」
三森はふんっと鼻を鳴らす。
どうやら本当に喜んでいるらしい
「それは……喜んでいいのか?」
「いいに決まってるじゃないですか! 最初のテストはあたし、国語以外赤点で補講地獄だったんですから」
「へ、へえ……」
「一週間前から勉強したかいがありましたよ。やっぱり世の中は結果が全てですからね。咲月ちゃんすごい!」
「まあ三森が満足してるなら……うん」
──相変わらず中身のない、なんてことない会話。だけどその空間が、今の俺には、なんだかすごく心地よかった。
三森と話している時は、背伸びをせず、等身大でいられるような。そんな気がしたのだ。
「……先輩、なんか悩んでます?」
気づけば三森は、怪訝な顔でこちらを見ている。
「いや、別に──」
「あ~。もしかしてプロポーズでもされました~?」
「ブフッ! な、なんでそれを」
「本当にされたんですか!?」
三森は言葉通り、口をあんぐり開けて固まってしまった。
カマかけただけかよ……。
「あのぉ……三森?」
「……先輩、結婚するんですね」
「しないって。そもそも高校生には早すぎるだろ」
「そうですか? 江戸時代なら適齢期ですよ」
「い、今は令和だし……」
自分で言いながら、俺もわかっていた。単純に時期の問題ではない。
この先も彼女たちの隣に居続けられる確証が、俺にはどうしても浮かんでいなかったのだ。
「あたし、恋愛って対等じゃなきゃダメだと思うんです」
「まあ……うん。そうだな」
「だから先輩は、あたしと結婚するべきなんです」
眼鏡の奥の優しい瞳は、真っすぐに俺を捉えている。
「でもそれはまだ──」
「花守先輩のことも氷護先輩のことも、先輩は尊敬しすぎてます」
「たしかに尊敬はしてるけど……それなら俺は、三森のことだって」
「それは違います」
三森はゆっくりと首を振った。
「あたしは先輩に見てもらうために、そうやって振舞っていただけですから。あたしにとっては、先輩こそが雲の上の人でした」
「三森……」
「先輩は何もしなくていいんです。そのままの先輩でいいんです。あたしこそが、先輩にぴったりの女の子なんです。だから先輩は──あたしと一緒になるべきなんです」
それは今日の俺が受けた、3度目のプロポーズだった。
けど……なぜかその時だけは、三森の隣に座る未来が、頭の中にぼんやりと浮かんでいた。軽口叩きながら並んでテレビを見るような、そんな光景が。
「──咲月ちゃん」
「あれ、花守先輩? それと……」
「花守教授!」
俺が思わず立ち上がってしまった。
だって陽菜の隣にいたのは、俺が最も尊敬する人物、花守陽介教授だったから。




