第29話 “常識”という名の正義信仰、ほんと厄介だよねー
三森を家まで送り、そこから歩いて帰宅すると、時計はもう12時を回っていた。電気も完全に消えていたので、俺はみんなを起こさないよう、静かに部屋のドアを開ける。
「ま゛ーーーく゛ーーーーーーーん゛」
「うわっ」
明かりをつけると、なぜか泣き顔の姉が、俺のベッドの上で体育座りをしていた。上はセパレートの浴衣に、下は同じ柄のスカートという格好で、浴衣に関しては中途半端にはだけて黒いブラがチラ見えしている。
びっくりした……座敷童かと思った。なんで俺の部屋にいるんだよ。
「どー、どうしたの姉貴」
「か゛れ゛し゛に゛ふ゛ら゛れ゛た゛ーーーーー」
「えぇ……」
泣きながら5つも下の弟に抱きつく、22歳の姉。そういえば今日、彼氏と花火行くとか言ってたっけ。交際一月記念とかなんとかで。
「ひどいんだよ!? コスプレで大学通う女は痛いし、祭りも普通の浴衣着て欲しかったって。別にあたしが何を着たっていいじゃん! ……うぅ」
「お、落ち着いて姉貴。みんな起きちゃうから」
「いいよねー、まーくんは。可愛い彼女がたくさんいて。お姉ちゃんも可愛い彼氏が10人くらい欲ーしーいーーー」
姉貴はそう嘆きながら、はだけた浴衣を突然脱ぎ始めた。ブラにスカートという酷い格好に、弟が感じるのは色気でなくはしたなさだ。
「……なんで浴衣脱いだの?」
「え? だって熱いもん」
「いや服は着てよ。見苦しい」
「なんでまーくんまでそんな酷いこと言うの? 人に迷惑かけなきゃ別に何したって良いじゃーん。下着で家にいたってー、コスプレで外歩いたってー、彼女たくさん作ったってー、だーれにも迷惑かけるわけじゃないんだから」
なんか開き直り始めたぞ。しかも脱いでもまだ暑いのか、短いスカートをパタパタし始めたし。後ついでに酒臭い。絶対さっきやけ酒しただろ。
「けど常識的にさ──」
「“常識”という名の正義信仰、ほんと厄介なのよねー。それだけで価値の強要が正当化されるんだから。そうやって個人の価値観を必要以上に歪めるの、一種の宗教統制だと思うわ」
旧帝大の宗教学部らしく、姉貴は急に小難しい話を始めてきた。
けれどその格好の女に何を言われても説得力がない。
「宗教統制はよくわからんけど……俺は1人しか彼女いないし、その1人とも今日別れたんだけど」
「えっ? 振られたの?」
「いや、期間満了って感じ。最初から2週間の交際っていう約束で、今日がその最終日だったんだよ」
「へー。良いなー、そういう関係」
「良くないだろ。普通は恋愛の期限とか決めないし」
「まーくんは真面目だねー。そんなに普通を気にしなくて良いと思うけどなー」
……姉貴はもうちょっと気にして欲しい。3人の女性と関係を拗らせている俺が言えたことではないが。
「それじゃ、お姉ちゃんはそろそろ寝るねー。おやすみ」
「おやすみなさい」
「あ、今度まーくんのお友だちに良い男がいたら紹介してよ」
「……高校生を物色するな」
うん。やっぱりある程度の常識は必要だと思う。




