第五十九話『ある男の死に様①』
私の人生は素晴らしいもののはずだった。
子爵家の長男として生まれ落ち、そこら辺の平民よりは贅沢三昧暮らしていた。
ずっとその生活が続くと思っていたんだ。
しかし、そんな生活は私が当主になった年に終わりを告げた。
父親の横領が国にバレたのだ。
全て父のせいで、私は何も悪く無かった、何も知らなかった……なのに私は全てを失ったのだ。
……友人も家族も婚約者も地位も約束された輝かしい未来も、何もかも失った……父に奪われたのだ。
しかし、神は私を見捨てはしなかった。
私はどん底にいる中で新たなビジネスを思いついた。これは私がスラム街に身を置いていなければ見つける事の出来なかった物だ。
その商売は、捨てられた子供を売る事。
スラムでたまたま遭遇した子供が捨てられる現場を見て、正直邪魔だと思っていたがその子供を気に入って拾った貴族がいたのだ。
その光景を見て私が貴族として蘇るにはこれしかないと、思った。
それから私は捨てられた子供を家族にしてやると唆し適当な子供を欲しがっている人間に売るを繰り返した。
ある程度資金が貯まったら少し大きな建物を買って、そこで孤児院の様な事を始めた。
子供の泣き声や我儘に付き合うのは性に合わず思わず手が出そうになったが、まだまだ始めたばかりの孤児院もどきでそんな事をしたら直ぐに広まってしまうと考え直し我慢をした。
私のこの事業がもっと大きくなったら好き勝手出来る誰にも邪魔されない施設を作ろう……それまでの辛抱と耐えた。
それから少し経って事業の内容を知った貴族が支援をしたいと私に声をかけて来た。
その男爵は良い噂を聞かない人物だったが、とても金払いが良かったので応じる事にした。
そもそも今の私はしがない平民だ、断ったら事業ごと奪われる可能性しかなかった。
男爵からの支援で人身売買事業は更に拡大していった。
そうなってくると今度は私の手だけではとても捌ききれない量の依頼で溢れた。本当は1人で全部やり、事業の事はあまり知られたくなかったのだが忙しすぎてそうも言ってられなくなった。
子供の世話役と私の護衛を雇う事に決めた。
もちろん雇った人間は全員くまなく身辺調査をし、そいつらの弱みもしっかりと握った。
裏切られたら私の死刑は間逃れないのだ、それなら道連れにしてやる。
それから数年が経ち、事業はどんどんと大きくなっていき、大人も売買する様になると国王が私の事業に気づき騎士団を使い私の身辺を探るようになった。
バレる不安が高まり夜も眠れなくなったので、場所を移す事を決めた。
誰にも見つからず、人も通らない様な森の中で更に国境に近い場所に小屋を建て、地下施設を建てた。
これなら誰にもバレず捕まることもない、私が貴族として返り咲くまで隠し通せる。
施設を大きくした事でより多くの人間を入れられる様になった。施設を作ったらもう私だけの楽園だ、好き勝手させてもらった。
気に入らない人間は徹底的に指導をし、良い女は味見をした。客に売るんだ具合がどんなものかは知っておいた方が良いだろ?
ガキは家に帰りたいだの、母親に会いたいだのと煩くて敵わなかったが殴って黙らせていたら徐々に静かになった。
初期は見目の良い商品を高値で売る仕事だけの楽な仕事だったが、施設に大量の商品を仕入れすぎたのか数年経つと年寄りや体の弱い者など売れ残りが出始め、そいつらが食費を食い潰すだけで商品として全く役に立たない事に苛立ちが募る様になった。
そう言う奴らは1円にでもなれば良いからと条件が悪い所に売っていたが、それでも減ることは無く、苛立ちからそいつらを私のサンドバッグにして遊んでいた。
死ぬ奴もいたがどうせ売れ残りのこれからも売れる予定のないゴミだ、私がどう扱っても異議を唱える者はいない。
そんな経営を続けかなり稼げる様になった頃、薄汚い気色悪い笑みを浮かべ不愉快なゴマスリをする男が同じ様に薄汚い子供を2人売りに来た。
どうも俺の経営する施設の噂を聞きつけて訪れたらしいが、ここの客は基本的には貴族だけで平民が……ましてやこの男の様なスラム街に住んでいる様な人間が来れる場所ではない。
売りに来る人間も裏社会にいる人間が殆どだ。
それなのになぜコイツはここを訪れる事が出来た?
そんな疑問を抱き、薄汚い子供に用はないと追い返えせとボディーガードに指示を飛ばした途端薄汚い男は慌てて子供の重長い前髪を乱暴にあげ、俺に顔を見せてきた。
その顔を見て俺は何故この男がここに来れたのかを理解した。
子供は薄汚かったが顔の出来はとびきり良かった。
通常商品の調達は裏社会の人間が行なっていると言ったが、その中でも頻繁に商品を売りに来るのは違法ギルドに所属している人間が殆どだ。
違法だろうとギルドに所属していると言うだけで信用もそこそこは出来る。
そいつらがギルドに中抜きされる事を嫌がって自分で売るよりも親に売らせたほうが金になり、ギルドを通すよりも金がもらえると小遣い稼ぎで俺の施設を紹介したりすることが稀にある。
きっと今回もそれだろう……全く面倒な話だ。
個人からのは揉め事が起こりやすいからやめろと言っているのに。
まぁ、その分本当に上等の商品の場合が多いんだがな。
薄汚い父親やその後ろにいる裏ギルドの人間に後々文句を言われたり最悪襲撃されても面倒なので、当面遊んで暮らしても余りある金を渡してやり直ぐ追い出した。
それほどの大金を出す方がこの子供2人にはあると確信したからだ。
それから子供2人を適当な女に身綺麗にしておく様に命令をして俺は仕事に戻った。
数時間後、子供を預けた事をすっかりと忘れて仕事に夢中になっていた俺は、扉をノックする音で我に帰る。
自分で開けるのも返事をするのも億劫だったので、俺の護衛の為に雇った男に指示を出して開けさせた。
開かれた扉の真ん中には先程指示を出した女と身綺麗にされた子供2人が立っていた。
女に用はないので早々に仕事に戻し、身綺麗になった子供を満足気に眺めていると面白い事に気づく。
何とこの子供双子だったのだ。
さっきは顔が汚れすぎていて気付かなかった。
顔が同じとは……これは売り方次第ではとんでもない金額で売れるかも知れない。
それに双子のどちらもどう言い聞かせられて施設に連れてこられたか知らないが、親に捨てられたなどと微塵も思わせない様な満面の笑みで俺に、これからよろしくお願いしますと呑気に挨拶してきた。
馬鹿なガキ共だ。
双子は子供のくせに無闇矢鱈に泣く事はなく、与えられた環境にも不満を漏らす事なく、元気に仕事もしていた。
本当に普通の子供が元気に外を駆けずり回るかの様に、笑顔を絶やす事なく生活していた。
そんなある日、仕事で上手くいかない事が続いて無性に苛立っていた時双子がチョロチョロと部屋の中を移動しているのが気に障り、1発殴りついでに蹴りも入れた。
そいつは泣きながら素直に謝ってきたので、ウロチョロするなと注意をして許してやった。
その時勘違いだろうが、蹴ってない双子の片割れから重苦しい殺気が飛んで来た気がした。
殺気が飛んで来た方向を見ても双子の片割れを心配そうに介抱してる子供しかおらず、気のせいだと殺気の事は直ぐに忘れ仕事に戻った。
双子が来て、次の日くらいに双子の片割れが雛菊を売らないで欲しい、売るなら一緒に売られたいと頼んできた。
当然突っぱねたが、自分は何でもすると言ってのけた。
仕事の手伝いもするし、生活の世話もする、こんな子供でいいなら夜の相手もすると言ったのだ。
その時の双子………柊の目は覚悟が決まった人間の目をしていた。
夜の世話は事足りているし子供は守備範囲外な事もあり、丁度人手が足りなかった仕事と生活の世話をやらせる事にした。
雛菊の事はまぁ、覚えていたら?気が向いたら売らないで置こう。
一緒に売ると言うのは私も考えはしたが、柊と雛菊のスキルを考えると売るとも売らないとも断言は出来ない。
もちろん金を積まれたら直ぐに売る。こんな何の力もない、食われるだけの子供の言うことを誰が聞くか、俺がこいつらを買ったんだどう使おうが俺の勝手だ。
そう思っていたのにその双子が来てから……私の順風満帆の人生に陰りが落ちたんだ。
双子が来て直ぐに中庭を作ってくれ、1時間に1回でも10分に1回でも良いから太陽光が取り込める天窓を作ってほしいと商品達から言われる様になった。
最初は言葉で否と言い、それでしつこく抗議して来た為暴力で黙らせた。
しかしその後もしつこすぎる程に双子に迫られた上に、何故か俺にビクビクしていた商品連中も作ってくれと頼んで来るようになり、流石に鬱陶しかったので望み通り作ってやった。
毎日毎日、部屋の前で抗議されては溜まったものではない。どうせ端金で作れるような陳腐な物だ。
天窓も1日1時間開くようにしてやれば満足だろう。
私は優しいからな?
食事の事や衣服の事なども色々と要求を言ってきた。
劣化していても良いから腹に溜まる食事を寄越せ、そこら辺に落ちているゴミで作った服なんて着れない、お客さんが来た時に買ってもらいやすい様に人並みに綺麗にしておこうなどと図々しくも意見して来たのだ。
もちろん中庭同様に最初は突っぱねていたが、これもまたしつこく言ってきて何ヶ月も諦めないので仕方なく、用意してやった。
どっかの業者から腐りかけのや、半分腐っているものを安く買ったやつだが。
それでも毎日食べれるんだ、優しすぎる私に感謝して欲しいものだ。
実際柊は感謝していたし、商品達も黙って食べていた。
服に関しても程々に綺麗な布と裁縫が出来る道具を一式用意してやった。
服なんて贅沢な物を用意してやるわけがない、甘ったれるのも大概にして欲しいものだ。
なんだかんだ布から服を作っていたみたいだし、あいつらも満足していることだろう。
中庭を作ってやり、食事や衣服を用意してやってから数ヶ月、売買の仕事の量が増え始めた。
認めたくはないが、服をまともにする事で商品を買う人間が増えた、食事を毎日させる事でガリガリだが見栄えが良くなった、中庭を作った事で太陽光を浴びる事が出来るようになり商品達の笑顔が増え、商品としての魅力が一層上がった。
まぁ、単純に俺の施設が貴族の間で有名になってきたと言うのもあるだろうが、とにかく忙しく寝る暇も遊ぶ時間も消え去った。
柊に手伝いをさせていたが到底捌ける量では無かったが、今雇っている人間以外に人を雇うと言うのは金が掛かる、何より信用が出来ないので出来れば避けたかった私は施設の中で最も優秀なサイモンとマイロ……それから雑用要員で雛菊も使う事にした。
サイモンとマイロには俺の仕事の半分をそれぞれに分けて任せ、雛菊には簡単な単語だけを覚えさせその単語が出てきた手紙を右のボックス、書いていない物は左のボックス、判断がつかない物は真ん中のボックスといった感じの仕事を与えた。
仕事を手伝わしていたが文字を読めるなんて知らなかった、柊も雛菊も言わなかったから読めないと思い込んでいた。
読めたとしても内容を理解できるわけないと思っていたんだ。
だって、2人は当時2、3歳だろ?そんな年齢の子供に理解出来るわけがない。
それに本当に簡単な事しかやらせていなかった。
サイモンとマイロ、それから双子に仕事を任せた事で俺は自分の時間を大幅に取る事ができ、女とも遊ぶ時間が増えて最高だった。
だが、双子にあんな仕事を任せなければ、手紙を見せなければ……俺は今でもあの施設で何不自由なく贅沢をして遊べていたのでは、と牢屋の中で思わない日はない。
「わたしは、おれは……どこで間違えたんだ。あの双子を迎え入れなければ良かったのか…?仕事をさせなければよかったか?暴力で従わせればよかったのか?利用価値など考えずに、もっと売値を高く出来ると欲張らずに、とっとと売り捌いて仕舞えばよかったか?」
俺は裁判が終わり牢屋に入れられてから、ずっと自問自答を繰り返している。
その自問自答に答えてくれる人間など誰もいないと言うのに……態々口に出して、永遠と。




