第二十八話『調理場』
後ろから大声で呼び止められて、声の方を振り向くとコック姿の熊みたいな大男が目を輝かしながら立っていた。
森の熊さんが人里に降りて来たのか?
熊だし、髭もじゃだし調理場よりも森にいた方がしっくりとくる。
「お前らあれだろ!例の双子だろ!?いや〜俺会いたかったんだよ!まさかここで会えるとは俺ってついてるな!海斗から聞かされた時から肉眼で見てみたかったんだよ〜…にしても聞いてたよりもちっこくて可愛いなぁ!俺の娘もお前らくらい小ちゃくて………いっっでぇっ!」
「何をしているんですか、マシンガントーク辞めてあげてください。見てくださいよ双子ちゃんが固まっちゃってるじゃないですか。目もまん丸くしちゃって」
髭もじゃ熊親父こと料理長のマシンガントークに為す術なく雛菊と2人で固まっていると調理場の奥の方から若い男性が救世主が如く現れ、料理長の頭を引っ叩いて止めてくれた。
今あの人ハリセンっぽい物で料理長を殴っていたけど、今は持っていない。
ハリセン、どこにしまったんだろう?
「2人ともごめんね、怖かったでしょ?でもこの人見た目が熊なだけで悪い人では決してないから許してあげて?」
「俺はお前の子供か!」
「何言ってるんですか?貴方みたいな子供要りませんよ」
料理長のマシンガントークの次は男2人の夫婦漫才を見させられてる気分だ。
あと、ハリセンの人上司に容赦ないな。
「大丈夫だよ!ちょっとびっくりしただけ!」
「くまさんみたいでかっこいいね!」
「料理長の姿を見て泣かずにかっこいいと言うなんて、この子達いい子すぎる」
「お前の上司へのその発言は気に触るが、確かに中々に度胸があるちびっ子どもだな!」
「雛菊ですよ!ちびっ子じゃないよ!」
「柊だよ!」
「おぉ!すまんすまん!雛菊と柊だったな!俺は若槻銀次郎だ!よろしくな!」
「ついでに言うと僕は猫宮文哉だよ」
「「2人ともよろしくねー!」」
「おぉい!すっげぇ!双子って本当にハモるのな!」
私達が喋ったり動いたりするだけで喜ぶんだなこの人、めっちゃ単純な人だ。
双子初めて見たのかな?この世界では珍しいってわけじゃ無いと思うんだけど、地球よりは珍しい存在とかなのかな?
そう思っていると朝からまともにご飯も食べていなかったからか私と雛菊のお腹が調理場に響き渡るほどの音量で悲鳴をあげた。
「なんだお前ら腹減ってんのか!」
「朝あんまり食べてなかった!」
「お昼も食べる前に保弘お兄ちゃん達が来たからお腹ペコペコ!」
「朝も昼も食べてないのか?おやつは?」
「おやつ!絵本で見たことある!」
「甘いやつだ!施設に入ってから食べた事ない!」
「お母さんとプリン作った事はあるよ!あれはおやつかな?」
「甘いから多分おやつ?」
私達がおやつの存在を絵本でしか見たことがないと発言すると銀次郎さんや文哉さん、調理場で忙しなく働いている料理人達も耳を傾けていたのか顔を歪めていた。
「……よし!お前らちょっとここで待ってろ!」
「ん?分かった!」
「じゃあ料理長が戻ってくるまでここに座って待ってようね」
「はーい!」
銀次郎さんは素早く調理台の方に移動して行き文哉さんは私達を椅子に座るよう誘導した。
調理台にいる銀次郎さんが椅子に座っていても見えるんだけど、真剣な顔で手際良く何かを作っている。
最初のマシンガントークの最後に私達と同じくらいの娘さんがいると言っていたから自分の娘と私達を重ねて見てしまった可能性があるね。
情に厚い優しい人なんだろう。
調理台に行ってから数分経って、銀次郎さんがお盆に何かを乗せて戻って来た。
「待たせたな!ほれ!これ食え、美味いぞ」
「わあ!いいの!?」
「やったー!すっごくいい匂い!」
銀次郎さんが持って来てくれたのは、私達の弱った胃を刺激しないような優しい料理だった。
「これなあに?」
「これはな、ふろふき大根だ!」
「ふろふき大根!」
「大根って土の中に生える白いやつ?」
「や?土には植ってるが大根は黒いやつだ!白いのは見た事ないな!」
「くろ?ふろふき大根透明だよ?」
「大根は煮込むと透明になるんだよ」
「へぇー不思議だね!」
ふろふき大根ってモロ日本の食べ物じゃん、しかも大根の色が黒って…この世界の人よくそんな色の物を食べようと思ったな。
このふろふき大根を見ても無色透明で黒要素なんてどこにも無い、煮込むと色素が落ちるって事なのかな?
マジでこの世界よく分からない、でも銀次郎さんが作ったこの料理は本当に美味しそう。
「夕飯もう直ぐだから少しだけだが食え!ゆっくり食えよ!」
「ありがとう!いただきます!」
「いただきまーす!」
2人で手を合わせてから熱々のふろふき大根を口に運ぶ、大根は柔らかく煮込まれていてちょっと噛んだだけなのにほろほろと崩れた。
味付けは甘口の味噌でおやつでは無いんだけど、子供用に通常より甘く仕上げられているみたいだった。
久しぶりのまともな食べ物に表情が蕩けているのが鏡を見なくても分かる。
施設では腐りかけの物を無理やり口に突っ込んで飲み込んでいたから本当に久しぶりだ。
少ない食料を大人達が子供達に譲ってくれて、その食料を私達より小さい子や母乳が出るようにって母親に譲っていたし、雛菊なんて自分の分全部配っちゃうから私と半分こで食べていて、自分達の為だけの料理って本当に久しぶりだ。
隣に座っている雛菊も久しぶりの温かい食べ物に目を輝かせながらふろふき大根を頬張っている。
「おいしー!」
「とってもおいしい!」
「そんなに美味そうに食ってくれるなんて作った甲斐があるわ!」
「双子でも食べ方や浸り方が若干違うんですね」
「だよな!雛菊は口いっぱいに物入れて全身で上手いって言ってるけど、雛菊はチビチビ食べて大切に食べてるって感じだ!」
「……はぁー………ロリの幸せそうな顔…たまらん」
自分の食べ方を目の前で冷静に分析されるのは普通に恥ずかしいんだけど、キャラ的に突っ込めない。
あと、久しぶりのまともな料理で浮かれていたんだけど、なんか今、変態いなかった?
ロリータコンプレックス略してロリコンが喜んでいる声が聞こえた気がしたんだけど…
「おい変態。この子達を視界に映すんじゃねぇ、視界にも入んな」
「文哉さんの鬼畜!鬼!悪魔!ロリの観察は僕の唯一の生き甲斐なのに!」
「可笑しいなぁ、俺はお前にすこぶる優しい筈だろ?お仕置きされたくなかったら今すぐに仕事に戻れ」
「ひぃぃぃぃぃぃ!おっおっしゃる通りでございます!文哉さんはこの世で1番優しいです!犬島今すぐに持ち場に戻ります!失礼いたしました!」
「はぁ、あの変態は」
「良いじゃねぇか!変態は面白くて飽きねぇぞ!犬島はあの潔さが特に面白ぇ!」
「…あれは一歩間違えたら実害の出る変態にランクアップするので面白くありませんよ」
「大丈夫だろ!犬島はならねぇよ!お前が1番分かってんだろ?」
「はぁー」
文哉さんはロリコンと話をする時とても荒い口調になるし、一人称が僕から俺に変わるんだな。どっちが素の文哉さんなんだろう。
あと、実害の出る変態になるのは面白くないけど、実害がない変態は面白いって遠回しに言ってるのいい性格してるね、私も変態は面白くて好きだよ。
急に発狂し始めるところとか最初はびっくりするけど推しなどに悶えているだけだから関わっていくと面白くなってくる。
その発狂が日常にもあるし。
「あの〜料理長、副料理長。お話中申し訳ないのですが、そろそろこっち手伝って頂いてもよろしいですか?」
「あ?あ〜悪い!つい話に夢中になっちまった!今すぐ行く!」
「お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい!」
「忙しいのにご飯作ってくれてありがとう!」
「俺が作りたいから作ったんだ!お前らが気にする事じゃねぇよ、俺の方こそ美味そうに綺麗に食べてくれてありがとな!」
「また食べにおいでね?あと食べてすぐ走ったりしたら気持ち悪くなる事があるからゆっくり移動してね」
奥で忙しなく働いていた料理人が困ったような呆れた様な顔をしながら呼びに来て2人は仕事に戻って行った。
その際銀次郎さんはグリグリと頭を撫でて来て、ボサボサにされた髪を文哉さんが整える様に撫でてくれた。
大雑把な銀次郎料理長とそれのカバーをする副料理長の文哉さん、頭を撫でる動作だけでもフォローし合っているのが分かって…文哉さんが副料理長なのちょっと驚いたけど、こう見ると良いコンビだなと思った。
頭撫でられただけで大袈裟だなとも思うけど、日常の些細な行動からその人がどういう人なのかってある程度分かるからあながち間違いではないと思っている、いや思いたい。
因みにこの2人が私達の頭を撫で撫でしている時にその後ろには血の涙を流しながらこちらを見つめている変態がいたが、文哉さんに連行されて別の涙を流していた。
仕事に戻るって宣言していたのに普通にサボってるのバレたからお仕置きされるんだろうな。
可哀想。




