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シオンの涙雲(改訂版)  作者: 居鳥虎落
第一章

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第六十話『ある男の死に様②』


「お前がどうしてそうなったのか、答えは簡単だ。お前が愚かだったから……これに限る」

「……おまえ、誰だ?」

「お前とは無礼だな。だが今は気分がとても良い許してやる」

「おい」

「お前は疑問に思わなかったのか?柊が自分の全て差し出すから姉である雛菊を売らないで欲しいと、お前に直談判した事に。売るなら2人で一緒にと言った事に、頭のいい柊ならお前のようなクズが自分の買った商品の願いを反故にする事くらい考えればわかったはずだ。なのにあえて言った……何故だか疑問に思わなかったのか?あいつと一緒に過ごして、仕事をして、本当に何も?」

「なに……?」

「お前が雛菊を売ろうと商談を進めていた事が何度もあっただろ?それを柊が把握していないとでも?本当に何も知らない、姉が大好きなだけの子供だと信じて疑っていなかったのか?」



 頭を抱えて考え込んでいたカミラティの後ろに、水色の髪をした白衣姿の人間が突如として現れた。

 その人は、まるでその場に椅子があるかの様に空中に優雅に座っていた。

 その隣には従者のように男が仕え立っていた。


 こいつらは誰だ、何者だ?

 どこから地下牢に入った。

 それに、さっきから何が言いたい。

 柊は確かに頭がいいが、そこらの同い年の子供よりはと枕詞がつく程度だ。

 決して俺みたいな選ばれし人間のように頭がいい訳でも、天才と言われる人間のように頭が良い訳でもない。

 俺が雛菊を売ろうとしている事に気づいていた?

 確かに数回売ろうとはした、だが気づいているわけがない。そんなわけはない。

 現に柊は俺が男爵に売った子供を何も知らずに見送っていた。

 あの気持ちの悪い男爵に笑顔を見せていたし、他の客にも家族になるかもしれないからと楽しそうに話していた。

 純粋なただの子供だ。

 


「あの双子はな賢いんだよ、知っているか?特に妹の柊は面白くてな。私が書いた論文をまるで絵本を読むように楽しそうに読み、その内容全てを理解していたんだよ!面白くないだろと聞いたら、どこがどう面白いのか語って来た。目の前にいる人物がその論文を書いた人物だと気づきもせずに」

「は?……そんな訳…」

「それだけじゃないんだ、柊の面白いところは。これは知っているか?柊はな、大切な人間を守る為ならどんな人間が目の前で死んでも、顔色1つ変えずに眺めている様な人間なんだよ。実に面白いだろ?でも感情が存在しないわけじゃない……。施設に良く出入りしていた気色悪い男爵が居ただろう?あいつに殺された子供を見て、傷ましそうに…苦しそうに、黙祷をしていたんだ。分かるか?つまり…あいつは大切な人間が関わった死については必要な死だと何とも思わずに、それ以外の死については悲しい出来事として受け止める感情はあるんだよ。な?とんでもなく面白いだろう?」


「お前は、何を言っている?確かに2人は賢かった。柊の方は特に。だが、柊は雛菊と同じ様に純真無垢だ、元気があるだけのガキだ。爺さんが死んだ時は雛菊と一緒に泣いていたし、男爵が弄んだ子供の死体を俺が処理している事になど全く気づかずに、笑って過ごして手紙を送っては帰ってこない、きっと男爵家での生活が楽しいんだと当然のように言っていた。死体など見せた事はない」


「お前は本当に愚かだな。言っただろう、柊は姉である雛菊が関わっていない死については悲しめるんだ。だから爺さんが亡くなった時雛菊達と一緒に泣いた。男爵に買われた子供達の死体を見せていない?お前、そもそも隠していなかっただろう。そこら辺に放置する事はなかったが、商品達が死んだ時にその死体を埋める場所と同じ場所に殺された子供達を埋めていただろう。それを柊は見ていたんだよ」


「見ていた?死体を埋めるのはいつも施設の外の森だ。マイクロチップが埋め込まれている柊は商品保管区域からは出られても、施設の外には出られないはずだッ」


「あぁ、あのチンケなマイクロチップの機能なら私が停止させておいた。実につまらない代物だったよ」



 柊の話をしている時は心底楽しくて仕方ないと言うように話していたのに、マイクロチップの話になった途端キラキラと輝いていた目から光が消えて、顔が心底つまらないと語っていた。


 な、なんだと、いつからこいつは機能を停止させていたんだ?

 裁判の時に機能しなかったのは、取り除かれたからではない……そうだ湊崎の連中が機能は停止されていたと言っていたではないか。

 この女だったのか。



「おッお前の!お前のせいか!お前のせいで!俺の人生は狂ったのか!?」

「あながち間違いではないが、柊が面白い人間ではなかったら私は手を貸していない。お前がクズなのには変わらないが、柊の大切な人である雛菊を大切にしていればもう少し慈悲があっただろうな」

「なに?」

「お前は裁判の際、柊に助けて貰えなかっただろ?お前という人間が柊にとって利用価値のある人間であったならば、裁判の時にフォローを入れたはずだ。雛菊に優しくしていたならば、多少の感謝で何かあっただろうな?……いや、それよりも前に湊崎組の人間が施設に来れない様にすることも出来ただろう。でもしなかった、柊はお前を切り捨てたんだよ。もう利用価値がないとな」



 この女はずっと何を言っているんだ、柊が俺を切り捨てた?

 あいつはまだ子供だ、そんなことを考える頭なんてないだろう。

 それにあいつに切り捨てられた?あり得ないそんな力持っていないだろ。

 矮小な男が捨てた小汚い子供だったはずだ。

 

 殴られてもヘラヘラと笑って、命令には常に忠実。

 雛菊に優しくしていれば?利用価値があったなら?湊崎組を来られないようにする事ができた?

 そんなこと、出来るわけがない。

 あり得ない。

 絶対に。




「お前の体調にしてもそうだ」

「………体調?ッ体調が何だっていうんだ。まさか俺のこの原因不明の病が柊の仕業とでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。大体お前は誰なんだ……どうやってここまで入ってきたッ」

「答えてやる柄もないが答えてやろう。私は地球の偉人のように心が広いからな」

「ちきゆう?」

「ふふッ……私の知らない知識……知らない人物……知らない歴史……知らない料理………柊が聞かせてくれる全てが面白い。中でも偉人の話が秀逸でなッ……」

「ルゥ様、話がされています。お戻し下さい」

「……ふぅ、まずどうやってここ入ったかは企業秘密だ。お前が漏らす可能性があるだろ?だから言えん。私が誰かに関しては……そうだな柊の友であり師匠であり、()()()()1()()と言っておこう」



 友達師匠で保護者、そんな存在がいると2人から聞いた事がない。

 あの小汚い父親、面倒方そのまま持って売りに来やがったのか。



「ああ、勘違いしているようだから訂正してやろう。あの父親は何も知らないぞ」

「は?」

「あの父親は柊が私と出会った事も知らなければ、師事していた事も知らない、保護者の1人として守っていた事も知らなかったからな」

「知らない…………保護者の1人、とはどういう意味だ」

「それは言えん」

「なっ!答えると言っただろ!」

「お前に答えられるものは答えると言う意味だ、何でも答えると言う意味ではない。それに私はここにいる事さえ不快でならないんだ、柊が面白い物をくれると言うから仕方なく来てやっただけだ。お前に伝えるものに保護者の件は入っていない……はぁ、全く面倒だ、お前の体調の話に戻るぞ」

「………」



 本当に何なんだ、この女は。

 心が広いんじゃなかったのか。

 しかし、大人しく従っておくのが賢明だろう。

 伝えるものと言う言い草的にその全てを伝えるまでは帰る気はないんだろう………それに話を聞いたらこの体の不調も治るかも知れない。



「お前の不調原因は毒だ」

「ど、く?」

「あぁ、柊から体に良いと珍しい茶を数年前から出されていただろう。その茶は毒草から作られた物だ。それは柊が発見・研究をしていたもので私がその研究を受け継いで完成した物だ。無味無臭、触っただけで人が死ぬような代物。それを極限まで薄めると体内に取り込んでも直ぐには死ぬ事がない、超遅効性の毒にする事が出来るんだよ。犯罪者の1人で実験したから効果は保証済みだ。ただお前のはその極限まで薄めた毒を更に薄くしたものだ」

「…あ、あのガキッ!俺になんて物をッ………変だと思ったんだッ茶なんて取り寄せてないのに、客に貰ったとかで毎日毎日持って来やがった。……漸く従順になったと思っていたのに、毒だったのかッ……」



 柊の奴が施設に出入りする商人を好き勝手に使えるわけがない、そもそもそんな金渡していないし持っているのを見たこともない。

 なら、毒を柊に届けていた人間がいたはずだ。

 そいつは……



「……お前、だな」

「おや、頭が悪いと思っていたがそうでもなさそうだな。そうだ柊に毒を渡していたのは私だ、しかし勘違いするなよ?私はお前に飲ませろと言った覚えはない。……毒をくれと言ったのは柊だ」

「……柊が人を殺す事を考えるなんて……あり得ない」

「まだ理解していないのか?さっき説明してやっただろう。柊は雛菊の為なら何だってやる……人殺しさえ、厭わない」



 おれは、柊に殺される程恨まれる事をした覚えがない。

 俺は何もしていない……少し魔が刺したこともあるが結局雛菊だけを売っていないじゃないか………。

 柊の事も、雛菊の事も殴った事は何度かあるが………頻繁には殴っていない、そうだろ?



「ははッ、まるで心当たりがない……と言う顔だな。お前は恨まれる事をしているよ」

「……覚えがない」

「お前が雛菊を売ろうとした客は……あの男爵だったはずだ」

「ッ!」



 ど、どうして誰にも言った事がないのに……どうして。

 俺は雛菊をあの男爵に売ろうとした。

 柊はおれにとってまだまだ利用価値があったが、雛菊は本当に無邪気なただの少し頭のいい子供だった。

 あんなに顔が整っていて頭の出来も良い雛菊を置いておく事も、柊とセットで売る事も施設側としてはどっちも痛手だった。

 金にならない物を置いておくのはリスクだ、セットであるとなったらどんな金持ちであっても買うのは厳しい。

 ……でも1人なら無理をしたら何とか買える金額に出来る。

 何より、売れぬまま成人してしまったら売値が下がってしまう。

 今のあの状態が1番高値で売れるんだ。

 雛菊を売るな……売るなら柊とセット、その約束もおれに守る必要なんてない。売ってしまえばこっちのものだと思っていたんだ。



「お前の考えている事は手に取るように分かるが、柊はお前の仕事を手伝っていたんだ。雛菊を売ろうとしていた事は当然把握していた」

「そ、そんな……」

「まぁ、自業自得だな。じゃあ毒の話に戻していいか?」

「……その話はもう終わったんじゃないのか」

「体調不良の原因が毒と言う話は終わったな。だが、私が来た1番の理由もお前に仕込んだ毒なんだよ」

「……」

「お前に飲ませていた毒はまだまだ試作品なんだよ、正確な作用を見ておく必要があるだろう?長期間飲ませ続けたらどうなるのか非常に気になっていたんだよ。柊に手紙を送ってはもらっていたが、結果は自分で見るに限る」

「おまえ……」

「解毒薬がまだ開発できていないんだ。何かの参考になればと私はここに来たと言う事だ。……あぁ、因みにお前が死にそうだと教えてくれたのも柊だ」

「はは、なるほどな」



 こいつが来た理由はおれ。

 何故ここに俺が居て、もう直ぐ死ぬ事を手紙で柊が伝えたから来れたのか。

 つまりこいつは……こいつと柊は……。



「おれを実験体にしていたんだな」

「気づくのがだいぶ遅いな。毒を飲ませている話が出て来た段階で疑うべき事だぞ?」



 


「私は毒の実験が出来さえすれば誰でもいいと言ったんだが、柊が犯罪者等以外は実験体にしたくないと言うんでな。仕方なくそれらを使ったんだ、あまり治安が良くない所で実験をしていたおかげで実験は捗ったよ。お前に関しても調書だけだったが大変参考になった。子供が持って来た知らん味のお茶を何の警戒もなしに飲む考えなしで本当に助かったよ」

「……おれはこれからどうなるんだ」

「処刑を待つ事なく死ぬだろうな。だが安心しろ、何の苦痛もなく眠る様に死ねるだろう。そういうふうに作っているからな」

「そうか、ならもう俺には用は無いだろう……。さっさと帰れよ」

「さっきまで騒いでいたのに随分投げやりになったな」

「どうせ俺は死ぬんだろ…解毒薬もないならお前に用は無い。毒で死のうが打首で死のうがどうでもいい」

「それもそうか、私は毒の効果が見れさえすれば満足だ。お前の望み通り帰ってやるとするよ、もう会う事はないだろう……じゃあな」



謎の女は友達と別れる様に、俺に手を振って牢屋から出て行った。

 柊がおれを裏切っていたなんて、ただのガキだと思って甘く見ていたおれのせいか、躾けていれば裏切らなかったのか。

 柊の思惑に気付き、雛菊を人質にでも取っていれば良かったのか。

 柊が持って来た茶に手をつけなければ良かったか。

 ……おれは、どうすれば死なずに済んだんだ。



 男はまた、永遠に答えの出ない……出たとしても戻ることの出来ない過去の事を考え続けて、衰弱し眠る様に死んだと新聞で国中に届けられた。








「柊はな……私と同じなんだよ。家族の為なら、大切な者の為なら身を粉にして動ける人間……それを苦だと思っていない。雛菊よりは優先順位が遥かに下になるが、柊に恩を売っていれば柊にとって手助けする対象になる。その事に始めに気付いていれば、死なずに済んだかもしれないな」


「それ、カミラティにも言っていましたが流石に無理ゲー過ぎるのではないですか?だって柊が本心を表に出す事なんて、雛菊やルゥ様の前以外ではあり得ません。いい子ちゃん振ってる内は信用していないと言う事です。そんなんでどうやって恩を売ればいいと言うんですか?」


「やり方は無限大にあっただろう?まず始めに雛菊を大切にすればいい、そうすれば雛菊が心を許す。その後に雛菊が懐いている人間のケアも欠かさなければ、柊は多少手助けしただろう。あくまでも多少だがね、あいつが悪党である事に変わりはないからな」

「はぁ」

「そもそも、雛菊は売らないで欲しい。売るなら柊とセットという条件はカミラティが自分の願いを聞くかの実験みたいな物だったんだろう」

「あぁ、柊にしては随分素直に自分の願いを口にしていたなと思ったんですよね」

「それさえ出来ていれば、信用を得て死ぬことはなかったのにな」



 至極簡単なことの様に言っているが、それがどれだけ至難の業かこの人は分かっている癖に言ってるんだから本当にタチが悪い。とルゥの弟子であるオリバーは自分の師匠を見つめながら思った。



「それにしても、残念だ。あいつが王になんて捕まらなければサンプルとして死体を冷凍保存したかったんだがな」

「……また柊にマッドサイエンティストと言われてしまいますよ」

「………私の周りの研究者はみんなやっていたことだぞ?」

「師匠の周りにいる人達はまともな研究者ではありません」

「………それもそうか、しかし久しぶりに柊と雛菊に会えると思ったのに、犯罪者と話しただけで帰らなければならんとは人使いの荒い上司を持つと大変だな」

「私も会いたかったですよ。ですがあの湊崎組の人間がいるのに近づく事は出来ませんし、組に赴く事も今は難しいです。当分は手紙のやり取りだけになりそうですね」

「はぁ、仕方ないな。そろそろ厄介なのがもう1人動き出しそうだ、柊達のためにそっちの対策でもしておこうかね」

「ですね」



 そうして、2人の師弟はローブを目深に被りその場で空中に浮いて王城を去って行った。


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