第三十二話『探して欲しい』
「雛菊達お喋りしただけで、何か貰う事なんてしてないよ?」
「良いんだよ、俺達が礼したいだけなんだ。礼がしたい俺達の気持ちを沈める為にもなんか無いか?食べたい物でも、着たい服でも良いぞ!」
「う〜ん、でも…」
食い下がる総一郎さんの事を雛菊は困った様に見て、視線を彷徨わせて今度は私を見たけど、私はお礼をもらう事に大賛成なので黙って笑い返した。
そんな私達を見ていた総一郎さんは胡座をかいたまま頭を深々と下げた。
…胡座であんなに頭下げて首痛く無いのかな。
「わあー!総お兄ちゃんやめてー!」
「欲しい物言う!考えるから!」
「っし!ありがとうな!」
頭を下げた総一郎さんに私達が慌てて、頭を上げてもらう為に望みを考えると言ったら、ガッツポーズをして何事もなかったかのように直ぐに頭を上げた。
頭を上げて見えた顔は満面の笑みで、私はコイツ自分の立場を最大限に利用しやがった…と思った。
まぁ、総一郎さんがあそこまでしないと雛菊は絶対お礼を受け取らないから正直ファインプレーだよ。
それから健剛さんや隆之介さんが居なくて良かった、いたら総一郎さんはもちろん私達まで説教食う事になるところだった。
はぁ、本当にいなくて良かった。……ま、総一郎さんが健剛さん達の前で頭を下げる事は無いと思うけどね、だって私達に被害が出るかもしれないことこの人はやらなそう。
ただの勘だけど。
それに総一郎さんが頭下げる前に健剛さん達が「総一郎様がお礼をするって言ってるのよ?断る方が失礼だわ、ありがたく受け取りなさいよ」とか良いそう。
考えると言ったからにはしっかりと考えたいと思う。
雛菊と声を絞ってコソコソと相談してみたが、私達の願いは1つだけ……むしろこれ以外は今は選択肢にない。
物では無いから受け入れてくれるか分からないけど、何でも言えって言われたから良いよね。
「物じゃなくてもいいの?」
「あぁ、言ってくれれば可能な限り用意する」
総一郎さんの迷いの無いその言葉に私と雛菊はお互いを見た後、再び総一郎さんを真っ直ぐ見る。
一緒に息を吸って言葉を吐く。
「「雛菊『柊』達のお母さんを探して欲しい!」」
私達が発した言葉に部屋の空気が凍り付くのが分かった。
総一郎さんは考え込んでいるが、雨音さんと虎徹さんはあからさまに顔を歪めている。
「つまりなんだ?お前達を捨てた母親を探せってことか?」
母親を探して欲しいと言う私達の言葉を聞いた総一郎さんは考え込んだ後顔を歪めて問いかけてくる。
きっとこの人は私達の事もある程度調べているのだと思う。
施設で保弘さん達がみんなを可能な限り家に帰すと言っていた、私達家族の事を一通り調べているから言える言葉だろう。
それに、あの時は情報がなかったとしても施設からここに来るまでの間に特定することぐらいここの組の人なら余裕で出来るだろう。優秀なのは分かるし。
「違うよ!柊達は捨てられてないの!」
「…悪いがお前達のことは一通り調べが付いてんだ。暴力が酷い旦那から自分だけ逃げてお前達を置き去りにしたんだろ」
「…違う!雛菊達がお母さんを助ける為に追い出したの!」
雛菊の言葉に総一郎さん達は目が溢れるほどに見開いて驚いている。
私達は母親を助ける為に追い出して自らの意思で父親の側にいる事を選んだ。
総一郎さんの考えてる事は分かる、暴力的な父親の元に小さい子供2人を置いて逃げた母親。
他人から見たらそうとしか受け取れないのも理解できる。
でも、私達の母親はそんな弱い人間じゃない。
気弱だけど、芯がしっかりあってやると決めたら最後までやる人だ。
そんな母だから、あのまま家にいたら殺されていた、それほどに当時の状況は酷かった。
母だけを逃すのは本当に簡単だった。
問題だったのは私達2人を連れて逃げるには行動が制限されてしまうこと。
私達は小さくて歩幅がとても小さい、自ら歩いたら途方もない時間がかかる。
じゃあ、母が2人を抱いて逃げれば良いと思うかもしれないが、子供1人でも重いのに2人なんて…少ない食料を殆ど私達に食べさせて自分は最低限死なない程度に食べるくらいだった母にそんな体力はなかった。
1人で逃げるのすら体力が持つかどうかだったし。
だから、置いて行ってもらった。
もらったと言うか、ルゥに頼んで連れて行ってもらったからほぼ誘拐みたいなもんだけど。
その時に雛菊も連れて行ってもらうつもりだったんだけど、雛菊は絶対に自分も残ると聞かなかった。
母と雛菊から離れて私がどこに行くのか分かっていたみたい。
その時に雛菊を説得出来なかったから仕方なく母親だけ連れて行ってもらった。
雛菊が残るなら当初の私が考えていた作戦が使えないので新たに作戦を考えた。
丁度その頃貧民街では誘拐が頻発していて、よく顔を隠した怪しい人達が子供達や見目の良い大人などを物色しているのを見かけたから、これは使えると思った。
母がいなくなってより荒れた父親は常に金にに困っていて、母が居なくなったのだから収入が無くなり自分が働かなくてはならない事にも苛立っている様子だった。
これも使えるとずっと思っていた。
次の日、子供達を物色している男達にいなくなった母親を探していると話しかけ、父親がろくでなしで明日のご飯をどうやって調達しようか悩んでいることを違和感がないように限界を迎えていて、誰でもいいから愚痴を零したかった子供の振りをしてこぼした。
その次の日父親に最近誘拐が増えているし、隣の家の子供がいなくなったとか、子供がいなくなったのに毎日ステーキとか食べてるんだよ、変だね?など伝えた。
察しの悪い父親でもこれで分かるだろ。
なんで男達にも伝えたかは簡単な話、私が愛されていない子供であると知らせたかったから。
犯罪者だって面倒方はなるべく避けたい。
貧民街にも子供を大切に思う親はいて、そう言う親は子供がいなくなるとすぐに捜索願を出す。
捜索願を出されるといくら上手く隠れている組織でも動きにくくなるだろう。
それなら親が要らないと言っている子供を金を払って連れていった方が穏便に済む。
貧民街なんて数時間後の食べ物すら買えないような人間が集まってる訳だから、少量の金でも喜んで子供を売るクソ親も多い。
私の作戦通りどちらも綺麗に引っ掛かってくれて私達は男たちに買われ、施設に売られた。
ここまでの話を聞くと母親はルゥのところにいるんだから探してもらう必要なんて無いって思うよね。
そうなの、探してもらう必要なんてない。
本心から探して欲しいなんて思ってない、だって居場所知ってるし。
「母親に危険が迫っていたから追い出したのは理解出来た。だが、お前達の提案を母親が呑んで1人で逃げた事は変わらないだろ」
「…ッ総お兄さん、お礼は何でも良いって言ったよ!雛菊はお母さんに会いたい!」
「総お兄ちゃんからしたら最低のお母さんかも知らないけど、柊達にとっては世界一最高のお母さんなの!」
雛菊は顔を歪めて半泣きになりながら、私は大粒の涙を流して総一郎さんに訴える。
そんな私達を見て困ったような呆れたような顔をして総一郎さんはため息を吐いた。




