第3話 2年生№1美少女花守陽菜~ねぇ、斗真は私を愛してくれないの……?
翌日。火曜日の朝。
俺は昨晩三森から届いた『明日は家まで迎えに行きますね♡』のLINEを未読無視し、普段より20分早く準備をして、いつも通りの通学路を一人で歩いていた。
別にずっと一緒にいるだけが交際じゃないもんね。遠距離恋愛でも仲の良いカップルはいくらでもいるし、むしろ離れている時間が愛を育むまである。つまり俺は三森と適切に距離を取ることで、彼氏としての責務を果たしているのだ。決して、顔も見たくないから避けているわけではない。
「おっはよー斗真」
心地の良いアルトボイスに呼ばれ、俺は足を止める。
すると澄んだ蒼い瞳の美少女が、肩まで下りた黒髪を風になびかせ、笑顔で俺に駆け寄ってきた。
「おはよう陽菜」
花守陽菜。
見る者すべてを惹きつける圧倒的美貌を持ちながら、入学以来成績トップに君臨し続ける、才色兼備の最強美少女。そして――クラスで唯一の友だちだ。
「斗真、顔色悪いよ。疲れてる?」
「あぁ、うん。昨日いろいろあって……」
「そうなの? あんまり無理しちゃだめだよ」
「ありがと」
陽菜の労いが心に染みる。昨日は自己中モンスターに、身も心も散々振り回されたからなおさらだ。友だちって素晴らしい。
「そういえば陽菜、この間の模試も1位だったんだな」
「まーねー、すごいでしょ。斗真は?」
「8位。英語が足引っ張った」
「あー、英語苦手だもんね」
俺と陽菜の付き合いは中学からだが、勉強では勝てた試しがない。まあ勉強以外でも、陽菜に勝てることなんてほとんどないけどね。強いて言うなら運動くらいか?
「だけど語学できないと、ニーチェ原文で読めないよ」
「ぬぐっ。……で、でもニーチェはドイツ語だし」
「英語もできないのに、ドイツ語覚えられるの?」
「こ、これから、頑張るから……」
陽菜自身は英語がペラペラで、辞書を片手にドイツ語やフランス語の分厚い哲学書も読んでおり、最近はラテン語やギリシア語まで勉強しているので何も言い返せない。努力も才能も、俺は陽菜の足元にも及ばないんだよな。
そんな陽菜と俺がこうして話せているのは、哲学という共通の趣味のおかげだ。なんと彼女は、俺の敬愛する花守陽介教授の実の娘なのだ。中学の時、教室で花守教授のニーチェ解説書を読んでいたら、「その本、書いたのパパだよ」って話しかけられて――それから俺と陽菜が共に哲学を志す親友になるのは時間の問題だった。
「ところで斗真、なんで昨日は図書室来なかったの?」
「あぁ、えっと……それもいろいろ」
「さっきから何? いろいろって。私に言えないことなの?」
陽菜がむすっと口を尖らせる。
実際、あんまり話したくはないけど、隠し事と誤解されるのもなぁ……仕方ない。
「それがさ。昨日西階段のところで知り合い、というか顔見知りに絡まれちゃって」
「顔見知り……ふーん」
「で、なんやかんや2人でカフェに行くことになって」
「2人で!?」
「それで、まあ……2週間限定で付き合うことになった」
ピタリと陽菜が立ち止まる。
「陽菜?」
見ると、陽菜の顔はこの世の終わりみたいに真っ青だった。
「……嘘よ」
「えっ?」
「噓よおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ひ、陽菜!?」
「嘘よ嘘よ嘘よ! そんなの絶対嘘よ!!!」
「おおお落ち着けって」
「うぅ……ひどいよ、斗真」
突然絶叫した陽菜は、そのまま頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。周囲から俺に向けられる非難の眼差し。そりゃそうだよな。傍から見たら完全にこれ、俺が女の子を虐めている図だもん。なんだかデジャヴを感じる理不尽さだ。
「誰なの? 斗真を惑わしたその悪女は!?」
「ま、惑わしてはないけど……三森咲月だよ。一年生の」
「――咲月ちゃん、か」
どうやら三森を知っていた様子の陽菜は、自分を落ち着かせるように、一度ふうっと息を吐いた。そしてスカートの砂埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「斗真は咲月ちゃんが好きなんだ」
「好きって言うか……まあ付き合ってるからな」
三森に恋愛感情は欠片も湧かないが、一応交際している以上、否定するわけにはいかない。
「ふーん。可愛いもんね、咲月ちゃん」
「まあ校内最上位だろうな。陽菜を除けば」
「――!? ふっ、ふーーーん。私を除けば、ね」
まんざらでもなさそうな陽菜の反応に、俺は少しだけ安心した。
けどお世辞を言ったつもりはない。もちろん三森はかなりの美少女だけど、それでも陽菜は別格だと思う。出会って3年が経つけれど、今でもたまに見惚れそうになるもん。
「……ねえ、斗真は私を愛してくれないの?」
「えっ? いや……え?」
「なんで私という人がいながら、他の女の子と付き合ってるの? 意味わかんないよね? 私は咲月ちゃんより可愛いんでしょ? なら普通私だけを見るよね? なんで他の女の子に目移りしてるの? そもそも私の方が咲月ちゃんよりずーーーっと前から、斗真のことが好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで……」
「ちょちょちょ! 陽菜、落ち着けって」
間違いない。これは――ヤンデレだ。
陽菜が俺を……考えたこともなかった。だって、俺は中学の時からずっと、花守陽菜を雲の上の存在だと信じていたから。深い知性と教養を持ち、目を奪われるほどの美しさで、それでいて奢らず誰にでも優しい。そんな彼女に、俺も何度も救われてきた。だから天地がひっくり返っても、俺が陽菜に並ぶなんてありえない……はずなのに。
「斗真、今日の放課後時間あるよね?」
陽菜が首をコクっと傾げた。
口角は上がっているのに、カッと見開いたその蒼い瞳はまったく笑っていない。
「あ……あります、はい」
身の危険を感じた俺に、断るという選択肢はもちろんなかった。