第二十七話『探検』
「…夕飯まで少し時間があるが、総一郎が言った様に部屋で休むか?」
「ううん!屋敷の中探検したい!」
「柊も!行っていい?」
屋敷の構造をある程度把握しておきたい、全ては把握出来ずとも少し分かっていれば、いざ逃げるという時にスムーズに逃げ出すことが出来る。
出来れば隅から隅までマッピングしたいけど、今は体力的にもキツいし、そもそも私はそこまで信用されていないので好き勝手歩き回らないと思う。
でも、少しでも見ておきたいで一応保弘さんの許可をもらいたい。
「…構わないが、雛菊お前が迷い込んだ場所は行くな」
「薄暗かった所?」
「…そうだ、あそこは危険物が多く置いてあるから行くな。基本的に暗いところには危ねぇもんが置いてあると考えて近づくな」
「わかった!明るいところだけ歩く!」
「こわい!気をつける!」
「…間違って触ったらドカンと爆発する可能性があるから気をつけろ」
いや、物騒すぎる。そんな危険物、人が暮らしている家に置くな!
普通に湊崎組が壊滅しちゃいますけど……
「柊見て見て!猫が日向ぼっこしてる!」
探検を始めて数分、ゆっくり歩いていると縁側に丸くなって寝ている黒猫を雛菊が見つけて側に駆け寄っていく。
「雛菊!走ったら危ないよ!」
「大丈夫!早くおいで!」
雛菊は私の側に戻って来て手を優しく引っ張って黒猫の元へと連れていく。
雛菊は黒猫の隣に座ってびっくりさせない様に小声で話しかける。
「猫さーん、ちょびっとだけ撫でさせてくださーい」
雛菊の声に反応した黒猫がゆっくりとした動作で顔を上げたが、雛菊の顔をチラリと見た後、興味を無くした様に顔を伏せてまた眠りについてしまった。
雛菊はその反応を見てどうしたらいいのか分からずに不思議そうに首を傾げた。
「…これは触っちゃダメってことかな?」
「うーん、触っても良いんじゃないの?威嚇してこなかったし!」
「そうなのかな?…よし、試しに触ってみる!失礼します!」
ゆったりと寝ている黒猫に雛菊は深々とお辞儀をしてから優しい手つきで背中をゆっくりと撫でた。
黒猫は特に反応を示さずに眠っているので多分不快とかの感情はないんだと思う。
雛菊めっちゃ幸せそうな顔してるな、小さい頃は良く猫と遊んでいたけど、施設に連れてこられてからは触れ合う機会がなくて悲しんでいたから私も楽しそうな雛菊が見れて嬉しい。
「ふわふわだね〜」
「癒されるね〜」
雛菊に便乗して私も触らせてもらったけどブラッシングしたてのようにつやつやふわふわしていた。
はぁ、日々の疲れが消えていく。
これぞアニマルセラピー、猫を撫でてニコニコしてる雛菊にも癒されるので、雛菊セラピーも同時に受けてる。
今この世界で1番な幸せだな私。
そんな事を思いながら雛菊と2人で猫を不快にさせない様に気を付けて声も抑えながら撫でくりまわした。
「猫さんにお名前とかあるのかな?」
「どうだろう?」
「その子に決まった名前はないのよ」
猫に夢中で全く気が付かなかった。
後ろの襖がいつの間にか開いていて中から綺麗な銀髪の女性が顔を出していた。
「こんにちわ!どうしてお名前がないの?」
「こんにちわ!この猫さんこのお家の子じゃないの?」
「元気なお返事ね、こんにちわ。そうなのよこの子はたまに来る野良猫だから決まった名前がないの、私は黒豆くんって呼んでるわ」
「黒豆…美味しそう!」
黒猫だから黒豆なんだろうけど、なんで豆なんだろう?豆が好きなのかな。
それか、おせち食べてる時に出会ったから豆にしたとか。
「決まった名前がないからみんな好き勝手呼んでいるわ。黒いのって呼ぶ人もいるし、カゲとか黒ゴマって呼んだり、黒猫とか関係なしにタマって呼ぶ人もいるの。本当に色々な名前がこの子にはあるのよ」
「そうなんだ!雛菊も雛菊だけのお名前で呼びたい!」
「名前がいっぱいあって面白いね!」
カゲとかタマはまだ良いとして、黒いのって流石に適当すぎない?呼んでる人には検討つくけど、秋巴さんとか隆之介さん辺りが呼んでそう。
……あれ?この猫右目を怪我してる。
「あ!黒豆くん目を怪我してるよ?」
「そうなのよ、野良猫だから縄張り争いとかで怪我をするんでしょうね。昔の傷だから今は治っているし、縄張り争いも落ち着いているけどね」
「黒豆くんも苦労しているんだね〜」
「ふふ、そうね。昔あまりにも怪我をして来るからうちの子にならないかと聞いた事があるんだけど、聞くたびに威嚇されるから最近は聞くのを辞めたの。気ままな野良猫の生活が気に入っているみたい」
一匹狼なんだな。
この女性も無理矢理家に入れる事はせずに家族にならないかと態々聞いているところを聞くに優しい人なんだろな。
世の中には猫が嫌がっても無理矢理家に連れ帰る人もいるのに黒豆を本当に大切に思っているからこの選択をしたんだろう。
……外は危険なんだから保護した方が絶対に良いとかそういう考えがあるのはもちろん知ってるけど、ここは異世界だし大丈夫でしょ。
この猫が地球と同じ生物とは限らないし。
「そういえばお姉さん誰?雛菊は今日からここにお世話になってる雛菊だよ!」
「文章変!柊も今日ここに来たよ!」
「あら、やっぱり貴方達施設から来た子なのね。私は湊崎紫です」
「およ?湊崎って総お兄さんとおんなじ名前だね!」
「もう会っていたのね。総一郎さんは私の旦那様よ」
この人総一郎さんの奥さんだったのか、総一郎さん自身も美形だけどこんな綺麗な人が奥さんなんてやるなぁ。
紫さんはほんわか柔らかい感じの人だから落ち着いている総一郎さんと雰囲気が似ていてお似合いの夫婦だ。
「あっ!雛菊達探検の途中だった!」
「あら、探検をしていたの?」
「うん!夕ご飯の前に沢山探検したいんだ!」
「紫お姉さんとのお話とっても楽しかった!」
「私も楽しかったわ、探検楽しんで来てね」
「うん!」
「じゃあ紫お姉さん、ヒソクまたね!」
私と雛菊は紫さんと猫に手を振って小走りで探検を再開した。
「猫の名前ヒソクにしたの?」
「うん!前に柊に教えてもらった秘色色にヒソクの目の色が似てたから!」
「そうだったんだ。良い名前だね!」
「でしょ〜!」
雛菊は本当によく見ているなぁ、猫の目の色なんてそんなにジッと見てなかったから秘色色だったなんて知らなかった。
ネーミングセンス抜群過ぎるな、天才じゃん。
そんな事を思いながら歩いていると扉の無く暖簾が垂れている部屋を見つけた。
暖簾の先からは遠くにいても分かるほどにガヤガヤと騒々しい声が響いていた。
声を聞いて雛菊は好奇心が抑えられないとばかりに走り出して、私もその後ろを急いで追いかけた。
雛菊が走っているのに私がゆったり歩いて着いて行っていたらその場面を見た人に違和感を与えてしまうからね。
「柊、ここは何する部屋?」
「ここは調理場だね!」
「調理場ってことはご飯がいっぱいあるってことだ!お腹すいた!」
「雛菊涎垂れてるよ」
「えへへ、想像したら出ちゃった!」
私達は調理場の入り口から顔を覗かせて中の様子を伺った。
覗いた調理場は戦場そのもので、私もちょっと期待していたつまみ食いが出来る雰囲気では到底なかったので、私達はつまみ食いを諦めて違う場所を探検しようと調理場から目を逸らした。
のだが…………
「お!?…あっ!!?おい!そこのチビ助2人!」
「「ん?」」




