第六十五話『酒』
ガトーショコラとプリンを食べ終え、総一郎さんと和花ちゃんと人形遊びをしていると遠くの方からバタバタと慌ただしい足音が聞こえて……………足音はだんだんと大きくなりこちらに近づいて来てる様だった。
その足音を聞いた瞬間、総一郎さんは素早く立ち上がり部屋を出て行こうとしたが、紫さんに笑顔で引き戻されていた。
2人が攻防を繰り広げている間に足音は部屋の前で止まり、ノックを数回した後声が聞こえて来た。
その声は、なんだか苛立っているようだ。
「失礼します、瑞生です。こちらに総一郎様がいらっしゃると思うのですが、入ってもよろしいでしょうか?」
「はい。いるので遠慮なく入って良いですよ、そして直ぐに連れて行ってください」
「紫ぃぃぃ!」
「失礼します」
紫さんの容赦のない言葉に総一郎さんは半べそをかいており、襖を丁寧に開けた瑞生さんは行動とは裏腹に笑っている顔の後ろから黒に何かが出ている感じがした。
総一郎さんは瑞生さんに掴まれながら必死に襖を掴んで抵抗し、私達全員の名前を呼び助けを求めていたが、全員笑顔で行ってらっしゃいと言ったのを聞いて漸く諦めた様で自分の足で立って労働に戻って行った。
可哀想に……組長なのに社畜とあんまり変わらん。
そんな総一郎さんの事など忘れて和花ちゃんといろいろな遊びをし、一緒にお昼寝までして夕飯になった。
宴会の後から広間で夕食を食べる事が増えたのと、今日はデザートもあるという事で施設組もほぼ勢揃いで広間にいた。
回復しきれていない子達は大事をとって部屋での食事だ、デザートは和花ちゃんと同じ子供用の優しいプリンになっている。
「はいはい!もう知ってる人もいると思うけど、今日はデザートがあるよー!」
「雛菊と柊が作ってくれたんだ!味わって食えよ野郎共!」
知っていると言っても料理人達や幹部達とそれに近しい人しか知らないから、若衆さん達は殆ど頭にハテナが浮かんでいる様だった。
あっちこっちからなんでデザート?いつもは出ないのにみたいな声が聞こえて来た。
文哉さんと和希さんがワゴンを押してそれぞれのテーブルに行き渡る様に、配ってくれているので私と雛菊も手伝った。作った張本人だし、雛菊が配りたそうにキョロキョロモジモジしてたし。
最初に幹部達の席にガトーショコラを配りに行く事にした。
一樹さんにガトーショコラを手渡すと爆速で食べ終えて、口にチョコレートを付けたまま満面の笑顔で話しかけて来た。
「2人とも!これめちゃくちゃ美味しいよ!洋酒が効いててめっちゃ美味い!ビターで甘すぎなくて良いし本当に美味しい!」
「本当に?良かった!」
「美味しいしか感想出て来ないのかお前………確かに美味いが」
一樹さんが興奮気味に話している横で、一樹さんに文句を言いながらガトーショコラを食べている隆之介さんがボソリと美味いと言った。
正直疑う事なく食べていることも意外だし、甘いの好きじゃなさそうなのに普通に完食している事にも驚きだ。
お前らが作ったものなんて食えるか、と突き返されると思ってた。
「お?隆がスイーツ美味しいって食べてんの珍しいな」
「そうだな、いつもは上手く感じねぇけどこれはビターチョコ使ってるからか苦くて美味い。酒も入ってて俺でも食べやすい」
「だよな!美味いよなぁ〜………あれ、これ酒入ってるよな?」
「あ?さっきからそう言ってるだろ。お前も自分で言ってたじゃねぇか」
「これって酒なしも配ってる?」
何を心配してるんだろう?子供の方に入ることを心配しているのかな?
それともアレルギー?でもアレルギーなら酒が効いてて美味しい、なんて言わないよな。
「お酒入ってないやつは子供用で作ったよ?大人にはみんなお酒入り渡してるよ!」
「アルコールは焼いた時に飛ぶから風味だけしかないよ?ほんのりは残ってるかもだけど!」
「やばい……雨音、酒弱いよな?」
「あー、そういえばそうだな?」
「匂いでも酔っ払ってることあったよな?」
「……」
「……スゥ……雨音ッーー!もうガトーショコラ食べちゃったー?!酒入ってるから食べるのストーーープッ!!」
一樹さんが雨音さんがいるであろう方向に向かって声を掛けると、雨音さんがスッと立ち上がった。
なんだ……ちゃんと立ててんじゃん。
ふらふらもしてないし、問題無さそうだけど………と思った瞬間に雨音さんがこちらを振り向いた………その顔を見てあ、ダメそうと思った。
だって……雨音さんの顔が赤鬼にでも変身したのか?というくらい真っ赤っかに染まっていたから。
あら〜〜大変。
「らいじょうぶれす…がとーしょこらうまかっら、おわかりくらはい」
「全然大丈夫じゃない…なんで立った!倒れたら危険だから座って!」
「立ち上がった直後は普通だったのに今はふらふらだね!」
「ぐらぐらだぁ!」
「へぇー!雨音って酒弱かったんすね!飲みに誘っても来ないし、来てもお茶だけなの不思議だったんっすよ。理由聞いてもはぐらかされてたんで知れてラッキーっす!」
「雨音は昔から酒弱いんだよ」
「……昔って?子供もお酒飲んでいいの?」
「あ?何言ってんだ、コイツはとっくに成人してる。子供じゃねぇぞ?」
「ん?」
あれ、法律の本読んだ時は18歳って書いてあったけど、ん?記憶がこんがらがってるのかな…。
「この国の成人は15歳、雨音は18だから成人してから3年は経ってる」
「嘘だぁ!」
「何が嘘なんだよ、こんなとこで嘘ついても意味ねぇだろ」
嘘だ、こんなに日本と似てるのに成人が15歳って……思わないじゃん普通。
……あれ、でも待てよ?じゃあ私も15歳になれば飲めるって事じゃん!あと5年我慢すればお酒飲める!
これは朗報だ!
8年待たないといけないと思っていたから超嬉しいッ。
と幸せを心の中で噛み締めている時、雛菊は雨音さんの介抱をしていた。
「雨音お兄さん大丈夫?これお水!文哉お兄さんからもらって来たから飲んでね?」
「ひらいく、ありあとな……ろむ」
「うん!ゆっくり飲んでね!」
雨音さんはゆっくりと水を飲んでいたが、アルコールでグラグラする様で上手く飲まずに水を少しこぼしながら飲んでいた。
それを雛菊がタオルで丁寧に拭いていた。
雛菊が雨音さんを介抱する姿をみると、懐かしくて……悲しくて……息苦しくて……愛おしい……。
雛菊は姉さんじゃない、雨音さんは天音じゃない、顔や言動が奇跡的に一緒なだけで生まれ変わりじゃない。
だってほら、今だって介抱しているのは一緒だけど私の家族は逆だった。
雨音さんはお酒が弱いみたいだけど、天音は酒豪だった。
姉さんの方が激弱で良く天音に介抱されていた……本当に今とは反対だった。
でも、そういう違いが苦しい……。
顔が似ている分、尚の事苦しい……2人が並んでいるのを見るのも苦しい……なのに並んでいるのを見ると嬉しい……この矛盾が苦しくて、でも幸せだ。
たとえ他人の空似だとしても。
はぁ、情緒どうなってんの私。
「柊、どうかした?」
「ううん、どうもしてないよ!」
「嘘だね!また苦しそうな顔してるよ?どうしたの?……また思い出しちゃった?」
「……思い出しちゃったけど、これは苦しくても大丈夫なやつだよ。苦しいけど、幸せな思い出」
「そっか。幸せなものなら大丈夫だね!でも、今度苦しくなったら直ぐに教えてね!」
「……うん、ありがと」
雛菊は人の変化に敏感な子供だ。
特に長く一緒にいる私やお母さんの少しの変化に直ぐに気付いて側に寄って来てくれる。
今も周りの人に聞こえない様に、小声で話しかけてくれたし。
雛菊は本当に10歳でまだまだ子供なのに、前世の年齢を足したら30歳超えてる私よりもしっかりしている時がある。
過酷な環境で育った雛菊を支えないといけないのに、私はこの子に時々甘えてしまう。
本当に気を付けないといけない。
最近前世の事を思い出し過ぎて暗くなり過ぎているよな、それも気を付けよう。




