第四十五話『冬は布団から出たくない』
鳥がチュンチュンと鳴いているなか、朝の暖かな日差しを浴びながら同じく暖かい布団でぬくぬくしていると、急に布団の上に人が飛び乗ってきた。
「柊!」
「んぶっふ!」
「あ、ごめんごめん」
ごめんごめんと口で謝罪するだけで、雛菊は私の上から降りようしなかった。
軽いから乗ってないのと変わらないし良いんだけどね。
「ん〜今日は珍しく寝起きがいいねぇ、どうかしたのお?」
「今日こそ探検に行こうよ!この部屋の向こう側行ってみたい!」
「この部屋の向こう側って……玄関入って右方向の?」
「そう!何があるのか知りたい!」
私達が暮らしているこちら側は全てが揃っていて、向こう側に行かずとも殆どこちら側で生活が簡潔してしまう。
広間もこっち側に位置しているから、向こう側は本当にチラ見すらした事がない。
こっち側はある程度把握し始めているから早めに全体構図を知っておきたいし、雛菊の提案はすごく有難い…………しかし布団から出たく無い。
寒すぎるこの季節に、ぬくぬくの布団から出るのはとんでもなく勇気がいる。
「……布団から出たく無いんでしょ」
「…よくわかったね」
「分かるよ、顔に出たく無いなぁ〜って書いてあるもん!」
「出たく無い……明日でも良いかも〜」
「えー、早めに見ておいた方が良いんじゃないの?万が一の作戦立てやすいでしょ!」
雛菊はたまに本当に10歳なのかな?と疑問に思う事がある。
何も言ってないのに、私のよく分からない行動を何の為にやっているのか、とかを理解するのが恐ろしく早いんだよ。
私と同じ様に転生した人間なんじゃ無いかって……ま、そんな事はなく普通の少女なんだけどね〜。
私の事を誰よりも理解してくれるところとか前世の姉にそっくりで……時々昔に戻ったような感覚になって苦しい……と言うより少し悲しい?……寂しいかな、寂しい気持ちになるんだよな。
本当に時々だし、普段はそんな事考えずに今の自分の人生を楽しんでるけどね。
「ん〜〜……布団から出るの本当に嫌だけど、早めに確認しておきたいから行く」
「よし!じゃ早く着替えよ!」
私が気合を入れて布団から出ると雛菊はさっそく箪笥の所まで行き、洋服を選んでいた。
…………素早いなぁ。
雛菊が今日の服と持ってきたのは、ジーパンとミントグリーンのニット服、私にと持ってきたのは同じ色のジーパンとライラック色のニット服。
雛菊は持ってきた服をさっさと着てしまったが、布団を出てからも私の試練は続く……この寒い気温の中服を脱いで温まっていない冷たい服を着なければいけないんだから。
うだうだと服の前で悩んでいると、雛菊が私のパジャマをバッと掻っ攫って行きニットとジーパンを履かせてきた。
「ッッーーーーッハッ!」
「はいはい!早く履いてねー!」
ニットはいいんだけど、ジーパンは本当に冷たい!死にそうだった、息止まるかと思った!
雛菊は本当に容赦がない。
死にそうになりながらジーパンを履いて、探検の前に朝ごはんを食べる事にした。
お腹が空いてたら探検もままならないからね。
ただ心配なのはいつもより大分早い時間に起きたので、朝ごはんがあるかどうかは分かんないんだよね。
無かったら自分で取りに行けば良いし、最悪作っちゃえば良いか……迷惑がられてもそれでいこう。
流石にニットだけでは寒いので、箪笥に入っていた白と黒2着あるジャンパーをそれぞれ着て廊下に出る………出たところでフライパンを持った仁美さんに出くわした。
「ん?柊、随分と早起きね?」
「仁美おばちゃんおはよ!今日は雛菊とお屋敷の探検するから早起きしたの!」
「良いじゃない!隣の子がこの前言ってた柊のお姉ちゃんの雛菊?」
「お姉ちゃんの雛菊です!初めまして!」
仁美さんは双子である事を知っているようで、私達の顔を見ても驚くことなく普通に挨拶をしてくれた。
「挨拶が出来て偉い子ね。こちらこそ初めまして、田代仁美よ」
「田代?実おじさんの奥さん?」
「あははっ!柊と同じ事言うんだね!そうだよ、私は実の奥さん」
「おお〜!そうなんだねっとってもお似合いの夫婦だ!」
「子供のくせに大人びた言葉を使うんだね。ありがとう、お似合いだと言ってくれて嬉しいよ」
子供のくせに大人びた言葉と発した仁美さんの表情はとても悲しげだった。きっと私達が置かれていた環境を知っているのだろう。
……雛菊が大人びた言葉を使うのは多分私の影響もあると思うし、小さい頃から同い年の友人が少なかったからってのもあると思うから、そんなに悲しいものでも無いんだけど。
雛菊と楽しそうに会話をしていた仁美さんは、腕に付けている時計を見て慌てたように別れを告げて、フライパンを叩きながら去って行った。
ご飯が無いことを心配していたけど、仁美さんに聞いたところ朝食は結構早い時間には仕込みが終わっていて、とっくに食べ終わって仕事を開始している人もいるそうだ。
私の心配が杞憂で終わって良かったよ。
今日の朝ごはんは鯖の味噌煮定食だった。
鯖の味付けは濃すぎず、薄すぎず丁度良かったしホロホロで噛まなくても飲み込めそうだった。
もちろんしっかり噛んだ。
お味噌汁は定番の豆腐とワカメで、小鉢にきゅうりの浅漬けが添えられていた。
ザ!日本の味!定食!って感じで懐かしかったし、本当に美味しかった。
日本食は体に染みるね……。
「「ごちそうさまでした!!」」
「お!いつもありがとなヒナヒイ!片付け助かるぞ!」
「……ヒナヒイ?」
「なんじゃそりゃ?」
「……はぁ、2人とも気にしないで?おじさんの戯言だと思ってくれれば良いから」
「おい、文哉。その言い方はねぇだろ!まるで俺のセンスが無いかのような言い方しやがって。2人をいっぺんに呼べる最高にセンスのあるネーミングセンスだろ!」
「………はぁ〜」
今日は黒子さんに食器を回収されることなく自分達で片付けに来ると、熊親父こと料理長である銀次郎さんに絡まれて変なあだ名を付けられた。
ヒナヒイってただ頭の名前取っただけじゃん、安直が過ぎるぞ。
私的には雛菊が嫌がって無ければ正直どうでもいい……しかしこの上司の相手をしなければいけない文哉さんは大変だなと、心底同情する。本人がどう思ってるかは知らないけどね。
案外楽しんでいるかもしれないし………ないか。
しかし前は、双子とか双子の右の左のとか、姉とか妹って呼び方しかされた事なかったから、あだ名が出来るのは呼ばれた時にすぐ反応出来るし楽で良いか……雛菊は普通に喜んでるし。
「全然良いよ!かわいいあだ名付けてくれてありがとう!」
「あだ名なんて初めてだから新鮮!」
「本ッ当に2人ともいい子」
「いよッしゃッーー!」
「……っ!うっ、羨ましいぃッ」
背後でギリギリと歯軋りする音が聞こえたので振り返ってみると、変態ロリコン野郎が銀次郎さんを悔しそうに睨みつけながらハンカチを噛み締めていた。
わあー、アニメとかでよく見る悪役令嬢の悔しがり方だあー。
この前文哉さんに私達に近づくなと言われたことを本当に律儀に守っており、ある一定の距離から近づいてこないから見る専のロリコンで危害は加えてこないと私は認識している。
視線が鬱陶しいがやましい感情が何も無い、純粋に美術品や動物を可愛いと見ている視線に似ているので、特に何も対処はしなくて良いかなと思っているし、何かあれば文哉さんが壁になってくれそうなので良いかなって。
何より、雛菊が面白い人だ!と楽しそうに追いかけている。
ロリコンは、私達に一定の距離近づいては行けないので雛菊が近づいた分、ロリコンが距離を取るのが面白いみたいで、追いかけっこをしている姿は本当に楽しそうなのでそれに免じて見るのだけは許してやろう!
「そうだ!探検行くんだろ?せっかくだからこれ持ってけ!」
「これって…」
「お弁当だ!」
「お弁当やったあー!……でも何で雛菊達が探検するって知ってるの?」
銀次郎さんには探検のこと言った覚えないんだけど、誰かに聞いたのかな?
「さっき仁美さんが来て探検には弁当が必要でしょ?って僕達に作るよう指示されたんだよ」
「そうなんだ!仁美おばさんに後でお礼言わなきゃ!料理長と文哉お兄さんもお弁当ありがとう!」
「ありがとう!大事に食べる!」
「面白い物が見つかると良いね」
銀次郎さん達に別れを言って玄関の右側に向かう。
構造自体はシンメトリーなので、私達が生活している側と大差ない。
部屋を無断で覗く訳にはいかないのでどんな人が住んでいるとかは分かんなかったけど、こちら側には広間や大浴場は無いのですっきりとした印象で、生活音や人の声が少なく静かだった。
みんな仕事に行ってるから静かなんだろうね。
「なあにもないね!」
「そうだね〜、こっちは個人の部屋しかない感じだね」
「ふーん、あっ!あれなんだろ?」
雛菊が何かを見つけて走って行く。
行き先に視線をやると庭があった。私達の部屋の方にも庭があったけど、こっちにもあるんだな。
しかし、私たちの方には無い物がこっちの庭にはあった。見上げる程に高く、立派な桜の木が生えていた。
「わあ!おっきい木だね!淡いピンク色でかわいい!」
「これは多分桜の木だね」
「桜の木?なんか名前までかわいいね!」
桜と言う名前を可愛いと思った事はないけど、言われてみれば柔らかい雰囲気が可愛いのかな。
でも、この季節に桜が咲いてるのって変……だよね?
異世界に桜があるのにも違和感があるけど、それ以上に3月頃の気温で咲く植物が、日本の気温で言う真冬と言ってもいい季節にこんな綺麗な満開の花を咲かせているこの木は、私の常識からしたら異常だ。
神話では人だけが落ちてきたって表現だけだったけど、土地そのものが落ちてきた事もあるのかな……でもそれなら日本の歴史書とかに大事件として書かれてても不思議じゃ無いよね。
そんな話聞いたことないけど。
てか、ずっと思ってたけどこの世界って異世界感薄いよね。
殆ど日本と同じだし、違いと言えば生まれ付き髪の色がカラフルな人がいたり、季節外れの桜があったり、大根が中身まで真っ暗だったり?なんか間違い探しみたい。
異世界なら、もっとこう……月が2つあるとか馬鹿でかいとか?ドラゴンが飛んでたりスライムがいたり、ダンジョンがあったりとかそれくらい分かりやすい物があったら……新しい人生を純粋に楽しめたかも。
もちろんこの世界が嫌って訳じゃ無い、雛菊とお母さんもいるし楽しいことだらけだ。
でも、区別する材料があれば姉達のことを思い出して寂しくなったり、悲しくなる事も無いのかなと時々思う。
そんな事を雛菊と桜を見ながら考えていると桜の木の下に数人の人影が視界に入り、私達と同じように桜を見上げて何か叫んでいる?
「あのお兄さん達何してるんだろ?」
「さぁ、木の上に何かあるのかもね?」
「面白そうだから行ってみよ!」
雛菊は楽しそうに私の手を勢い良く引っ張った。
桜の木の下で叫んでいる人達に近付くと何故、その人達が叫んでいるのか意味を理解した。




