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おっさんを出す魔法

「母さん!やったよ分身だ。僕この力で魔王を倒すんだ」


 この日授かった力に胸一杯の期待をこめた少年は、齢7歳にして人生初の挫折を味わった。出てきた分身が太っていて、はげていて、脂ぎったおっさんだったからだ。

 現実はあまりにも非情だ。俺も最初から「おっさんを出す魔法」を授かったならここまで、落ち込むことはなかっただろう。だが俺が授かった力は分身で、出てきたのはおっさんなのである。ここからの数日はショック過ぎてあまり記憶がない。ただなぜかおっさんが俺と同じくらい絶望していたことだけは覚えている。


 そんな俺にも転機が訪れる。それはあれからしばらくたった頃、俺がいつものようにおっさんに朝の井戸の水汲みをさせていた時だ。まだ肌寒いというのに汗を全身にかいているおっさんの異変に気が付いた。もしかして少し痩せてきている!?全身に稲妻が走るような衝撃を受けた。このおっさんもしかして成長しているのではないか?それに気付いた時、俺の目指すべきところが決まった。俺はこのおっさんを鍛えることにした。

 まず、とことん走らせた。何をするにしても体力が基本だと考えたからだ。その日から村の回りをおっさんが永遠と走り続けるという奇妙な光景が続いた。時には、気味が悪いから止めてくれとクレームがはいることがあった。またある時は、娘が怖がっているから止めてくれとクレームが入ることもあった。だが俺は走ることを止めさせはしなかった。

 おっさんは何もしゃべらない。だが目で、もう許してくれ、もう殺してくれと泣きそうな顔で訴えかけてくることがあった。だが俺はその度に


「俺達ならできる」


そう励まし過酷なトレーニングを続けさせた。


 そんな日々が10年過ぎた頃おっさんは、ただのおっさんではなくなっていた。出会った頃のようなだらしない姿はなく、全身筋肉に覆われたナイスガイへと変貌していた。その足は馬を追い抜き、その拳は龍の鱗をも砕いた。そこからの俺達の活躍は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。東にドラゴンが現れたと聞けば、おっさんは己の五体を武器へと変え単身でとびかかり、西に魔神が現れるや危険を顧みず獅子奮迅の活躍を見せた。いつしか人々は、俺達の事を人類の希望、真の勇者だと呼んだ。


 そして今俺達は魔王を打ち倒さんとしている。魔王城玉の間にて鎮座するは、人類を滅ぼさんとする魔の王。

対する立ち向かうは、幾度の死線をその身1つで潜り抜けた歴然の猛者おっさん。いつもは、何の躊躇いもなく飛びつくおっさんも今回ばかりは慎重に事を進める。魔王も不用意には手を出すことはできない。いわば静と静の戦い。達人の間合いというやつだ。はたから見ている俺からしたら、おっさん同士が無言で見つめあっているようにも見える。

 決着は一瞬だった。先に動いたのはやはりおっさんだった。小手先の小細工など魔王には通用しない。数多の魔物を屠ってきたおっさんの飛びつき。自身最強の技で仕留めに行く。おっさんの技が魔王を捉えたかと思った瞬間、魔王の体は霧のようにとけ、反対に背後からの一撃がおっさんへと放たれた。おっさんは、尋常ではない苦しみかたをしながら、崩れ落ちていった。


「おっさん!!」


 まさか、おっさんがやられるなんて。いや冷静に考えればおっさんが魔王に勝てるはずがないのだが。おっさんならば魔王討伐の偉業も成し遂げてしまうのではないかとそう考えていた。おっさんがやられてしまっては俺になす術がない。俺は絶望し、魔王が勝利を確信し笑みがこぼれる。だがその男だけは、その瞬間を虎視眈々と地面に伏せて待っていた。魔王が油断するその瞬間を。飛び起きると、魔王の体に抱きつき自由を封じた。今度はおっさんが俺の方を見てニヤリと笑った。


「次はお前の番だ」


おっさんがしゃべった!?

 そう思うとおっさんは全身からまばゆい光を放った。閃光が収まり、目を開けた時には魔王と共にいなくなっていた。そう俺達は勝ったのだ。世界には平和が訪れた。


 俺は魔王を倒した勇者として世界に受け入れられた。だがどうにも腑に落ちない。おっさんは何だったのだろうか。あれ以来姿を現さない。おっさんが消えた今俺には何も残らない。心に霧がかかったように気持ちが晴れてくれない。最初はそれでもよかった。回りの皆が俺をもてはやしてくれ、それが俺を慰めた。だが力を失った俺を回りはいつの間にか興味を失っていった。そのうち俺はおっさんの付き添い人だと揶揄する人まで現れた。それから俺は表舞台を去り、飲んだくれの仲間入りとなってしまったのだ。


 いつしか時が経ち俺もおっさんと言われる年齢となった。容姿なんて気にしない。体型は崩れお腹は出っ張り、頭髪は少し残るのだけの脂ぎったおっさんが出来上がった。鏡なんて当分見た記憶がなかった。水が飲みたくなり、樽の中に顔ごと突っ込もうとした時、自分の容姿が目に入った。

 あれ?このおっさんどこかで見たことある気がする。

 そう思った瞬間、視界が光に包まれた。眩しくて目を開けていられない。収まったとき、目を開けるとそこにいたのは若かりし頃の俺、絶望する7歳の少年だった。


 

おっさんの虐待過ぎてこのエンディングしかなかった

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