第17話 咲月ちゃんはやる時はやる女の子です♡
学校だと何かと邪魔が入るので、授業が終わると俺はすぐに帰宅し、自室の机に向かっていた。いやー、やっぱり1人で勉強するのが1番捗るな。
まずは教科書の英文と日本語訳を完璧に暗記。その上で新出の単語と熟語を確実に押さえよう。そうすれば、テスト本番は教科書からの問題を速攻で終わらせ、初見の長文に全力を注げるはず。たとえ届かなくても、陽菜に近づくためにできることは全部やっておきたい。
♪テレテテテレテテテレッテッテレン
……LINEに着信が。三森からだ。
うん、出たくない。気づかなかったことにして、後から折り返そう。
♪ピコン
【今何してます?】
♪ピコンピコン
【出れない状況ですか浮気ですか???】
【居留守なら家行きますよ♡】
うわ、無視してたら追い通知が。ヤンデレは陽菜の仕事なんだけど。いや陽菜の仕事でもないけど。
でもまた家に押しかけられても困る。仕方ないから出よう。
『……もしもし』
『あ~、やっと出た~。何してたんですか浮気ですか?』
『なんで電話出なかったら浮気なんだよ……普通に勉強だよ』
『家で勉強できるなんてさすがですね~。あたしはついスマホ見ちゃいます』
『そうか』
今朝は住み慣れた家で勉強するのが一番って聞いた気がするけど。空耳だったのか。
『で、なんか用か?』
『とーまくんの声が聞きたくて♡♡♡』
おかしい。音声なのにハートの絵文字が見える気がする。3個くらい。
『えっと、俺勉強で忙しいから。用がないなら切るわ』
『ちょちょちょ! 待ってくださいよ~』
『……何』
『よくもまあ可愛い彼女にそんな薄情なことが言えますね』
『だって勉強してるし……というかお前の方こそ、勉強しないとやばいだろ』
『テヘッ♡』
顔は見えないが、舌を出してごまかす憎たらしい表情が目に浮かぶ。高1の1学期で授業に白旗をあげた人間の態度とは思えんな。
『じゃあ通話しながら勉強しましょ~』
『別にいいけど、勉強中は喋らんぞ?』
『え~、じゃあビデオ通話にしましょ!』
『……じゃあそれで』
大人しく勉強させてもらえるなら何でもいい。それに幸い、集中力を高めるために制服で勉強していたので、まだ寝間着にはなっていない。見られて困るようなものは、日頃からベッドの下と棚の裏に隠してあるし。
『じゃあカメラ付けますね~』
『──うわっ』
『あれ。ちょっとスマホが近すぎましたね。よいしょっと』
びっくりしたぁ……いきなり画面いっぱいに三森の胸が広がってくるんだもん。しかも緑のシンプルなTシャツはダボッとしすぎて、いろいろ見えかけてたし。
『……これでよしっと。あれ、なんでとーまくんは制服なんですか?』
『こっちの方が集中できるんだよ』
『へぇ、いいですね。私も着替えようかな』
『いいから早く勉強するぞ』
『は~い』
だが残念ながら俺は集中できなかった。三森の胸が気になってとかではなく──いやそれも35%くらいはありそうだけど──ただただ彼女の動きがうるさいのだ。5秒ペンを持ったら15秒点を見上げ、30秒問題を読めば3分かけてお菓子を摘まむ。1分ペンを動かした後には、ついにマンガを引っ張り出して10分が経過していた。誰だよ、家で勉強するのが1番とか言ったやつ。
『ねぇ、とーまくん』
『どうした。何も勉強できていないようだけど』
『やだな~、してましたよ。1分半くらい』
『……勉強時間の把握は正確なのかよ』
もはやペン持ちながら頭では勉強時間をカウントしている可能性まである。たしかに試験時間の管理には役立ちそうだが、それができても肝心の知識がないと何にもならんぞ?
『ちょっと何言ってるのかわかんないんですけど。今週の日曜日って、とーまくん空いてますか』
『ああ、うん。日曜は空いてる』
その日は三森と付き合ってちょうど2週間。つまり交際の最終日だ。
不本意な関係ではあったけど、俺はけじめとして、この日に他の予定を入れる気はなかった。
『一緒にお祭り行きたいです♡』
『祭りって、あれだよな。川沿いのでかい公園でやってるやつ』
『それです!』
これもなんとなく予想はしていた。この辺だと割と大きなイベントだし、何より日程がぴったりだったから。
『じゃあ行くか』
『やった! 決まりですね』
『確認だけど、本当に赤点とか大丈夫だよな?』
『任せてくださいよ~。咲月ちゃんはやる時はやる女の子です♡』
『……じゃあ普段からやってください』
とは言いつつも。内心は俺もかなり楽しみになっていた。花火観に行くのなんて、小学校以来だし。
『ところでとーまくん。浴衣って持ってます?』
『いや、持ってない』
『じゃあじゃあ! 金曜日、テスト終わったら買いに行きたいです! 浴衣デートしたいので♡』
『うん。いいけど』
『わ~い』
とんとん拍子にデートの予定が2つもできてしまった。
……本当にテスト大丈夫かな。