第六十六話『1つバレた』
密かに決意を固めていると側にゼンさんが来ていた。
「ひなちゃんひいちゃん、ガトーショコラとっても美味しかったわ!……小さいやつもありがとね、最高のティータイムになったわ」
どうやら昼間あげたものとデザートのお礼を言いに来た様だ。秘密という言葉を律儀に守ってコソコソと耳打ちでお礼を言うなんていい人だね。
しかし、ガヤガヤとした広間でヒソヒソと小声で喋ると殆ど聞こえないので、若干声のボリュームを上げていたらしく一緒に来ていた未来さん達に聞かれてしまった。
「あ?お前抜け駆けしたのか?」
「いいえ!?そんなことしてないわ!?」
「おいみんなー!ここに裏切りモンがおるで!」
「僕達にお裾分けする事もなく、1人で楽しむとはなんて極悪人なんだ!」
ゼンさんは否定したけれど、受け入れられることはなく広間全員に行き届く様に大声でチクられ、若衆達がゼンさんに一斉に群がりヘッドロックなどをかまされていた。
……ゼンさん、ご愁傷様です。私は体が小さいのであなたを助けることは不可能です、自力で抜け出せる事を遠くで祈っていますね。
祈りのポーズをしている私を雛菊が不思議そうに見つめていたので、同じポーズを取ってもらい一緒に祈ってもらった。
「雛菊!これめっちゃうまいぞ!」
「……本当……美味しい……。食べた事…ない味……で甘くて……ほっぺが落ちそう……」
「だよな!ありがとな2人とも!」
「みんなが喜んでくれて良かった!」
「これからいっぱい作っていくから楽しみにしててね!」
ソヒョンやルオシーにも好評だったし2人以外の施設の子ども達や大人達にも好評で、ベニさんが酒入りを異様に喜んでいたから雛菊も喜んでいた。
その日の夜雛菊が眠った後に私はこっそりと起き上がり、ルゥに送る手紙を書き始めた。
今日の雛菊のお菓子作りを見ていて思ったことは、大人用の大きな調理器具を使い続けるのは少し無理があると言うこと。
なので、ルゥに子供用の調理器具を湊崎組に送って欲しいと手紙を書く事にした。
しかし突然調理器具だけが送られてくるのは不自然なので、他の物も適当な理由をつけて送ってもらう。
設定は簡単、人身売買組織の壊滅は新聞で知られているのでそれを見た人から支援をする為に送った事にしてもらう。
調理器具の他に送ってもらうのは、食材、お菓子作りに必要な小麦粉等、日用品や服など兎に角お金以外の生活に必要な物は一通り送って欲しいと書いた。
ルゥ宛に書いて気づいたけどこれはめんどくさがりのルゥではなく、しっかり者のオリバーさん宛に書いた方が良さそう。
その全てを買うお金は私のお金を使って欲しいと書いておこう、ルゥは面倒だと言って自分の金を使っちゃうけどオリバーさんならお願いしたらその通りにしてくれる。
流石に私の我儘に他人のお金を使わせるわけにはいかないからね、今日使わせてくれたお菓子の材料を返せるほどに食材を送っといて欲しい。
それから、諸々を送るのは少し時間をおいてからにして欲しいとお願いした。
私と雛菊がお菓子を作った直ぐ後に子供用の調理器具などが送られてくるなんて、普通に怪しいからね。
手紙を送る為には鳥を呼ばなければならない、呼ぶ為には笛を鳴らさないといけない、笛を鳴らす為には外に出ないといけない、寒いのに出ないといけないのかぁ。
ルゥが作ってくれた鳥笛は鳥がどんなに遠くに居ても聞こえる物なんだけど、それは外で吹いた時限定なんだよね。屋内で吹いても聞こえなくはないらしいんだけど、聞こえづらくはなるんだって。
とんでもない発明品なのにパッと直ぐに作っちゃうし、ポンっと渡せちゃうところがルゥが変人って言われる理由の1つなんだよね。
世界中に売り捌いてもいいのに金儲けには全く興味がないんだよ、億万長者になれるのに。
手紙が書き終わり、足音を立てない様に庭に出て外に誰も居ない事を確認してから笛を吹く……………いつもはこの流れなんだけど、今晩は違った。
呼ばないと来ない筈の鳥がもう庭の低木に静かに留まっていた。
「……まだ呼んでないのに、ルゥの方で何かあったのかな」
不審に思いながら手を前に出すと鳥は柊の手目掛けて飛んできて、勢いとは裏腹に優しく腕に乗った。
腕に乗って早々に鳥が嘴で背中にある鞄をカリカリと引っ掻くので、鞄を開けて中を確認する……中には手紙2通入っていた。
1通はルゥからもう1通はオリバーさんから。
「珍しいな、ルゥは私が手紙送らないと返してこないのに………いや、送っても返って来た事ないか?オリバーさんも代筆が基本なのに、なんで」
オリバーさんは基本返事を書かないルゥの代筆ばかりで自分の名前で手紙を送ることが少ないのだ。
だからこの手紙は大変珍しくて貴重。
珍しすぎる2人の手紙を早速開けて内容を確認する。
手紙を読んでいる間鳥は私の隣で餌を食べて、まったりとしていた。
「…………あー、なるほどね」
ルゥの手紙の内容は私達の父親に関する事。
5年前に私達を売ったお金で遊び倒し、大金を3年で使い果たして、カツアゲや恐喝で日銭を稼いでいる事は知っていた。
私達を売った金は遊ばず、普通に暮らしていれば一生金に困る事が無いほどの大金だったのに、それを3年で使い果たしてしまうとは何ともあの父親らしいよね。
いや、逆に3年も良く持ったと褒めるべきか…………本当に救えない人間。
で、そんな父親が私達のいた施設が壊滅した事を知ったと手紙に書いてある。
記事が出てからまだそんなに日が経っていないのに、情弱にしてはお早い事で。
うーん、でもタイミングが悪いな。
総一郎さんにお母さんの捜索をお願いしてしまった、正直あの父親とお母さんを会わせたくはないのでお母さんが来る前に父親を片付けてしまいたい。
父親の問題は一旦忘れて、オリバーさんの手紙の方には施設長の最期の様子が書き記されていた。
最期まで自分は悪くない、どうして、などを繰り返して死んだそうだ。
何とも施設長らしい最期だな。
あと、こっそり施設長の血液を瀉血して分析してみた所毒の反応は一切しなかったのが分かり、結果としては上場だと文章から喜びが滲み出ていた。
研究者らしい好奇心旺盛な文だな、オリバーさんもルゥと同じ穴の狢だね。言ったら絶対違うって怒られるけど。
それから私の火傷の薬を鞄に入れて置いたので、また足りなくなったら手紙を下さいとルゥ様に報告書と手紙の返事を自分で書かせるにはどうしたら良いですか?と書かれていたので、オリバーさん宛の手紙に新しく言葉を書き足した。
「私に聞くな」と
まぁ、私は優しいのでいつも苦労しているオリバーさんにアドバイスをしてあげよう。
嘘でもいいし、本当でも構わないけど報告書を書く事を渋るルゥに報告書を書いたら柊が教えてくれた珍しい毒や知識を教えると言ってみたら?と書いた。
ルゥは私の知識を兎に角知りたがっているし、毒や薬なんてあって困るものじゃないからね。
素直に書いてくれるんじゃないかな、多分ね。
何回も使える手ではないけど、1回くらいなら使えるんじゃない。
「手紙届けてくれてありがとね。ご褒美の高級餌をお食べ、それとルゥとオリバーさん宛の手紙、気を付けて届けてね。これは前金の餌なんだからね」
「クルルッ!」
高級な餌を平らげてクルッと1鳴きすると鳥は暗闇に飛び立って行った。
そんな鳥を軽く手を振りながら見送り、部屋へ戻る為後ろを向いて…………縁側に人影がある事に気づいた。
誰だろう……いつから見ていた?
「雛菊、いや柊だな。こんなど深夜に何してんだ?」
「目が覚めちゃったから、お空を見てボーとしてたの!総お兄ちゃんこそどうしたの?」
私の後ろにいたのは総一郎さんだった。
いつものように優しい笑顔を向けながら、探るような視線を隠す事なく私に送ってくる。
困ったな、まさか組のトップである総一郎さんに見つかってしまうとは、保弘さんなら誤魔化されてくれそうだし、未来さん達は騙せるけどこの人にそんな誤魔化しは通用しないし誤魔化されてもくれない。
でも、正直に言う事なんて論外中の論外だから誤魔化す他ないんだけど誤魔化し方間違えたら全部終わる。
それに外に出ていることがバレただけで、鳥を見送ってるのが見られたとは限らなッ………
「さっきの鳥はなんだ?鳥が背負っていた鞄から何か……手紙を取り出して読んだ後、お前が持っていた何を入れていたな。手紙は誰からのものだ?」
やっばぁ、最初から最後まで見られてる……手紙を受け取った事も送った事もバレてるし、てか月明かりだけで他に光源なんてないのに良く手紙だって分かったな。
はぁーどうしよう、取り敢えず王道のお友達って事で押し切ってみるか。
「あの鳥さんは柊のお友達の相棒なんだあ!」
「友達?」
「うん!施設に居た時に中庭にいつの間にか来てて、クチバシで背負ってる鞄を開けろって訴えられたから開けてみたらお手紙が入ってたの!」
「手紙にはなんて?」
「病気で暇だから適当に手紙を鳥に届けさせてみた、これを受け取ってくれた人がいるのなら是非とも返事を書いてくれると嬉しいって書いてあった!だからお手紙書いて鳥さんに運んでもらったの!そしたら返事が返って来て、手紙書いてくれて嬉しい出来たら自分が死ぬまで続けて欲しい、自分の正体は言えないからそっちも言わなくていい、でも呼び名がないのは不便だからあだ名で呼び合おうって書いてあった!」
いやー咄嗟に出た嘘の割にはいい感じじゃない?別に最高の嘘とも思わないけど、ガッツリ嘘って否定しずらい内容だよね?
え、変かな。
私が長々と手紙の説明をすると総一郎さんは少し考え込んで、再び私を真っ直ぐ見つめた。
「そんな怪しさ満点の奴とよく文通しようと思ったな、病気も嘘かもしれないだろ」
「う〜ん、お手紙がなんだか寂しそうだったからお返事書いたの!それに柊は施設に居たから危険は無いって思った!外から危ない事が来る事って少なかったから!」
「……そうか、柊に危険な事が無いなら文通を続けてもいい。だが、内容は確認させてもらいたい。その誰とも分からない奴に柊達の居場所や俺達が何をしている人間なのか知られると後々マズいかもしれないからな」
「はッ!そうなんだッ……柊全然考えてなかった、自分の事しか考えてなかったよ。しっかり確認しなくてごめんなさい」
総一郎さんの言う通りだな、どこでどんな情報が漏れるか分からない。
総一郎さんは私がルゥ達と連絡を取っている事を知らないんだから、警戒するのは当然。
素性の知れない人間との文通なんて危ない真似は許されなくて当然なのに、総一郎さんは文通自体を止める事はせず中身の確認だけで許すと言ってくれた。
尊重する義理なんて総一郎さんには無いのに、私の思いや嘘の友人を尊重してくれている。
嘘なのに、怪しいって思っているくせに……それでも私に自由を与えてくれる。
それはきっとまだ組やその関係者、施設のみんなにも実害が出ていながらだろう。
組に実害が出たり、それに近い事が起きれば直ぐに手紙を取り上げられて中身を隅々まで確認され、鳥がどこに飛んで行くかまで徹底的に調べ上げられるはずだ。
もしかしたら、もうすでに調査が始まっているかも知れない………手紙の中身だけと言ってたけど、鳥をもう追いかけているかも知れない……………はぁ、疑うのが癖になり過ぎてるな。
総一郎さんが良いと言っても周りの人達、特に健剛さんや隆之介さんとかは絶対に許してはくれないだろうね。
その人達に動かれたら面倒だし、当分は手紙のやり取りは控えて送る時の文章はそれっぽく書いて、暗号とかを散りばめてやりとりするしか無いな。
「柊が悪いわけじゃ無い、知らなかったんだ。謝る事は何もねぇぞ」
「でも……」
「俺はお前達の自由を奪いたくねぇんだよ。今まで不自由を強いられてたんだ、これからは自由に過ごして欲しい。だから個人的な情報を相手に与えねぇなら文通は続けて問題ない」
「……総お兄ちゃん、ありがとう。次にお手紙届いたら総お兄ちゃんに確認して貰ってからお返事書く事にする!」
「……ごめんな?……柊は本当にいい子だ!ありがとう!」
本当に申し訳なさそうな顔をしながら、総一郎さんは私の頭をグシャグシャにした。
やり取りの許可は出た、でもこの人に私とルゥとオリバーさんのやり取りを見せる事はできない。
だって手紙の内容が到底10歳の少女が理解出来る内容でもないし、書ける物でもないからだ。
せっかく配慮してくれたのに申し訳ない。
見つかって直ぐ辞めたら不審に思われるだろうから、暫くは何気ない日常を綴った手紙を続けるけど早急に他の連絡手段を考えないと、暗号解読とかに時間が掛かって伝えたい情報、伝えて欲しい情報を理解するのに苦労する。
面倒だからルゥに電話とか作ってもらおうかな。
冗談だけど。




