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2.王太子様には痛手を負っていただきますわ!

 私の婚約者であるアルノート王太子殿下。

 その浮気相手と噂されている彼女——リシェルと私は初めて、こうして相対していた。


 えーっと。確かあれは二、三週間くらい前だったかな?

 アルノートが平民の女と浮ついた話がある——そう私の耳に届いたのは。


 初めは私自身も根も葉もない噂だと思った。

 注目を浴びる存在が下世話な話の対象者となること自体は少なくない。

 今回もその類なんでしょうと、気にも留めないつもりでいたけど。


 私の中では完全に拭い切れず、一抹の不安が過ったのはアルノートの日頃の態度からだった。

 明らかに私に対する熱量が変わってきているのは感じていた。

 会話の反応もそっけないものでどこか上の空。授業が終われば用事があると言って、すぐどこかへといなくなる。

 怪しい——非常に怪しい。

 そんな事情もあって、アルノートの噂を聞いた私はより疑り深くなっていた。


 とはいえ、ただの噂だ。

 全てが真実とは思えないし、私はアルノートが潔白であると証明したい。

 噂がシロで彼を疑った自分が愚かであったと。


 だがそんな希望的観測は、一日目にして終わった。

 当初の予定は一週間。

 彼を探れば何か出てくるであろうと踏んでいた、その期間で何もなければやはり根も葉もない噂であったと。

 そう割り切るつもりでいたのだが、一日目にして当たり前のようにリシェルと接触していた。


 その後、一応念のために三日は同じことを続けたわ。

 三日間に渡り放課後、アルノートの跡をつけたがその三日全て女と密会。

 調査に一週間も要らず、割と堂々として学内の広場で二人の時間を過ごしていた。


 そりゃ噂もされるはずだ。

 二人が座っているその場所、学内でも随一のデートスポットとして有名なんだから。

 ちょっと前までは私が隣に座っていたはずなのに。



 もうこのまま彼を追及しても言い逃れは出来ないし——させない!

 噂は確信へと至り、ちゃんとこの目でも確認したんだ。

 それに——もう一つ分かったことがある。


 認めたくはない。

 今以上に敗北感をより色濃くさせられるから。

 けれども彼女——リシェルは事実としてはムカつくけど、私から見てもとっても可愛らしい外見をしていた。

 まるでお人形さんみたいで、こんな因果な関係で無ければ私の部屋に飾っておきたいくらい。


 さてと、それ相応の報いは受けさせないと私の気は収まらない。

 王太子であるアルノートに直接手を下すなんて命知らずなことは出来ない。


——と、言いたいところだけど。


 意外に学園内だと彼の護衛も手薄で、どうとでもなりそうなのよね。


 だけどより効果的に、痛みを与えられることが出来るのは——恐らく彼女の方。

 リシェルが私に屈すれば、アルノートの精神はタダでは済まないでしょう。

 本当にお人形さんにしてあげようかしら。


 ふつふつと自室で湧き立つ衝動に身を委ね、悪役令嬢らしくどうやって復讐してやろうか。

 そんなことばかりを考えて、あれこれ作戦を練っていると私はお父様から呼び出しを受けていた。


 急を要するような、粗相はしていないつもりだったけど。

 しかし、心当たりは一つしかなかった。


「ソフィアよ。お前の婚約者であるアルノート王太子殿下に浮ついた話が噂されていると報告を受けている。お前は認知をしていたのか?」


 常日頃から軍服姿のお父様が待ち構えていた。

 代々シャルリーゼ家は軍属出身の家系であり、中でもお父様は総司令の役職に就く軍トップの存在。

 貫禄と相まって亭主関白を想起させる出立ちだった。


「ええ、存じております。それにその噂は事実であるとこの目で確認も致しました」


「そうか。ならば話が早いな。それなら先に、お前にはこれを渡しておこう」


「——はぁ…………?」


 やけに淡々としている印象だった。

 愛娘の婚約者が浮気をしているとなれば、たとえ王太子であったとしても怒りを露わにしそうなものだが。


 お父様から手渡されたのは一通の封筒。

 糸で巻かれた封筒の開け口を解くと、中には一枚の文書だけが封入されていた。

 私はその文書を丁寧に取り出して目を通す。


「そうですか……やはりあの方は——」


「これらの事情を踏まえて、判断はソフィア自身に委ねたい」


 なんとなく事情を把握した後、そっと文書を封筒の中へと戻す。


「自分には荷が重いから婚約を破棄したい、そう言うのであれば止めはしない。私はソフィアの幸福を一番に望む」


「——————」


「だがまだソフィアの中で、アルノート殿に対して愛想が尽きていないのなら——」


「——時にお父様。私からお願いがありますがよろしいでしょうか?」


「…………あぁ、何だ……?」


 唐突に私は口を挟んだ。

 威圧感を放つお父様にも若干の綻びが見え、驚いたように身体をビクつかせていた。

 無礼であるのは承知の上。お父様の話を遮ったとしても、未だ私が感じている不満はアルノートへと向いたままだ。


 何やら事情がおありなのは把握致しました。

 ですがシャルリーゼ家子爵令嬢であるこの私を不安がらせた罪は大きい。

 相手が王太子であろうと関係ない。何日も私を放置した報いは受けさせないと水に流すつもりは一切ない。


「そこまで心配そうな顔されなくても——ですが簡単なことです。彼の抱える懸念事項を解消して差し上げようかと思いまして」


 お父様は保守的なようだけど、決して否定はさせない。

 今まで踏み込めなかった領域には、私本意の私なりのやり方でね。

 このくだらない争いを終わらせるべく、私も権力を誇示して潰して差し上げますわ。




 初めてリシェルと顔を合わせたあの日以降。

 私たちは毎日のように、二人で楽しい時間を過ごしていた。

 例のあの場所で。今はリシェルが作ってきてくれたお弁当に舌鼓を打ちながら談笑している。


「お姉様……今日のお弁当はお口に合いますでしょうか……?」


「ええ、とってもおいしいわ。リシェルの作ってくれるお弁当が毎日の楽しみになっているくらい」


 不安そうに見つめていたリシェルだったが、私から賛辞を送ると「ほんとですか!?」と途端に目をキラキラと輝かせていた。

 親密さをうかがわせ、とても懐っこくリシェルは私に密着してくるが、周囲の反応は驚きに満ちていた。

 浮気相手となぜそんなにも仲が良いのかと。自らの目を疑い、彼らの動揺はしっかりと伝わってくる。


 だけどそのような視線などお構いなしで、私たちはこの時間をゆっくりと堪能していた。

 どこかの誰かさんの存在など忘れ去ってしまったかのように。


「おい! ソフィア! これはどういうつもりだ!」


 突然、背後から怒鳴り声が聞こえたかと思い背後を振り向くと、怒り心頭といったご様子で私を睨みつけるアルノートの姿がそこにはあった。


「さて、何のことでしょう?」


「しらばっくれても無駄だ。お前は俺たちを利用して国家を乗っ取ろうと企てているんだろッ!」


「はい? よく分かりませんが私が個人的にリシェルと仲良くなって、何か問題でもございますか? アルノート様?」


「リシェル! 騙されるなよ! ソフィアはお前に取り入ろうとして、俺たちを国王の後継者として争わせようとしているだけだ!」


 まるで裏があるような言い草で、私に疑いをかけてくるアルノート。

 でも、ようやくといったところか。何日も何日も待ちくたびれたわ。

 リシェルとともに過ごしている時間、この状況を快く思わない殺意にも似た視線が潜んでいたのは分かっていた。

 頭に血が上り、口調にも熱を帯びていく。

 冷静さを失った彼を制御するのは容易いものだ。


「後継者——はて? アルノート様の言い方だと少々引っ掛かりを覚えますわ。リシェルは平民の娘であると聞いておりましたが?」


「リシェルは——陛下と平民の母との間に生まれた異母兄妹の妹だ!」


「「「——えぇーーー!!!」」」


 突然の騒ぎに何事かと、徐々に集まり始めていた野次馬の方々。

 これまでひた隠しにしていたであろう事実をこうもあっさりと公開されて、驚嘆の声を上げていた。

 私はというと顔色一つ変えることなく、今まで通り平静さを保っている。


「なら尚のことですわ。私の義妹となる方と仲良くなって何か問題でもございますか? アルノート様?」


「ダメだ! お前は派閥争いをしている連中と同じだ! 派閥同士で次期国王候補である俺たちを争わせて、傀儡の王として利用する。お前も同じようなやり口でリシェルに取り入ろうとしているんだろう!」


 爆発寸前。相当色々と抱え込まれていたようで、疑心暗鬼なられているご様子だった。

 それゆえ、私はアルノート様に慈愛の心を向けてあげましょうか。


「——あなたがた兄妹の裏で暗躍し、派閥争いに躍起になっていた連中は陛下のご命令の元、軍の取り仕切りによって排除されましたわ」


「…………はぁ? 何を……言って——」


「——ソフィアお姉様のお話の通りなのです。私はお兄様と対立する理由は一切無くなったの。お姉様のおかげで!」


 嬉々として語り、リシェルは喜びを露わにしていた。

 私の片腕を持ってされるがままに彼女に揺さぶられる姿は、まるで愛犬とじゃれあっているかのようで、心が和みますわ。


「私——ソフィア・シャルリーゼは軍属出身の家系。その上私のお父様は軍を束ねる総司令であらせられます。アルノート様が御懸念されていた不穏分子の排除に一役買うのは当然のことですわ」


 二人の王族の裏で利権獲得のため、派閥争いを繰り広げていた連中について調べを進めると、まあ黒い黒い。

 真っ黒で汚れに汚れた汚職の事実が次々と明るみになり、中には現国王陛下の暗殺を目論む者まで存在していた。

 そういった人たちは軍の粛清によって次々と排除されていき、彼らを縛り続けていた黒幕はもういない。


「——そう、だったのか……」


「ええ、これからは学外であっても堂々と兄妹として会うことも叶いましょう。ですが——」


「そうかそうか! ご苦労であったな感謝するぞ! ソフィアよ」


——あら? 何かおかしくはありませんの?

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