第11話 ……先輩の手、あったかいです
土曜日の午後。
俺は週末デートなる課題を遂行するため、駅の改札前で三森の到着を待っていた。
……さて。待ち合わせ時間には2種類の考え方があると思う。約束した時間までに到着する派と、約束した時間頃に到着する派だ。
人の価値観に文句を付けるつもりはないが、俺は後者の人間を絶対に信用しないと心に決めている。そして約束の時間から10分が過ぎても、連絡一つない彼女は、残念ながら後者の人間らしい。うん、知ってた。
「やっほ~♡ とーまくん」
心の中でいつものように愚痴をこぼしていると、改札の向こうからようやく三森咲月が現れた。フリルがついたピンク色のワンピースは、スカートの部分がふわっと膨らんでおり、髪は大きな水色のリボンで2つに結ばれている。まさに可愛いを詰め込んだような格好で、普段とは違う雰囲気に、俺はまたもドキッとさせられてしまった。……なんか悔しい。
俺を見つけた三森は、手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「待ちました?」
「うん。15分くらい」
「も~、とーまくん♡」
「はい?」
「こういう時は嘘でも『いま来たところ』って答えるのが、モテる男ですよ」
「はぁ」
……なら俺は別にモテない男で良いです。
なぜ待たされた側が待たせた側に気を付かわにゃならんのか。
「ところで、あたしとの素敵なデートプランは考えてくれました?」
「まあ一応」
「ならよかったです」
「けどこういうデートスポット?みたいな場所って、女子の方が詳しいんじゃないの」
映えー♡、とか。かわいー♡、とか。好きピ♡♡♡、とか。そういう話で盛り上がるのは女性のイメージが強い。少なくとも陰キャ非モテ男子高校生にはこれっぽっちも理解できない。
「も~。わかってないな~、とーまくんは」
「……何が」
「こういうのは大好きな彼女のために、不慣れな彼氏が頑張って考えてくれるから良いんですよ」
「へぇ」
まぁ、わからなくもない。俺も陽菜が選んでくれたブックカバー、すごく嬉しかったもんな。三森の言う”大好きな彼女”とやらがどこにいるかは不明だけど。
「てことで早く案内してくださ~い。とーまくんのデートプランに」
「わ、わかった」
……はぁ。大丈夫かな。
※
「あっ、あたしたちの学校がありますよ!」
「おー。本当だ」
「こうして見ると、周りに何もないですね」
「たしかにスーパーとコンビニくらいだな」
「そうなんですよ~。もうちょ~っと駅に近ければ、放課後に銭湯とか寄れるんですけどね~」
「いや、あんま銭湯に寄り道はしないだろ」
駅から徒歩10分の場所にあるタワーの展望台から、街の景色を眺める俺と三森。
デートスポットなんて何ひとつ知らないので、昨日スマホでいろいろと調べた結果、カップルは高い所と光る物が好きだという結論にたどり着いた。というわけでまずは、この辺りで一番高い場所にやってきたのだ。
「とーまくんにしてはいいチョイスですね、展望台」
「……それはどうも」
とりあえず最初のデートスポットは及第点らしい。言い方は鼻につくが、それなりに満足してもらえたようで良かった。
「けど夜景だと尚良かったかもですね〜」
「よ、夜は別に考えてるから」
「期待してます♡」
……ハードルを上げられたが、カップルは光る物が好き説も立証できそうだ。
それなりに景色も堪能したので、次に展望台を一周してみる。休日だが人はあまり多くなく、観光客っぽい人がちらほらいるくらい。そりゃそうか。地元の俺だって入るの初めてだし。
「とーまくん。あれ乗ってみてくださいよ〜」
三森が指したのは、高い建物とかでよく見るガラスの床。地上が直に見えるやつだ。
「別にいいけど……はい」
俺は躊躇なく普通に直立する。
あんまりこれ、怖さを感じないんだよな。下の車も建物も小さすぎて、おもちゃにしか思えない。
「こ、怖くないんですか?」
「そうだな。普通に頑丈だろうし」
「ふ、ふーん」
一瞬三森も下を覗きこんだが、顔を青くして後ずさりする。まあ苦手な人は苦手なのもわかる。こういうのって体質的なのもあるし。自分が苦手なものを嬉々として人に勧めるのはいかがなものかと言いたくはあるけど。
「……手、繋いでくださいよ」
「はい?」
「だーかーらー。私も一緒に立ちたいので、手を繋いでてください」
なぜか三森は俯きながら、右手をんっと俺に差し出す。意図がよくわからないけれど、とりあえず俺はそれを左手で握った。
「……ありがとうございます」
「お、おう」
柄にもなく、上目遣いでお礼を言う三森。
どうしたんだろ。いつもならこういう時、腹立つ表情で煽りの一つでもしてきそうなのに。これも俺を弄ぶための演技なのか……?
「先輩の手、あったかいです」
「……!?」
頬をほんのりと赤らめながら、俺の手を両手で握る。
なになになに? 何が目的なの? というかなんで先輩呼び? 演技だとしても、その顔はさすがに──
「あたし高いとこ飽きました~。次行きましょ、次」
フッといつもの表情に戻った三森は、ガラスの床を降りて歩き始めていた。なんなんだよ……。
が。すぐにくるりと振り返り。
「でもその前に、そこのソフトクリーム食べていきたいです」
「……勝手にしてください」
やはり初心な俺を弄んでいるらしい。




