第26話 ……今日だけは、あたしだけを見て
陽菜に彼氏……まさか。
もちろん、俺が三森と付き合った以上、陽菜が別の人と結ばれうるのは当然のこと。元カノがいつまでも自分を想ってくれる──なんて勘違い男子の痛い妄想だし、そもそも陽菜は元カノですらない。だけど……。
それでも俺は、その事実を受け止めきれなかった。実際、最近の陽菜はどこか俺にそっけなかったし。もしも、もしもこのまま、陽菜との関係が変わって、これまでのようにはいられないとしたら……それは、すごく嫌だ。
「……やっぱり、とーまくんの一番は、花守先輩なんですね」
三森が寂し気にポツリと呟いた。
「ごめ──」
「着きましたよ」
電車のドアが開いた瞬間、乗客が一斉に外へと向かい、俺は押し出されるようにホームに出る。
降りた時にはすでに、陽菜の姿は見えなかった。
※
そのまま人の流れに乗って歩いていると、程なくして、屋台が立ち並ぶ公園に辿り着いた。
「けっこう賑わってるな」
「ですね~。あっ、あたしチョコバナナ買ってきま~す」
「ちょっ」
浴衣とは思えないスピードで駆け出す三森。俺は筋肉痛で歩くのにも一苦労なのに。
「とーまくん遅いですよ~」
「はぁ……はぁ……そんなに急がなくても……チョコバナナは」
「逃げないぞ、とか言うんですよね?」
「……まあ、うん。そうだな」
「たしかにチョコバナナは逃げません。でもあたしの『チョコバナナ食べたい!!!』っていうこの熱い気持ちは、いつ逃げてもおかしくないんですよ」
「な、なるほど?」
とにかくチョコバナナが好きらしい。
1本400円、2本で700円か。年中金欠の高校生にはちょっと痛めの出費だ。
「……あたし昔からチョコバナナが大好きで。小さい頃、家でも作ってみたんですよ」
「へぇ。たしかに頑張れば作れそう」
「はい。意外と上手くいって、見た目は良い感じ、味も普通に美味しかったです」
「よかったじゃん」
「でも……何か物足りなくて。そこであたし、気がついたんです。あたしはチョコバナナが好きなんじゃなくて、《《お祭りのチョコバナナが》》、好きだったんだって」
「あー、わかるかも」
祭りの食べ物ってなんでも美味しく感じるもんな。かと言って日頃から食べたいかと聞かれればそんなこともないし。
「だからあたしは、たとえスーパーならこの400円でバナナが10本以上買えるとしても、このチョコバナナに喜んでお金を出しますよ」
……という割には顔が苦しそう。
小銭を持つ手は震え、眉間には皺が寄っている。その顔でも美少女が崩れないのがすごい。
「すみませ〜ん。チョコバナナ2本くださ〜い」
「あ、2ついくんだ」
「1本はとーまくんの分です。せっかくのお祭りですし、一緒に食べましょ」
「いいの?」
「もちろんです。350円ください♡」
「え。ああ、うん」
普通に代金を徴収された。
たしかにまとめて買った方が50円安いもんね、うん。
「とーまくん見てください! 輪投げ、めっちゃ上手い人いますよ」
「ほんとだ」
チョコバナナを片手に歩いていると、部活帰りのような格好の集団が、ぬいぐるみにポンポンと輪をかけていた。
……あれ、あの人たちって。
「雪先輩すごい!」
「……ラケットで……羽を打つより……簡単」
「こんなにたくさん持ち帰れますかね」
「桐谷がんば!」
「お、俺ですか」
氷護先輩と佐藤さんと桐谷くん。バド部の3人だ。
「あ……ご主人様」
「えっ? あ、笹原くんに三森ちゃん! こんばんは」
「こんばんはで~す」
「デート?」
「そうで~す。ラブラブですよ~。はい、ア~ン」
「ちょ、やめろって」
三森が食べかけのチョコバナナを俺の口に押し込もうとする。しかも丁度チョコのかかっていない部分を。
「ふふっ、相変わらず仲良しだね」
「え、どこが……?」
「……ご主人様……これ……あげる」
氷護先輩が差し出したのは、輪投げで獲得したチンアナゴのぬいぐるみ。何を考えているかわからない虚無顔で、絶妙に可愛くない。
「え~可愛い~♡」
「えっ?」
「えっ?」
三森と同時に顔を見合わせる。すっごい怪訝な顔。女子的にはこれが可愛いのか……。
「そういえばさっき、花守さん見たよ」
佐藤さんの言葉に、俺はなぜか胸がチクリとした。
「へ、へぇ。誰かと一緒だった?」
「あー、どうだったかな。ちょっと離れてたからなー。どうして?」
「い、いや。なんでもない」
何を気にしてるんだよ俺は。
陽菜が誰と祭りを回っていたって関係ないじゃないか。
「……来てください、とーまくん」
「え?」
突然、三森が俺の腕を引き、何も言わずにその場を去る。
そして屋台の通りと反対にある人気のない道を、早足で進んでいった。
「どうしたんだよ」
「とーまくん!」
足を止めた三森を見ると、その瞳には大粒の涙を貯めていた。
「大丈夫か……?」
「……とーまくんに……お願いが……あります」
すると、三森はその涙をハンカチで拭い、不安げに俺を見つめた。
「……今日だけは、あたしだけを見て」




