第六十四話『お届け物です!』
プリンを和花ちゃんに届ける為に私達が廊下を歩いていると、前方にゼンさんが歩いているのが見えた。
ゼンさんの存在を認識すると雛菊は勢い良く走り始め、ゼンさんの背中に思いっきり飛び付く。
雛菊が飛び付いたのに私が大人しく歩いて近づいたら今まで築き上げて来た、元気いっぱいの柊のイメージが崩れてしまうので同じ様に走って飛び付いた。
「ぜんちゃーーん!とつげーき!」
「とつげーーき!」
「あら?ひなちゃんとひいちゃんじゃないの、急に抱きついて来てどうしたの?かわいいわね」
雛菊と一緒に全力疾走で飛び付いたのにゼンさんは全く微動だにせず、ケロッとした様子でこっちを振り返った。
ガタイが良いから体幹もいいんだろうか?体がふらつく感じも全くなかった。
凄いけど、ちょっとつまらない……転ぶとかは危ないけど、少しくらい驚いてくれてもいいのに。
今度恋さんとかひかるさんにでもやってみようかな、いい反応してくれそう。
未来さんはゼンさんと同じ反応しそうだから候補から外します。
「たまたまぜんちゃんみつけたから、嬉しくてとつげきしてみた!びっくりした?」
「びっくりした?」
「ふふ、ええとっってもびっくりしたわ!私も会えて嬉しいけど、転けたら危ないから走ったらダメよ?」
「はーい!気をつけます!」
「気を付ける!ぜんちゃん、せっかく会えたからこれあげる!」
怒られた事を全く気にしていない様子に苦笑いしているゼンさんの目の前に、雛菊が小さく切って綺麗に可愛くラッピングされたガトーショコラを差し出す。
ゼンさんは突然出された物にキョトンとしていたけど、素早く手を出して受け取ってくれた。
「ありがとう!とっても可愛くラッピングされているわね、これはガトーショコラかしら?」
「そうなの!美味しいよ!」
「銀おじさん達と一緒に作ったの!」
何故、配り歩く事を断念したガトーショコラを持っているかと言うと、雛菊が残念がったから。
サンタさんの真似事がしたかった様で、配り歩けない事に見るからに落ち込んでいたので銀次郎さんが小さく切ったガトーショコラを1つずつ入れてラッピングしてくれたのだ。
配り歩く用ではないけど、プリンを届ける途中であった運のいい奴に渡してやれと言ってくれた。
あと、和花ちゃんの所に行くなら紫さんもいるし仕事をサボっている総一郎さんもいるだろうと多めに持たせてくれた。
「あら、もう銀次郎ちゃん達と仲良くなったの?羨ましいわねぇ〜!」
「ぜんちゃんも銀おじさんと仲良くしたいの?」
「いやだ!違うわよぉ〜私が気になってるのは、文哉ちゃん!銀次郎ちゃんじゃないのよ。定期的に口説きに行ってるんだけど、はぐらかされちゃうのよ」
ゼンさんは文哉さんの事が気になっているのか、でも恋愛って感じよりかっこいい先輩とか後輩を見て、きゃーきゃー言ってる女の子達に近い感じがするな。
ワンチャン狙って口説いてる感じもする。
ワンチャンなさそうだけど、だって文哉さん他に好きな人いるっぽいし。
「そう、なんだ……?大変だね!」
「…よく分かんないけど、応援してるね!頑張って!」
「応援ありがとうね!お菓子もありがたく頂くわね、私のお部屋に紅茶もあるから良かったら2人も一緒に食べる?」
「ううん!雛菊達和花ちゃんにプリンをお届けするから今日はご一緒できない!」
「また今度一緒にお茶しよ!」
「あら、そうなの?残念だわ〜でも仕方ないわねまた今度、一緒にお茶の約束忘れないでね!」
お茶の約束がまた増えてしまった。
まぁ、海斗さんの時の様に雛菊が嬉しそうにしてるからいいか。
一応ゼンさんとお別れをする前に他の人の分は夕食に出る事になってるから、秘密ねと約束をしてデザート楽しみにしててねとも言った。
「コンコンコン!紫お姉さんこんにちわ!雛菊と柊だよー入ってもいいですか?」
「美味しいお届け物でーす!」
「入っていいよ〜」
「「お邪魔しまーす!」」
部屋に入ると和花ちゃんと紫さん……そして銀次郎さんが予想した通り総一郎さんが、寝っ転がりながら和花ちゃんとお人形遊びをしていた。
見事大当たりだね銀次郎さん、それにしてもなんてだらしない格好だろう……最初の威厳ある姿はいずこに。
「あ!総お兄さんいる!銀おじさんが言った通りだったね!」
「だね!」
「……サボっているのお見通しだったか、あの人には敵わないな……」
「良い風に言ってるけど、総くんがサボってる事知らないのは新人の子達だけで、殆どの組員は知ってるからね?また瑞生くんに怒られるよ、海斗くんにも仕事増やされるからね」
「それはやだなぁ〜でも俺は紫と和花とのんびりしててぇんだよぉ〜遊びてぇんだよぉ〜仕事したくねぇ〜」
「夕方には帰って来れるんだから、我儘言わずに早く行って来なさい。ほら、雛菊ちゃんも柊ちゃんも総くんのだらしない姿見て引いてるよ」
いや、別に引いてはいないよ。そこまでではない。
私も前世では仕事行きたくなかったから、気持ちは非常に良くわかる。
ただ、成人男性が畳の上でゴロゴロと子供みたいに駄々をこねてる姿には目を逸らしたい気持ちかも。
「……引いてないよ!お仕事大変だね!お疲れ様!」
「総兄さん!このガトーショコラ食べて元気出して!」
「……ガトーショコラ?」
「雛菊達が銀おじさん達と一緒に一生懸命作ったんだよ!これ食べて雛菊幸せな気持ちになったから、総お兄さんにも食べて幸せな気持ちになってほしい!それで、お仕事頑張って!」
「〜〜ッッッッ!雛菊!お前は優しくて良い子だなぁ!」
「紫お姉ちゃんと和花ちゃんの分もあるよ!和花ちゃんはプリンだけど良かったらどうぞ!」
「柊ッ!お前も良い子だ!」
総一郎さんは感激ッと言った感じで私達の頭をボサボサにしてくれた、せっかく朝可愛くしたのに許せん。
そんな事を思ったら紫さんが察してくれたのか髪の事を怒ってくれて、綺麗に元に戻してくれた。むしろ今の方が綺麗な仕上がり、やりおる。
雛菊が差し出したガトーショコラはしっかりと総一郎さんの手の中にあって、毒味をする事なく口に放り込んだ。紫さんも同様に疑う事なく綺麗な動作で口に入れた。
調理場で作ってるから怪しい動きをしたら直ぐにバレると思うけど、万が一のことを考えて毒味させるのが普通なのに、2人は肝座ってんね。
「うっま!ほんのり洋酒の風味がするな」
「……ん〜美味しい!確かにラム酒かな?鼻に抜けて美味しい」
「だろ?これはいくらでも食えるわ、もっとねぇのか?」
「夜ご飯のデザートで出るよ!」
「これよりももっと大きいの出る!」
「まじか!それは楽しみだ!」
総一郎さんと紫さんは本当に楽しみだと、優しい笑顔で言ってくれた。
「まーまー!ちょらい!」
「ちょっと待ってね。和花はガトーショコラ食べられないからお姉ちゃん達が持って来てくれたプリン食べようね〜」
「あーい!」
和花ちゃんはガトーショコラには見向きもせずに、プリンにまっしぐらだった。
プリンを口に入れた和花ちゃんは、それはそれは蕩けた顔で可愛かった。美味しいと思っているのが伝わってくる。
雛菊以外を可愛いと思うことってそんなにないんだけど、今の和花ちゃんは本当に可愛い。
その可愛い和花ちゃんを見つめて幸せそうに笑っている雛菊はもっと可愛い………雛菊は妖精だ、妖精が天使を見てる……。
可愛いなぁ。
そんな和花ちゃんを見てた紫さんが、今度作り方教えてと言ったので雛菊と共にもちろんと答えた。
ゼンさんに続いて、また約束が増えた。




