第三十八話『薬』
「柊ちゃんの火傷がどれくらいの物なのか私も診察していい?」
「全然いいけど、京お姉ちゃんってお医者さんなの?」
「研究者なんだけど医者の免許も持ってるよ」
「そうなんだ!すごい!」
「ありがとう!サイモンさんの部屋借りてもいい?」
「どうぞ、お構いなくお使いください」
私の背中を確認する為にサイモンさんの部屋を一時的に借りることになった。
ゆっくりしてたのにごめんねサイモンさん。
湊崎組に来たからにはオリバーさんに見てもらうわけには行かない。
施設では警備を掻い潜ろうと思えば潜れてたけど、ここは無理だろうね。プロしかいないし。
自分で状態を見る事も出来なくないけど、この世界の医療を学んだ人に診察してもらえるならその方が楽。
部屋に入って上の服を脱いで京さんに見せると顔は見えないけど、息を飲むような息遣いが聞こえた。
その息遣いは最初の一瞬だけで、それからは火傷痕を触って痛くないかや突っ張る感覚はあるか、火傷してからどれくらい経っているかなど、普通に診察をされた。
「うん、大丈夫だね。柊ちゃんありがとう、もう服着て良いよ」
「もう終わり?」
「終わり!よく頑張りました!」
「はい!京お姉ちゃんありがとう!」
「いえいえ!そうだ、柊ちゃんが使ってるお薬も見してもらっていい?」
「いいよ!」
サイモンさんの部屋から出る際に薬の事も言われたのでサイモンさんにお礼を言った後に京さんに薬を渡した。薬はいつもポケットの中に入れているのですぐに渡す事が出来た。
京さんは薬の容器を受け取ると素早く蓋を開けて薬をじっくりと見て、匂いを嗅いだりしている。
「柊ちゃん、これ手に取って感触とか確認してもいい?」
「どうぞ!」
薬を掬って感触や匂いを確認した後、ハッと何かを思いついたような顔をして鞄から何か、簡易検査キットの様なものを取り出して、それに薬を入れた。
あの薬に使ってる薬草は私の出身国では珍しくないものだ。
でも確か昔、ルゥに薬のことを聞かれて薬草のことを言ったら薬奪い取られてなんか色々調べてたんだよな、研究とかは専門じゃないから何やってるのか分かんなかったけど。
何やら私が調合に使っていた薬草は他国では珍しい物のようで、どうやって入手したとか、調合方法は何かとか詰問を小1時間されたのを覚えている。
薬剤の知識がある人なら1発で貴重な物だと分かるそうで、その分かる人が現れたら連絡しろとルゥに言われてるんだよね。
京さんがどっちか分かんないけど、昨日手紙送ったばっかりでまた送るの面倒だし、分かんない人だといいな。
「やっぱり!」
「やっぱりとは、どういう事でしょうか?」
「この薬にはドンビュという毒草が調合されているんです!少量でも死に至らしめる、触る事さえ危険な私達研究者の間では有名な毒草が!」
「はい?」
京さんの毒草という言葉に、サイモンさんもマイロくんも唖然とした顔をして、雛菊は驚いた顔をして私の方を凝視して来たので咄嗟に顔を背けてしまった。
やば、顔を背けたら毒草だと知ってて使ってたって言ってるようなもんじゃん。
背けた私の顔を雛菊は覗き込んできて、頬っぺたを頬袋に餌を詰め込んだハムスターのように膨らませていた。
怒ってる事は伝わってくるけど、それ以上に可愛すぎて怒られてる感がない。
「…後でちゃんと話すからっ黙っててごめんなさい!」
「………ならよし!」
後で説明する事を伝えたらジト目で私を見ていた雛菊が笑顔になって、一旦は許してくれた。
一方興奮しっぱなしの京さんの発言に動揺を隠せないマイロくんは、京さんに掴み掛かる勢いで問いただしていた。
「どっ毒草ってどういう事ですか!そんな危ない物を柊は使っていたんですか!?体に害は無いのか!」
「ごめんごめん!一から説明するから、一旦落ち着いて!マイロくんなんか言葉遣いおかしくなってるよ!」
「あ、申し訳ありませんでした。少々取り乱してしまって」
マイロくんはサイモンさんと同じように冷静沈着で何事にも動じない性格だと思われがちだけど、年相応に動揺する事も結構多い。
ま、毒って言われて動揺しないわけないよね。
サイモンさんに関しては、最初こそ唖然としていたけど今は全然動揺してなくて、いつも通り穏やかに笑ってるけどね……。
これが年の功と言うやつか…?
「この毒草、ドンビュは各国の研究者達が研究中の物なの。触るとかぶれたり、真っ赤に腫れ上がって、少量でも口にしたら数分で死んじゃうような物。熱しても、凍らせても、真空にしてもこの毒草の毒素が無くなる事はなかった。あらゆる薬草と混ぜたりしたけど、どれもこの毒草の毒素に勝てる物や調和出来る物もなかった。毒素を抜ければ、1級品なのにその毒素が勿体無さすぎた!でも!この薬に配合されている毒草は間違いなく私達が研究していた物なのに、これは毒素が綺麗に無くなり薬として1級品になっている!これはすごい事だよ!ぜひ!可能ならば!この薬を作った人に話を聞きたい!」
京さんは最初は冷静に毒草の説明をしていたが、後半は興奮して語尾が力強くなっていって、こちらにだんだん近づいて来ていた。
顔近い……。
はぁ、残念な事にこの京さんはドンビュの事を正しく理解しているようだ。
昨日送ったばっかりなのに、ルゥにまた手紙書いて送らないと。京さんの事を知ったルゥが今すぐに会いに来るとか言い出したら面倒だなぁ……。
絶対言うんだろうけど、オリバーさん達が全力で止めてくれるだろう。
それを信じるしかない。
「そんなにすごい物なのですか?この薬は」
「そう!この世に存在する事が不思議な薬なの!この少量だけなのが勿体無い……大量にあれば好き勝手に調べられるんだけど…」
「お薬ならいっぱいあるよ?」
「…え?」
「白衣の人から予備にいっぱい貰ってるんだ!だからそのお薬、京お姉ちゃんにあげるよ!」
「いいの!?くれるならありがたく受け取っちゃうよ!?」
「うん!いいよ!」
ドンビュの事を知っている人が現れたらあげた方が良いとルゥにもオリバーさんにも言われていた。
正直この薬は大量にベタベタ塗るものではなくて、少量を薄く伸ばして塗るものだから予備なんて要らない。
だから大量に予備があるのは京さんの様な人がいた時の為なんだよね。
毒草を扱える人が私とルゥ意外にも増えてくれたらこちらとしても大助かりだし、ドンビュ以外にも使ってる毒草があるから、それも知っていたら渡しちゃお。
ルゥの仕事が大幅に減ってくれたらオリバーさんも安心でしょう。
発明が好きなのは分かるけど、仕事の息抜きが仕事と全く同じ内容のものなのは流石に体を壊してしまう。
というかワーカホリックすぎる。
取り敢えず、薬は渡した。薬の製作者に関しては私だから会わせるとかは出来ない。
もう会ってるけど、子供の私が作ったと言っても信じてもらえないだろうし、例え信じたとしてもとんでも話すぎるだろう。
無邪気子供作戦がパァになっちゃうし、デメリットの方が大きいからこれも今のところ言う気はない。
隠し事が多くて困っちゃうね。




