第1話 あたしと先輩の特別な仲じゃないですか~?
一日の授業が終わると、すぐに教科書を鞄に詰め込んで3階に上がり、優雅に図書室で本を読む。それが俺、笹原斗真の放課後ルーティンだ。
しかし今。そんな図書室への導線である西階段が、なぜか数人の女子たちによって塞がれていた……。
「見て。あれきっと告白だよね」
「絶対そう! 桐谷くん、顔真っ赤だもん」
「ショック……あたしちょっと狙ってたのに」
「イケメンだもんねぇ」
「でも相手が悪すぎるって。女の子見なよ」
「うわっ、まじか。めっちゃ美少女……」
「やっぱ顔整い同士は惹かれ合うんだねー」
「はぁ。あんなのうちらじゃ絶対無理じゃん」
どうやら踊り場で迷惑行為が行われているらしい。
なんでこんな場所で愛を告げるかなぁ……通れないじゃん。今から東階段回るの面倒くさいんだけど。ほんっと、恋愛に現を抜かす輩って、他人の迷惑を考えないよな。
「俺と付き合ってください、三森さん」
野次馬に紛れて階段を覗いたところ、ちょうど愛を告げる男の背中が見えた。
で、相手の女は……あっ!
「あ~はいはい。またそっち系ですか~」
三森咲月。
ハーフアップのツインテールと、クリっとした大きな瞳がチャームポイントの1年生。入学して数日にも関わらず、そのあざとすぎる笑顔は既に数多の男を落としており、一部では新入生№1美少女と噂されているとか。……いろいろ言いたいことはあるものの、実際顔が良いのは間違いない。
「そ、そっち系……」
「いや~、最近こーゆーの多くて? さすがにあたしも飽きが来てるんですよ~」
「そう……ですか」
「ま、いいや。んっと、桐谷さんでしたっけ」
「は、はいっ」
「桐谷さんは~、あたしの~、どこが好きなんですか~?」
「――!?」
告白に対してまさかの逆質問……予想外の流れに、桐谷と呼ばれた男の顔には、焦りと困惑の色が浮かんでいた。
まあ相手を知りもせず返事するよりは誠実か? 告白を受けた側としては、一番気になるところではあるし。無駄に語尾を伸ばした喋り方は鼻につくけど。
「好きなところ……ですか」
「ですで~す。は~いどぞっ」
「ええっと……入学式で初めて見て、それで……か、可愛いなって、思って」
「ふむふむ。後は?」
「あ、後は……声がすごく綺麗で、笑顔が眩しくて……」
「ほ~ん。なるほど〜。それでそれで?」
「あの、それで……」
「顔と声が良いのはわかりました~。他に何かないんですか~?」
「他には、えっと……」
逆質問というか、もはや圧迫面接だ。三森に無邪気な笑顔で詰められ、桐谷くんは今にも泣きそうな顔。俺も少し心が痛い。
とはいえ、桐谷くんの準備不足も否めないけどね。告白相手の好きなところなんて100個は言えて然るべきだし、そもそも告白の場所が迷惑だし。
「は~い。わかりました~」
「えっ?」
すると三森は小さく舌を出し、悪びれもなく言いのけた。
「──あたし彼氏いるから無理で~す。テヘッ♡」
悪魔!!!!!
えっ? 本当は彼氏がいたのに、桐谷くんを踊らせて遊んでたってこと? 酷すぎる。誠実さの欠片もないじゃん。さすがに人を馬鹿にしすぎだろ。
「かか、彼氏って……だ、だれ、ですか?」
震えた声で桐谷くんが尋ねる。
そうだよ誰なんだよ。こんなろくでもない女と付き合っているクソ男は。
「ん~とですね~」
そうして三森は、意味深な表情で辺りを見渡し――やがて俺を見てニヤリとした。
「あの人で~す」
三森が指を指したその瞬間。
桐谷くんと野次馬女子たちの視線が一斉に俺へ集まる。
…………………………………………。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ???
「ねっ? とーませーんぱい♡」
階段をテテっと駆け下りた三森が、甘えた声で俺の腕に絡みつく。
「やめっ――いや、まじで……おいっ!」
「も~、照れ屋さんですね~」
「は、放せって。いいから!」
「いやですよ~。あたしと先輩の特別な仲じゃないですか~?」
呆然と立ち尽くす桐谷くんに見せつけるように、執拗に胸を押しつける三森。ムニッとした柔らかな感触に、俺の顔は意に反して火照りだす。そして対照的に、桐谷くんの顔はだんだん青白くなっていった。まじでなんなんだよ。
「いつ! どこで! どうやって! 俺とお前が特別な関係になった?」
「え~、忘れちゃったんですか~? あたしと先輩が初めて会った日のこと」
「知らん知らん! 春休みのことなんてなーんにも覚えてないね!」
俺は嫌なことはすぐに忘れる主義なんだ。春休みに偶然、というか運悪く、こいつを助けてしまったことなんてとっくに記憶から消している。
「……ああ。先輩にとっては、その日なのか」
「えっ?」
「ま~なんでもい~や。と、に、か、く♡ こ~んな可愛い彼女がいるんですから、先輩はもっと喜んでくださいよ~」
「喜べるか! 俺に彼女はいない。さっさと離れろ」
無茶苦茶だ。なんで俺がこいつと付き合いたい前提なんだよ。顔が良すぎるせいか、自意識が限界突破しているらしい。こんな女に関わってしまったのが運の尽きか。
「桐谷くん可哀そう……」
「三森さんサイテー」
「てかあの彼氏もグルじゃね?」
「絶対そうだよ。わざわざ告白現場まで来てるんだもん」
「2人で面白がってたってこと?」
「うわっ、サイアク……」
なぜか俺まで根も葉もない悪口を浴びている。桐谷くんも殺さんばかりの眼でこちらを睨んでるし……。
うぅ、悪いのは全部三森咲月なのに。俺だって被害者なのに。
「そんなわけで~。先輩は私の彼氏ですよね?」
「断じてそんな事実は無い!」
「先輩が認めるまで放しませんから」
「いいから離れろ、とにかく離れろ」
「じゃあ、あたしの彼氏になります?」
「くっ……」
先ほどから腕を振り切ろうとしているのだが、意外と三森の力が強いのと、柔らかい胸が俺の動きを阻害して、思うように拘束が解けない。どうやら本当に、俺が要求を呑むまで離れないつもりのようだ。困った……。
「何あれ? ラブラブアピ?」
「うわー、引くわー」
「彼氏も性格悪いよねぇ。見せつけちゃって」
「俺の彼女可愛いだろ的な?」
「ダッサ。サイアク」
まずいぞ。無理に腕を振ったのが、カップルのイチャイチャと誤解されている。このままだと俺の評判が地の底だ。なんとかしないと。
「み、三森さん?」
「なんですか~。あたしと付き合う気になりました~?」
「と、とりあえず場所を変えない?」
「えー」
「ほ、ほら。こんなに見られてたら、話せるものも話せないし……」
「はぁ、しょうがないですね」
交渉の結果、ようやく腕の拘束が緩められた。
……はぁ。新学期早々、面倒なことに巻き込まれてしまった。
本日は3話投稿予定です!
『首席になるため志望校を下げたのに、成績1位は推薦で入学したあざと可愛いツインテールの童顔美少女だった〜それでも1番になれない惨めな俺を、クラスの天使だけは好きでいてくれる』という作品も更新中なので、よかったら読んでみてください!