幕間(陽菜Side) 恋敵の宣戦布告
あり得ない。
あり得ないあり得ないあり得ない。
『えっ。第二ボタン、あげちゃったの……?』
『あ、うん。なんか欲しいって言われてさ。俺はもう制服使わないし』
『──斗真の馬鹿!!!』
酷い。酷いよ斗真。中学の3年間、斗真とずっと一緒にいたのは私なのに。他の女の子に、第二ボタンを渡しちゃうなんて。
……心当たりはある。話したことはないけど、たぶんあの子だ。図書委員で、貸出しのカウンターから、いつも斗真を見つめていた──
「ちょっといいかしら、三森咲月さん」
図書室の扉を開けると案の定、彼女はいつもの場所で、本をパラパラとめくっていた。眼鏡を掛けた長い前髪の女の子。
彼女は顔を上げると、私を見て勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。
「あれ~、花守先輩じゃないですか。どうしたんですか?」
「……斗真の第二ボタン、貰ったわよね」
「これですか?」
テーブルに敷いたハンカチに、彼女はそれを愛おしそうに優しく乗せる。
「なんであなたが……」
「もしかして花守先輩も欲しかったですか? ごめんなさ~い。第二ボタンって~、一つしかないんですよ~」
煽るような口調で、彼女は満足げに笑みを浮かべる。斗真といる時は一度も話してこなかったくせに。
「それはあなたが受け取るべきじゃない。斗真と話したこともないでしょうに」
「ふーん。けどそれ、3年間も一緒にいて何の進展も無かった花守先輩が言えるんですかね~?」
「なんですって──」
「ていうか~、笹原先輩は第二ボタンを、他でもないあたしにくれたんですよ。それが答えなんじゃないですか~?」
「そ、それは……」
そんなはずない。
斗真にとって本当に必要なのは、私に決まっているもの。この図書室で、私は斗真とずっと高め合ってきた。それを遠くから眺めていただけのこんな女に、負けるはずがない。
「咲月ちゃんは勘違いしてるみたいだから教えてあげるわね。斗真は優しいから、大して知りもしないあなたに、その第二ボタンを渡してくれたの。……わかったらさっさと身を引きなさい」
「ぷぷっ。勘違いか~、面白い冗談を言いますね。身を引くどころか、私は全力で、笹原先輩を奪うつもりですよ?」
「無理よ。私と斗真の関係を、ずっと指をくわえて見ていただけのあなたに、今さらできることなんてない」
「どうですかね~。あなたの隣にいる笹原先輩は、いつも苦しそうに、私には見えますよ」
「……!?」
こんなのはデタラメ。咲月ちゃんの悲しい妄想。気にする必要なんてない。わかってるのに──なぜだか胸がチクッとした。
斗真は第二ボタンを渡すとき、私のことを一度も考えなかったの? どうして? このボタンの意味を何も知らないなんて、そんなこと、あるはずがないのに。
「笹原先輩が求めているのは、前を進んでいく人じゃなくて、いつも横にいてくれる人なんです。あたしなら彼の隣で、幸せな時間を築けます」
「……あり得ない」
「まあ、花守先輩にもそのうちわかりますよ。あたしは本気で、笹原斗真を手に入れますから」
眼鏡の奥にある瞳の煌めきは、謎の自信を帯びていた。
……いいえ、気にする必要ないわ。私は斗真と同じ高校に行くんだから。今まで見たいに一緒に過ごして、高め合って。そしたら斗真も私だけを見てくれるはず。
三森咲月が入り込む隙なんて、どこにもない。
──だって、笹原斗真は正しいから。
私が正しくあれば、彼もきっと。




