第六十一話『お菓子作り』
「たのもー!!」
「お菓子作らせてー!」
調理場に響き渡る様に放った言葉は、朝食を作り終えて休憩している料理人達の耳へとストレートに届いた。
「おう!ヒナヒイじゃねぇか!」
「2人ともおはよう。もう朝ごはん食べたの?」
「うん!今日もとっても美味しかった!いつもありがとう!」
「お腹に優しくて、体がポカポカになったよ!」
「それは良かった。それで、急にお菓子が作りたいってどうしたの?」
「そう!ガトーショコラが食べたいの!」
「雛菊は自分で作ってみたいの!」
私と雛菊はぴょんぴょんと元気いっぱいに飛び跳ねながら、10ページ程しかないお母さんが書いてくれたレシピ本を銀次郎さん達に見せた。
「ガトーショコラは比較的簡単なお菓子だね。作りの工程で危ない事もそんなに無いし、側で僕達が見る事と2人にはちょっと難しい作業のお手伝いさせてくれる事が条件だけどそれでもいい?」
「いいよ!お手伝いうれしい!」
「雛菊達我儘言ってるし、初めて作るから一緒にいてくれると嬉しい!」
お菓子作りは意外に難しいから文哉さんが付いててくれるなら安心だ。
そんな事を思いながらレシピ本をから顔を上げると、私達が手に持っているレシピ本を覗き込みガン見しているロリコンがいた。
「わあ!びっくりした!」
「あ、え、と…あの、これ誰が、エッかわッ!待って思った以上に近づいてたむり…」
「川?皮?」
「むり?」
「あぁ〜〜〜〜〜今のは気にしないで、こいつはパティシエなんだ。2人がその本を見せながらお菓子作りたいって言ってたから、ガトーショコラ以外にもお菓子のレシピが載ってるんじゃ無いかって……それだけを考えて無意識に近づいて来たから、2人に意識が行ってなかったんだ。そいつお菓子には目がないから」
「わあ!パティシエさんだったんだね!」
「目が無いなんて柊達とおんなじだね!」
正直すごく意外だ、料理人見習いだと思っていたのにパティシエだったとは。
ロリコンの新しい情報が知れたね。
全然要らない情報だけど。
「こ、このレシピ本に書かれてる……カヌレってどういうお菓子なの?」
「どういう?うーん、外はカリッカリしてて〜中はふっわふわのとっても甘いお菓子だよ!」
「そ、そうなんだ」
「これに詳細が載ってるから見てみる?」
「いッ!いいの?是非!見せて欲しい!」
「「いいよ!はい、どうぞ!」」
雛菊と一緒にレシピ本を差し出すと、さっきまで至近距離にいたのにも関わらず私達に近づかない様に手だけ目一杯伸ばしてゆっっっくり恐る恐る本を受け取り、1ページ1ページ隅々まで読み始めた。
「2人ともごめんね、ロリコンってだけでも怖いだろうにいきなり近づかせて本まで見せてくれてありがとう」
「ううん、柊達全然怖く無いよ!ロリコンさんとってもいい人!」
「お目々が優しい人!怖い人は目が何だか怖〜いの!だからロリコンさんは全然、怖く無いよ!」
「……そっか、ありがとうね」
私達に危害を加えようとする人間は何となく雰囲気で分かるし、何よりも目で直ぐに分かる。
そういう人は目の奥が濁っていて、子供に危害を加えようとする雰囲気が顔に出てしまうのか……笑顔が少し歪だったりする。まぁ中には一切汚れのない綺麗な笑顔向けて来ながら、危害を加えてくる人もいるけど。
このロリコンにはそれが全く無い、本当に愛おしい者を見る様に私達を見てくる。
好きなアニメを見てる時とか、綺麗な景色を見ている時とかに近い目線だね。
今は私達には目もくれずにレシピ本を真剣に見ているから、仕事に真剣なロリコンなんだとちょっとイメージが変わった。
本当にちょっとだけ。
「これすごいよ!文哉くん!ボク達の知らないお菓子もたくさん載ってる!あっ、2人とも…これってだッだれが、書いたの?」
「これはね!柊が考えて、お母さんが紙に書いて本にしてくれたんだよ!すごいでしょ!」
あ、雛菊言っちゃった。
そう言えばレシピ本の事は、雛菊に言わないでってお願いするの忘れてたよ。
このレシピ本は4歳頃に日本のお菓子が食べたくて食べたくて、どうしようもなくなった時にお母さんに書いてもらった物だ。
今世は貧乏過ぎて食材を買う事が出来なかったから、レシピを見るだけで我慢できる様に書いてとお願いをした。
見るだけでも心が膨れて結構重宝したんだよね。
クッキーとかは作れたんだけど、砂糖とかは高くて買えず甘く無いクッキーにガッカリした時は、お母さんに申し訳ない事をしたと今でも反省している。
クッキーの材料だって安く無いのに、頑張ってやりくりして作ってくれたのに、ごめんね。
「きっ君がこれを!?君は天才だよ!可愛いだけじゃなくて賢さまで兼ね備えているんだね!?これ程素晴らしい物を自ら作り出せるなんて素晴らしいよ!」
「……えへへ!」
どうしよう、このレシピ私が一から考えた事になっちゃった……。
前世の各国の料理人達が苦悩しながら作り上げた物なのに、今すぐに私じゃないと言いたい。
今ここで言わないと後々自分の首を絞める事になる、でもここで私が考えていないと言ったところでそれならこのレシピは誰が考えたのかと聞かれる、適当に母親だと答える事は出来るがもう時期母も湊崎組に来るだろう……そうなった場合お母さんを困らせる事になる……それは本意ではない。
絶対にダメ。
だからと言って異国の本とか言ってもどこの国って聞かれたら困るし、万が一この組にその国出身の人とか居たら1発で嘘だとバレる………でも前世の国のお菓子なんですぅ〜なんて言う訳にはいかない……………………………………………うん、黙っておこう。
前世の料理人の皆様大変申し訳ございません。
天国に訪れ、もしも出会う事があったならばしっかりと罵倒を受け入れます、会えずとも姉さんと天音にたっぷり叱られますので、それでご容赦ください。
「こ、このレシピ本貰っちゃ駄目?」
「それはだめーー!」
「お母さんが柊達の為に作ってくれた物だからあげられないーー!」
「そ、そうなんだ。そうだよね……大切な物だもんね……」
2人で一斉に否を唱えるとロリコンは凄く悲しそうな顔をして、肩を落としながら名残惜しそうにレシピ本を返してきた。
そんなロリコンの姿を見て雛菊が何かを言いたげに私の顔をガン見してきたのでチラリと視線を向けると、ニッコリ笑いながら訴えてくるので仕方なく………ほんっとうに仕方なくロリコンに妥協案を提案してあげた。
「……あげる事は出来ないけど、貸してあげる事は出来るよ!」
「書き移してもいいよ!」
「〜〜〜っ!ほ、本当に?本当に貸してくれるの?書き移してもいいの?!」
「うん!あっでも絶対破いたりしないでね!」
「そうそう!大切に扱ってね!」
「うっうん!もちろんだよ、僕の命より大切に扱うよ!」
「「命は1番に扱ってあげて!?」」
調理場に来た時はいつも物陰からこっそり見てきて、定期的に悶え叫んでいる印象しかなかったけど話して見ると穏やかで優しくて……とんでもなく面白い人だな。
リアクション一々大きいから雛菊がその度にびっくりしてるけど、なんだかんだ楽しそうにしているからもっと早くにこちらから話しかけても良かったかも?
あ、てかレシピ本の事で話が逸れたけど今日の目的はガトーショコラを作る事じゃん。
因みに突然作ると言った理由は、雛菊が食べたいと言った事と組の人にお礼がしたいと言ったから、理由はこの2つだけ。
ロリコンに作りたい物を言うと材料は調理場の食材で出来るので、是非それを使って作って欲しいと言われた。
お礼なのに申し訳ないと雛菊は言ったけど正直お金は今手持ちに無いし、どこに買いに行ったらいいかも分からないし、何より私達は狙われている可能性が高いのだから安易に外を出歩くべきではない。
それにしても地球の食材がこの世界にもあって良かった、なかったら似た食材を探さなければいけないし、どういう食材かをこの人達に説明するのは骨が折れそうだ。
無い物の説明を怪しまれずに伝える術を私は残念ながら持っていない。
というわけでレッツクッキング!
「まずはチョコレートを湯煎にかけようか、使うのはこの板チョコね。子供用包丁の用意がないからボクがやっちゃってもいいかな?怪我したら大変だし、ふっ2人の可愛い手に傷が残ったら大変…でしょ?」
「お兄さんありがとう!」
「お兄ちゃん優しい!」
「いや〜本当に変態ロリコンお兄ちゃんやーさーしーいー、でも可愛い手って言うのは若干キモイからやめような?」
「かっ!揶揄わないでよ文哉くん!文哉くんはこの子達の可愛い手に傷が付いてもいいの!?」
「それは絶対に良くない、でも怪我したら大変、まで良かったのに可愛い手って付けるのは変態度が増す」
「…そ、そんな」
雛菊の笑顔と優しい言葉に顔を真っ赤にしているロリコンに、文哉さんは棒読み過ぎる野次を飛ばしている。
文哉さん、ロリコンと話してる時は雰囲気や言葉遣いが変わるんだな。
ロリコンも文哉さんに喋り掛ける時は吃らずにスムーズに喋っている……上司の筈なのに君付けしているし付き合いが長いのかも?それか重度の人見知りで慣れた相手になら吃る事なく話せる様になる人なのかも知れない。
「あ、じゃあ細かく切ったチョコと時短の為にバターも一緒に湯煎しちゃおうね」
「はーい!」
「りょーかい!」
ロリコンに言われた通り、ボウルに入れた刻んだチョコとバターを雛菊と一緒に湯煎していく。
組の人達みんなに配ろうとしているので1人1ボウルを持って、銀次郎さん達以下全ての料理人達が一緒に作ってくれた。
私と雛菊は身長が足りないので行儀は悪いけど、椅子の上に立って作業を進めた。




