第四話『侵入者』
施設長が見えなくなるのを確認してからバラバラになった書類を拾い集めて焼却炉に行き、ぐちゃぐちゃの書類を一気にぶち込む。
本当は一気に燃やすの良くないんだけど、今だけ許して。
大体、優しい素振り見せるんだったら一緒に拾い集めるくらいしろよ、そのまま放置して行きやがって中途半端人間め。
殴られた頬はこのまま放置して腫れが酷くなったら雛菊とみんなに心配掛けちゃうから、自室に戻って冷やす事にした。
「柊、大丈夫?」
「雛菊」
「施設長が怒って帰って来たからもしかしてって見に来た!やっぱり殴られてたんだね、痛いよね?タオル貸して、雛菊が当てる。寝っ転がってていいよ?」
見つからないように帰って来たつもりだったけど、施設長の態度でバレバレだったようで雛菊が扉からひょっこりと顔を出した。
雛菊は前世の私から見たら一回り以上年下の子供で…頼る存在では無く守る存在だ。
でも体が子供だからなのか…精神も引っ張られて雛菊に甘やかされると無性に泣きたくなって縋りつきたくなる。
そんな事、大人として情けないからしないけど……今優しくされるとそういう気持ちが溢れ出そうになる。
ちょっと寄りかかっても良いだろうか……
「痛い…から冷やし終わるまでお願い」
「まっかされました!おまけでなでなでも付けちゃうよ〜」
雛菊の人の感情に敏感なところとか、慰めてくれる時に髪も顔もぐちゃぐちゃにしてくるところとかが前世の姉さんにそっくりで懐かしくなった。
顔は全く似てないのに動きとか口調とかが似てる気がするんだよね。
水タオルで冷やしていたんだけどあまり効果がなかったみたいで翌日頬は紫色に変色していた。
やっぱり氷水とかじゃないといけないのかな〜
せめてもの抵抗で髪を下ろして可能な限り下を向いていたんだけど、アグリさんという子供達の統括をしている弁柄色の髪と瞳の肝っ玉母ちゃんにバレて死ぬほど怒られた。
「何で昨日のうちに言わないんだい!」
「直ぐに引くと思って…」
「アンタよりもデカイ大人の男に殴られてるんだ、ちょっと冷やしたぐらいで治るわきゃないよ!」
「ごめんなさい。浅はかだったよ」
「…こんなになっちまって痛いだろ?アンタは女の子なんだ、傷は残らないだろうけど大切しておくれ?私達の為に無茶するんじゃない」
「分かってるよ、今度はバレないように嘘つくから!」
「全くアンタって子は」
アグリさんは呆れたような顔をしたけれど優しい手つきで湿布の代用品を頬に貼ってくれた。
この世界にも湿布はあるんだけど高級品なので薬草を潰して布に塗ったやつを貼っている。
これが湿布よりも強烈な臭いを放つし、顔に貼ってるから余計臭いしで朝からテンション駄々下がり。
しかしこれも自業自得の産物と言うもの、甘んじて受け入れるし、アグリさんにもそう言われた。
駄々下がりのテンションは関係なく仕事はあるので黙々と業務をこなしてあっという間に自由時間となった。
いつもの様に楽しそうに遊んでいる子供達、日陰でまったりする大人達を眺めながらボーっとしていると施設長室から男の怒号や花瓶が割れる音、椅子などを投げつける音など、人が暴れている音と施設長の怯え逃げ回る声が"聞こえて来た"。
「雛菊、誰かが施設長室で暴れてる。危険だからみんなを安全な場所に避難させよう」
「それってルゥちゃんに貰ったやつで聞いてるの?」
「うん、そう。危険って言ったけど聞いてる感じ私達に害を加えようと施設に来たわけじゃなさそう」
「そうなの?」
口調は荒いし、物を投げる音、終いには拳銃の発砲音が聞こえているけれど、話の内容的には私達を買いに来たとか攫いに来たとかではなさそう。
「悪い人じゃないと思うけど、そうじゃないって確かな情報も今は無いから取り敢えず隠れよう」
「了解!雛菊、クルミさんとアグリおばさんに報告するね!」
「お願い、私はマイロくんとサイモンさんに知らせる!」
そう言って雛菊は子供達の総括をしてくれているアグリさんとその補佐をしているクルミさんを呼びに、私はサイモンさんとその補佐をしているマイロくんのもとへそれぞれ猛ダッシュで向かった。
アグリさんは子供達それぞれの性格を把握していて、体調なども観察しているのでその子に合った食事や運動などを考えてお世話をしてくれている。
まともな食材は無いし、運動もそんなに出来ないけれど色々やりくりして頑張ってくれている。
クルミさんはアグリさんが考えた予定の修正や確認を行っている。
子供の扱いが保育士さん並みに上手いのでアグリさんも助かっていると言っていた。
ただ経験が足りないのでイレギュラーが降り掛かるとパンクするのが玉に瑕だとも言ってたけど。
マイロ君は、この間施設長にお使いを頼まれていたようで施設長室に居なかったけど、サイモンさんが手が離せない時に代理を務めるサイモンさんが1番信頼している青年だ。
来客の接待なんかもやっていて、この間来た伯爵夫妻を接待していたのがマイロ君。
サイモンさんと似た境遇らしく元貴族で所作がとても素晴らしい水色の髪と瞳を持つ好青年。
平民に落ちた理由はあれね、異世界名物上司が腐ってたってやつ。
おっと、ゆっくり語ってる場合じゃない。
この施設は外界から隔離された地下施設、その中でも商品保管区域はもっと厳重で鉄で作られた格子で覆われ扉も隠されているし、カードキーを持っている者しか入る事は許されない。
そのカードキーも持っている者は少人数…というか正直施設長しか持っていないと言っても過言ではない。
カードキーを持っていない人間が無理やり通ろうとすると催眠ガスが出る仕様なので侵入は殆ど不可能に近い。
でも鉄の扉も絶対じゃない。
警報が鳴って施設職員が来たとしてもそれを退ける力があれば気にする事ないし、ガスマスクなどで催眠ガスをガードしちゃえば時間を掛けて扉を破壊して侵入する事も出来るし、そもそもハッカーなど機械に強い人間がいたら簡単に侵入出来てしまうのだ。
施設長が尋問に屈して私達の居場所ゲロル前にサイモンさん達に知らさないと。
私はサイモンさん達のもとへ急いだ。