第四十九話『手術』
急足で帰って行ったサイモンさんとマイロくんにゆっくりついて行くと、広間にみんなを集めてマイクロチップの話から手術の話まで京さんの話を噛み砕いて分かりやすく丁寧に伝えていた。
みんな動揺していたけれど、サイモンさん達が冷静なこともあってその動揺は徐々に無くなっていき、サイモンさんとマイロくん……それから後から来た保弘さんにも色々な質問をし始めた。
「ルア達も手術を受けるんですか?」
「いいえ、ルア達にはマイクロチップは埋め込まれていないので受ける必要はありません。ただピアスや首輪が装着されているので、それを取る簡単な施術は受けます。私達のような素人が無闇に外そうとして何かあっては問題ですからね」
「手術を受けないなら……ちょっと安心しました。ピアスと首輪の事は是非お願いしたいです。いつも違和感を感じているのか、よく触っているので」
当時生まれたばかりだったルア達には、マイクロチップを埋め込む手術をする事が出来なかった。
施設長が本当はやりたかったと言っていたけど、流石にやったら死んでしまう……死んだらせっかく高く売れる新生児がゼロ円になるとすごく悩んで手術しないと決めていた。
とんでもないゲスで考え方もゲスだけど、手術したら死ぬって事は理解できるゲスで良かった。
それから、騙されているんじゃないか……という疑問も出たが、広間に来る前にサイモンさん達と一緒に設備や道具を見せてもらって、特に危険そうな物や怪しい物はなかったのでそこは安心できる。
危険な物とか怪しい物の判断が私に出来るか疑問だろうけど、そこはルゥにみっちり仕込まれたので完璧に覚えている。
ルゥに教えてもらった危険物は部屋の中にはなかった。
……手術直前に出されたら流石に逃げようがないから、諦めるしかないけど。
正直遠隔操作の機能は停止させているからそこまで急いで手術する必要はないんだけど、マイクロチップが頭の中にあるだけで体に何らかの害を及ぼす可能性は捨てきれないので、取り除いてくれるなら是非とも取って頂きたいんだよね。
首輪やピアスも同様に。
比較的スムーズに進んでいた話し合いは、1時間で切り上げられた。
理由は、外で遊んでいた子供達の集中力が切れて広間に雪崩れ込んで来たからだ。
サイモンさん達の話は子供達が理解できるものではないし、理解が出来る年頃の子達に聞かせてしまったら、日々怯えて過ごす可能性があるので聞かせないとサイモンさんとアグリさんが判断をして即座に話を切り上げた。
さっきまで若衆さん達と遊んでいたのにもう飽きちゃったか〜………いや、飽きたというよりは若衆達が子供達の体力について行けずにバテたと言った方がいいな。
だって、庭に若衆達の屍があるもん。辛うじて生きてて良かったよ。
質問も一通り出尽くしたし、サイモンさん達も丁寧に答えていたので短い時間で終わった。
京さんが言うように手術は早ければ早いだけいいそうなので数日後に大人達始まりで、順次手術を行うそうだ。
みんなそれで了承してくれた。トップバッターはまだ決まってないから後日決めるとも言っていた。
広間からみんなゾロゾロと出ていったので、私達も出ようと足を踏み出そうとしたら、後ろから保弘さんに声をかけられた。
「お前らは全く怖がらないな。手術怖くないのか?」
その問いに雛菊は振り向いて綺麗な笑顔で答えた。
「全然怖くないよ。だって柊がずっと側にいてくれるし、京お姉さんのこと信じてるから!」
「柊も!全然怖くないよ!」
雛菊の言葉は凄く嬉しい。私がいるだけで安心して怖くないと言ってくれるのは何よりも信頼の証だ。
私も怖くない。雛菊がそばにいるから。
雛菊は京さんを信じていると言ったけど私はいつも通り、申し上げないけど信じていない。
だから念の為ルゥに連絡だけはさせてもらう。
悪いね。
100%信じていないわけではないんだよ?
毒草の事を京さんは知っていてどんなものなのか、理解もしていたから20%くらいは信じてる。
数日後、最初に手術をする人間はベニさんに決まった。
本名ベニシオ・パーカーさん、最初に手術をすると自ら名乗り出た半端なく肝が座っているおじさんだ。
私と雛菊よりも古株で施設の構造も施設長より詳しく知っていた人。
ベニさんは2号棟にいた人で、施設には自らの足で来た稀なタイプ。
ちなみに出身地や家族がいたか、などは自ら言わない限りは聞かないのが、施設での暗黙のルールだったのでベニさんの出身地等は私達は知らない。
サイモンさんには話している可能性があるけどね。
古株の人って施設では売れ残り組だから、暗い雰囲気を醸し出している人が大半だったんだけど、ベニさんは明るく元気だった。
施設に来たばかりの新参者の私達にも笑顔で挨拶をしてくれて、施設内の案内までしてくれた。
で、施設に入って数週間くらいベニさんの事を観察していて気づいた。
施設の商品達をまとめているのはサイモンさんとマイロくん、子供の世話のまとめ役をしているのがアグリさんとクルミさん、ベニさんは大きな役割を担っている訳ではなかったけれど、持ち前の明るさで施設全体の雰囲気を明るく和やかにする役割の人だった。
自ら名乗ったとかではなく、周りの人々がこの人はそう言う人だと認識して頼ってくるタイプの人。
ベニさんの存在があったから自殺が少なかったと言っても本当に過言ではないと、私は思ってる。
実のところ私の猫被りの時の性格は姉さんからとベニさんも少し参考にして作られている。
それ以外の人の要素も入れ込んでるけど、大元はこの2人。
施設の人達は私達が来てから変わったと喜んでいたけど、絶望の一歩手前で支えていたのがベニさんとサイモンさんとアグリさんの3人だと思っている。
決して私達だけの存在がいたからではないと思う。
「ベニおじさん!手術頑張ってね!」
「おう!頭ん中のよく分かんねえもん、しっかり取ってもらってくるわ!」
「実験体1号よろしくー」
「柊、おめえひでぇ事いうなよな。こちとら度胸はそれなりに座ってるが、それでもこえんだぞ?」
「柊〜怖がらすようなこと言ったらだめだよ?」
「はーい。1番最初に手術受けるって言ってくれてありがとう、ベニさんなら無事に帰って来れるって信じてる」
「な、なんでい!急に!いつも素直じゃねえのに素直になられるとこっちの調子が狂うし、なんか照れるわ!……まぁでも他の奴らを安心させるためにも無事に帰ってきてやるさ!腕の良い姉ちゃん兄ちゃんがやってくれんだろ?」
「そんなに照れることないでしょ、それなりに感謝は伝えてる方なんだけど……」
「京さんとっても良い人だから安心して身を委ねて大丈夫だよ!手術、頑張って!」
ベニさんは手を振りながら研究所に向かって行った。
京さん達の腕前は実際に見た事ないから何とも言えないし、完全に信用しているわけでもない。
でも、京さんの精一杯やると言った目がルゥやオリバーさん達と同じ目をしていたから少しは信用してもいいと思ってる。
「ベニさん怖がってたけど、何だか楽しそうだったね!」
「健康だけが取り柄みたいな人だから、手術とか新体験すぎて楽しみなんじゃないの?ま、あの人は心配しなくて大丈夫だね。殺しても死ななそうだし、普通に歩いて帰ってきそう」
「だね!でも、殺しても死ななそうなのは柊もそうだと雛菊は思うよ?」
「え、あり得ない」
「えー!あり得なくなくなくないよーー!」
「……」
私ってあんなメンタルゴリラみたいな人と同じだと思われてんの?
てか、雛菊思ってた……の?今の口振りは絶対思ってたよね?
その後、ベニさんは何の問題もなく無事に手術を終えた。
目を覚ました時に側にいた私達にゆっくりとした動作でダブルピースをしてきたので、雛菊と一緒にそのピースを掴んで握手をしてあげてた。
………目を覚まして本当に良かったよ。
ベニさんの手術が成功したのを皮切りに、次々と手術を進めて行った。まだ安全が確保されていないので、話し合いの結果年齢順で手術を受けることになった。
これは私達が決めた訳ではなく、上の人達が自分達が先にやると言って聞かなかった。
ベニに先を越されたが、本来はおい先短い人間がやるもんじゃ!とブラックジョークをかましてきて、笑えないけど空気が柔らかくなった。
手術は何事も無く終わって行き、ついに私と雛菊の番になった。
研究所に赴くと京さんがお出迎えをしてくれたんだけど、その顔が死神が取り憑いたかのような本当にひっどい顔色をしていた。
「2人ともきてくれてありがとう。心の準備は大丈夫そう?」
「み、京お姉さんすっごく顔色悪いけど大丈夫?」
「大丈夫よ〜連日の手術でちょっと寝不足なだけ、失敗は絶対にしないから安心して?」
「雛菊達は京お姉さんの体調を心配してるんだよ」
「ちょっとでも眠ったほうがいいよ!京お姉ちゃん1人で手術してるわけじゃないでしょ?」
「はぁぅあ!………優しさが心に染み渡る。手術出来る人間は全員手術にあたってるよ。それでもこの大人数だからね、なかなか手が回らないんだ〜。でも本当に心配しないで、寝不足なんていつものことだし、手術も雛菊ちゃん達まで来たからあと三分の一で終わりだもの、みんなで頑張るよ!」
「それなら良いけど。ちゃんと休憩してね?」
「手術、よろしくお願いします!」
絶対の信頼は出来ない、ごめんなさい。
でも雛菊が信じているから私も信じるよ。
万が一雛菊が死にでもしたら許さないけど、そんな腕前だとは思ってないから半分信じてる。
私達は研究所の奥の手術室まで進んで行き、ベットに寝っ転がるように言われて指示に従い、そのまま麻酔を打たれた。
「麻酔をして行くけど、そのまま楽にしていてね〜」
「「はーい!!」」
「柊おやすみ!」
「雛菊も、またあとでね!」
京さんの計らいで私と雛菊は隣あっている手術室で手術を受けることができた。
意識は無くても側にいると感じられれば安心できる。
ありがたい配慮です。
徐々に麻酔が効いていき、考え事をする事も無くて意識が遠のいていった。




