20.届かなかった手紙
ジェイミーが緊張の面持ちで吐きそうになりながらカートの執務室に向かっている頃。
陛下は視察先でエミリーに他国の王子から縁談がきた事を聞いた。
「エミリーは王弟宮にいるのか?」
「はい。本日はジェイミー様とのお約束はないようでして。」
「夜に王宮に来るように伝えてくれ、今すぐに行け。」
「あの、それが、王弟殿下から陛下に知らせるようにと仰せつかって参りました。」
「な、叔父上が?わざわざ私にその話を知らせてきたと言う事か?」
コソコソと話している陛下はどんどん顔色が悪くなって行った。
真向かいの席に座る双子のトラックス兄弟が心配するほどだ。
話を続けるもうわの空で固く握りしめた拳でやっと正気を保てているように見える。
「何かございましたか?私どもで話を進めておきますので退席されてもかまいませんよ。資料を揃えておきますので問題ありません。」
「顔色があまり良くないように感じます。誰か別の方を寄越してください。ご無理をなさらないように。まだまだプロジェクトは始まったばかりですからね。」
「すまぬ、急ぎ帰らねばならんのだ。すぐに代理を立てる。」
冷静に考えればエイミーは結婚した訳ではないので急ぎ帰る必要もないのだが先日もう来ないと言われただけに不安で仕方がない。
(なぜだ、なぜだ!あれは本気だったのか、私を見捨てる気なのか!)
陛下は馬を飛ばし王都へ急いだ。
「だーかーらー!受け取っていないってば!父さんも母さんも手紙を隠したりしないわ!兄さんもよ!」
「俺はちゃんと書いたぞ!」
「届いていないんだもの。だから、返事がないからもう書くのをやめたの。」
「トラックスが仕事をしている場所など調べればわかる。だから調べて貰って届くように出したんだぞ?」
ジェイミーが執務室に入るなりどうして手紙の返事をくれないのかと言った為にカートも声を張り上げて反論をした。
「手紙を待っていてくれたんだな。」
ジェイミーは泣きそうな顔で頷いた。
「郵便受けを見るのは私の役目だったの。毎日毎日待っていたけど。」
「何か手違いで届かなかったのかも知れないな。」
「楽しみにしていたの。何を書いてくれたの?」
カートは腕を組みながらうーんと唸る。
「まあ、あれだ。子供の手紙だから他愛無い内容だ。俺もあまり覚えていない。唯一覚えているのは。」
「覚えているのは?なに?」
「カエルの解剖をした時の絵だ。上手く描けていたからな。サインもカエルの血で書いた記憶がある。」
ジェイミーは口をあんぐり開けた。
ずっと待っていた手紙がそんなのだとは!
ジェイミーはけらけら笑い出した。カートらしい。ジェイミーが返事を書くにしても似たようなものだろう。トカゲとヤモリの違いを書き連ねていたに違いない。
「あー笑える。私なんてまだ7歳だったもんね。」
「俺だってお前より二つ上なだけだ。」
「それよりお前茶会に出るんだって?」
「そうなの。エイミー様に嫌味を言う令嬢の顔を拝まなきゃね。なんなら言い返す事もするけど。」
「ふぅん。何を考えたんだ?」
「ふっふっふっ、第四王子に聞いたんだけど密かに妃の座を狙ってるらしい令嬢が何人かいるんだって。」
「ゴールドストーン伯爵の姉妹か?」
「そう、それ!大層な名前よね。」
「ぶはっ、それがな。ここだけの話、父上が貴族籍を残した名の理由が笑えるんだ。」
ジェイミーなんかに話していいのか心配になったがそれは笑わずにはいられない理由だった。
ステイゴールド、ゴールドストーン、ゴールドスミス、ゴールドラッシュなど偏った家名を持つ家は引き留められて今も貴族のままだそうだ。
二人は腹をかかえて笑った。笑いすぎて涙を拭いたほどだ。
「な?笑えるだろ。殆どの貴族は社名に変えたり土地の名前だけを残したりしてるんだけどストーン家はまだ安泰だからなぁ。」
「そこそこ容姿も悪くないらしいのに結婚していないのは性格が悪いとか?」
「いや、王族に嫁がせたいのがだだ漏れだからじゃないかな。だから今度の晩餐会に俺にパートナーの話がきているんだ。俺なんて妾の子だから旨みも何もないのにな。」
「え、やだ。シンプルにやだ。そんな意地悪を絵に描いたようなやつとカートが腕を組むなんてやだ。」
「お前も知っている令嬢達も来るぞ。学園にいただろう?」
「エミリー様にちゃんとマナーを習うから私をパートナーにしない?」
エミリー様が実は陛下と密かに恋仲だから余計な事を頼んで揉め事に巻き込むなと言われた時にジェイミーはまた口をあんぐり開けた。
「口を閉じろ、頼まなくても俺のパートナーにしてやるから。」
カートは久しぶりに話したジェイミーが変わっていなくて嬉しかった。
誤解が解けたから泣いて会いたかったと抱きつかれる期待を少しばかりしたのだがジェイミーとの会話はとても楽しく腹の底から笑ったのはいつぶりだろうと思った。
黙っていれば人形のように可愛らしい容姿のくせに口元も隠さずに大声で笑うジェイミーはとても好感が持てる。
ゴールドストーンの姉妹はいつもお淑やかで微笑しか見た事がない。皿のケーキも上品に食べるが必ず残す。カートは母から出された食事は残すな、野菜を育ててくれた人にも調理してくれた人にもそれら全てを与えてくれた人にも感謝の気持ちを忘れるなと言われて育った。
ジェイミーも同じ事を言っていて食べられる量しか皿に入れない。残すと父親からお前の目は骸骨みたいに節穴か?と言われるそうだ。
(ジェイミーといると気が楽だ。本当の自分でいられる。)
執務をさぼり二人は今までの時間を取り戻すように会話を重ねた。