幕間(三森SIDE) 中学最後の春休み
久しぶりの本屋さん。最後に来たのは去年の3月だから、ちょうど1年振りだ。
高校受験を無事に乗り越え、迎えた中学最後の春休み。本の匂いがなんだかすごく懐かしい。図書委員だった頃はいつも本に囲まれてたけど、彼が卒業してからはそれも辞めちゃったもんな。
「君、可愛いね。何してんの?」
……なんかチャラそうな金髪男に話しかけられた。なんで本屋でナンパするかな~。あたしが可愛いすぎるのはわかるけど。
制服的にたぶん近所の高校生。でも顔が幼いから、あんまり年上には見えないな。
「本を探してるんですよ〜。見たらわかりません? それと可愛いのは知ってま~す」
「ははっ、君面白いね。何読むの?」
「たぶんお兄さんの頭には難し過ぎて、一生縁がない本ですね~」
「うわっ、ひど」
あたしは手に取ったニーチェの本を棚に戻す。きっと彼に出会わなければ、あたしも一生読むことはなかったと思う。
「ま、いーや。そんなことよりさ、この後暇? 一緒に俺とお茶でもどう?」
「え~、お兄さんと~」
「そそ。俺奢っからさ」
「う~ん、あたし門限があるんですよね~」
「いやまだ4時じゃん。早すぎるっしょ」
「箱入り娘なので~」
「またまたー」
こういうノリは嫌いじゃない。男子との駆け引きは、恋愛の経験値を得る手っ取り早い方法だ。そうやって高めたスキルで、あたしは好きな人と結ばれるの。
「──ナンパならよそでしてもらえます? 邪魔なので」
その瞬間、はっとあたしは息を呑んだ。
だって彼──笹原斗真こそが、ずっとあたしが奪いたかった人だから。
「はぁあ? 別にナンパじゃねえよ」
「なんでもいいです。そこの本取りたいのでどけてもらえます?」
「ちっ。うっせーな。」
そうして金髪男はすっと去って行った。こんなすぐに諦めるチキンなら、最初からナンパしなきゃいいのに。
笹原斗真は何ごともなかったかのように、さっき私が開いたニーチェの本を手に取る。
「……ありがとうございます。助かりました」
「気にしないで。うるさかっただけだし」
チラリとこちらを見ると、彼はまた本に視線を戻した。……やっぱり覚えてないのかな、あたしのこと。
彼を試すため、少しあたしは悪戯をする。
「良かったらこの後、一緒にご飯でも行きません?」
「しょ、初対面の人とごはんはちょっと……」
あたしが背伸びをして耳元に囁くと、彼は断りながらも頬を赤く染めていた。ふふっ、可愛い。
でもさすがにガードが堅いな。
「え~。こんなに可愛い娘に誘われて、断る選択肢があります~?」
「自意識過剰ですか」
彼はぱたりと本を閉じ、ようやく正面からあたしの顔を見た。
……本当にあたしのことわかんないんだ。嬉しいことだけど、ちょっと寂しいな。
「過剰ですかね~? あたし、結構モテますよ~」
「それはまあ、見ればわかるけど……知らない男と2人でご飯とか、普通に危ないでしょ」
相変わらず真面目だな~。
でもそうだよね。あたしが好きになった人だもん。
「強情ですね~。先輩みたいな人が~あたしみたいな美少女とお近づきになれるチャンスなんて~、そうそうないですよ~?」
「余計なお世話だ」
そうは口では言うけど、彼の顔は耳まで真っ赤。こういう誘いに慣れていないのはバレバレだ。
金髪男くん、ナンパはこうやってやるんだぞ?
「もしかして先輩って~、『ふっ、俺は外見より中身を見てるから』とかどや顔で言っちゃうタイプですか?」
「どや顔は知らないけど……中身は大事じゃないか?」
「う~ん。でもそう主張する人って、大抵は顔も中身も平均以下なんですよね~」
「いやそんなことはないだろ」
嘘。顔も中身も、笹原斗真はあたしにとって一番の人。だからあたしは今ここにいる。
──けど続きは次の学校で、かな。
「しょうがないですね~。じゃあ今日のところは諦めます」
「あ、はい」
「あたしは三森咲月で~す。以後お見知りおきを~」
「えっと、どうも。笹原斗真です」
「知ってます♡」
そしてあたしは背伸びをして──困惑する彼の頬を奪った。
「……今度こそ、あなたの一番になりますから」




