第2話 1年生No.1美少女三森咲月〜やっぱりNTRって最高ですよね♡
残念ながら、俺はどこにでもいる平凡な高校2年生である。
特に容姿が優れているわけでもなく、凄いカリスマ性があるわけでもない。もちろん彼女がいるわけでもなく、友だちがたくさんいるわけでもない。かといって部活に入っているわけでもなく、多少得意な勉強も、成績1位を目指せる優秀さがあるわけではない。端的に言って、いつも図書室に引きこもっている生粋のド陰キャだ。
まぁ、何を言いたいかといえば。
「とーませんぱ~い! 話聞いてますか?」
──このクラシカルな雰囲気の大人なカフェで、誰もが羨むキラキラの美少女と向かい合わせでお茶を飲むこの状況は、俺にはどう考えても不相応なのだ。
……同じ学校の生徒に見つからないよう、少し離れた店を選んだのは俺だけどさ。高校生が少ない代わりに、大学生や社会人のおしゃれなカップルが多いのと、三森の容姿があまりにも整っているため、陰キャ男子高校生の俺だけが浮いている気がする。
「ごめん。あんま聞いてなかった」
「も~。だ~か~ら~、あたしの彼氏だって認めてくださいって」
「いや彼氏じゃないし……そもそも、なんで俺?」
よく考えてみなくても意味がわからない。なぜこの可愛すぎる顔面とふわふわなお胸を持つTop of 美少女が、俺みたいなbottom of 陰キャに執着するのか。
「先輩は見ました? さっきの男子の顔」
俺の質問には答えず、逆に三森は尋ねた。おそらく、見栄を張って注文したのであろうブラックコーヒーに、砂糖を5、6杯入れながら。
「あぁ。桐谷くん、可哀想だったな……」
振られるだけでもショックなのに、あんな風に彼氏を見せつけられて、煽られて……俺なら二度と立ち直れない。さすがの三森も少しは反省して──
「やっぱり寝取られって最高ですよね!!!」
──いなかった。むしろその瞳はルンルンに輝いている。
「んっと……何が最高だって?」
「寝取られですよ~。N! T! R!」
「ちょっ、でかい声出すなって」
「え~。誰も気にしてませんよ~」
誰も気にしなくても俺が気にするの! あんま自分の性癖をウッキウキでさらけ出すな。
「というか、なんでお前はそんなに嬉しそうなんだよ」
「だって~、勇気を出して好きな人に告白したら~、目の前に彼氏が現れたんですよ? しかも自分よりずーーーっと冴えない男が」
「……冴えない男で悪かったな」
「あぁ、俺はこの程度の冴えない男に負けたのか――という屈辱!!! 最高に興奮しませんか???」
「しませんね、まったく」
言っていることが何ひとつわからない。
もちろん、他人の性的嗜好に文句を付けられる程、俺は立派な人間じゃない。けどその嗜好に同意を求められても困る。俺はNTRより混じり気のない純愛ラブコメが好みだし。
「あたしも味わってみたいんですよね~。寝取られる側の屈辱」
「はぁ」
「ある日突然、愛する彼氏を別の女に取られて、そのままあたしはお役御免……うん、良い」
「そうですか勝手に興奮してくださいそれでは」
「ちょーっと待ってください」
俺が立ち上がると、三森は素早く隣に移動し、柔らかい胸で押し戻す。くっ、こういうシチュは嫌いじゃないが卑怯だろ。壁際の席を選ぶべきじゃなかった。
「けど~、あたしってモテるじゃないですか~? 今日だけで5回も告白されてますし~?」
「あーはいはい」
「たぶんあたしと付き合う男は、他の女が眼中に入らないと思うんですよ~」
「そうですかそうですか」
「そこで先輩です!」
しれっと腕に絡もうとする三森を、俺はぬるりと交わす。ボディータッチで簡単に惚れるチョロい陰キャとは違うのだ。
「ほら、先輩はあたしになかなか落ちないじゃないですか~?」
「まあお前を好きではないからな」
だって性癖以前に性格が終わってるもん。己の欲望のためなら平気で他人を傷つけてしまうその神経。犠牲になった桐谷くんが不憫でならない……。
「たぶん女性の胸くらいしか興味ないんでしょうね~。あたしと付き合っても、巨乳の美女が現れたらすぐに乗り返そ~」
「誰が巨乳好きだ!」
「だって先輩、さっきからあたしの胸に触れて興奮してますよね? エッチ」
「そ、それは……お前が押し付けてる……からだろ」
「でもあたしの胸元をずっと目で追ってるじゃないですか」
「ぬぐっ……」
たしかに否定はできない。
けどおっきい胸が手の届くとこにあったらさぁ……見ちゃうじゃん。
「じゃあ逆に聞きますけど。あたしと付き合うことの何が不満なんですか?」
「いや、交際は本当に好きな人とすべきだろ」
「ほんとに好きな人って?」
「それは……価値観が合って、心から信頼し合えて、ずっと一緒にいられるような――」
「はぁ」
俺の言葉を遮るように、三森はわざとらしくため息をつき、やれやれと首を振った。
「……なんだよ」
「だ~から先輩は、巨乳好きの非モテ童貞なんですよ」
「誰が巨乳好きの非モテだ!」
「ぷぷっ、童貞は否定しないんですね~」
「ど、童貞は……別にいいだろ。まだ高校生だし」
キスのその先は、18歳未満にはまだ早い。もちろん俺はキスの経験もないけど。
──ん? けど待てよ。童貞を笑うということは、まさか三森は……!
「か、確認だけど。三森は、その……あ、あるのか?」
「何がですか?」
「だ、だからその……セッ」
「変態」
冗談抜きのガチで俺を蔑む顔。そ、そうだな。女性に聞くべきことじゃないな。俺、どうかしてたわ。
……けどそのゴミを見るような瞳、ちょっとゾクっとした。
「ま、とりあえず先輩の気持ちはわかりましたよ。要は好きでもない人と交際はできないってことですよね?」
「う、うん。そういうこと」
「じゃあお試しで、2週間だけ付き合うのはどうですか?」
「お試し?」
「はい。期間限定です。そうしたらあたし、先輩のお願いをなんでも一つ聞いてあげます」
「な、なんでも!?」
……って、いやいや。いったん落ち着こう。あくまで常識の範疇で、だよな。あんなことやこんなことまではさすがに。
「──エッチなお願いでも良いんですよ」
「なっ!?」
吐息交じりの囁きが俺の耳をくすぐる。こいつ本気なのか……? エッチなお願いとは、たとえばどんな――って、俺は何を考えているんだ。
「この2週間であたしは、先輩にぴったりな女の子を探しておきますから。先輩はとっておきのお願いを考えておいてくださ~い」
「ぬぬっ」
これは悩ましいぞ……。
べ、別にエッチなお願いを期待してるわけじゃない。ただ友だち皆無な俺が、学校の人気者である三森を敵に回せばどうなる? 数の暴力で身に覚えのない悪評を広められ、学校に居場所を失ってしまうかもしれない。それなら、たとえ不本意でも、三森との交際を2週間耐える方が賢明ではなかろうか。繰り返すが、エッチなお願いを期待してるわけでは断じてない。
「……2週間だけだぞ」
「わーい。ありがとうございます。とーまくん♡」
そう言って、俺に身体を寄せる三森からは、ふわっといい匂いがして。
不覚にも、俺の鼓動は高鳴ってしまった。