第二十三話『私達の部屋』
着替えを終えて外に出ると目の前に保弘さんが待ち構えていた。
何やってんだろ、この人。
「出て来たか」
「保弘お兄ちゃんどうしたの?」
「誰かにご用事?」
「…お前ら部屋案内まだされてないだろ?」
「保弘お兄さんが案内してくれるの?」
「あぁ、着いてこい」
言葉足らずの保弘さんは私達に要件が伝わったと理解するとこちらを振り返る事もなくスタスタと歩き出してしまった。
置いて行かれてしまうので仕方なく着いていく事にしたけど、部屋ってクルミさん達とは違う所にあるのかな?私達以外は部屋の案内が終わってるって言ってたからてっきり部屋の場所をクルミさん達に教えていて案内はクルミさんだと思ってたんだけど。
保弘さんはスタスタと歩いている割には私達に歩調を合わせてくれているのか一定の間を開けて置いていかれることのない距離感を取っていた。
なんな、保弘さんを尾行しているみたいな距離感だな。
そんな絶妙な距離感を保ちながら歩いていると保弘さんが急に立ち止まって横の襖を見て着いたと言う。
「着いたぞ、ここがお前らの部屋だ」
「ここ?開けていいの?」
「…あぁ」
「お邪魔します!わぁ、和室だ!」
「雛菊も見る!すごーい!ひろい!」
「気に入ったなら何よりだ。畳の匂いとかが気になるならフローリングの部屋もあるから言え」
「わかった!」
「うん!でも畳いい匂い!」
「そうか」
案内された部屋は私達には広すぎるんじゃないかと戸惑うほどに広かった。
けど狭いよりは全然良いのでありがたい。
家具も用意されており、畳の部屋にピッタリの机や箪笥などが設置されていた。
何から何まで至れり尽せりで本当にありがたい。
「この部屋の隣には一樹や隆之介が住んでるから何かあったら遠慮せずに言え、他の施設の人間の部屋も近いから伝えとけ」
「そうなんだ!分かったみんなに言っておくね!ありがとう!」
「ありがとう!うるさくしないように気をつけるね!」
施設のみんなと部屋が近いのも一樹さん達と部屋が近いのもありがたい。
さっきからありがたい尽くしだな。
保弘さんの言う通り遠慮なく逃げ込ませてもらおう。
「雛菊、あそこに本置けそうだよ!」
「本当だ!早速置こう!」
「お前らも書庫から本持って来たのか?」
「持って来た!でも1番大事な本はお母さんが書いてくれた絵本なの!」
「すっごく面白いよ!」
「……上手いな」
「でしょ〜雛菊達の宝物なんだよね!」
「うん、宝物!」
雛菊が絵本を広げて保弘さんに自慢をしている。
今世の父親はギャンブル狂いのゴミで、常に家が貧乏だったし、お母さんの給料も殆どギャンブルに使われてしまっていたんだよね。
明日のご飯どころかその日のご飯さえ買えなかった時に私達の誕生日が来ちゃって、プレゼントなんて要らないって私と雛菊は言ったんだけど、お母さんが要らなくなった紙を職場から貰って来て、話を作って絵を書いて本を作ってくれたのだ。
前に本が欲しいと言ったのを覚えていた様で私達の為に一生懸命作ってくれた絵本。
素人が作ったものだから形が歪な絵本だけど、私達にとっては宝物だ。
これだけは父親にも施設長にも捨てられずに持って来れて良かった。
「…これで部屋の案内は終わりだ」
「うん!ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「………」
終わりだと言ったからてっきり帰るのかと思ったんだけど、保弘さんは黙ったまま私達をガン見し続けている。
なんだ?
「?保弘お兄さん、他になんかご用事ある?」
「…お前達に会わせたい奴らがいるんだが、今から連れて行って大丈夫か?」
「会わせたい人?」
「全然大丈夫だよ?雛菊達だけでいいの?」
「お前達が迷子になっている間にお前達以外の施設の連中は顔合わせが済んでいる。総一郎が態々玄関まで来てたからな」
「そうなの!?」
「総一郎って人が会わせたい人?」
「あぁ、ここの組長だ」
保弘さんが会わせたい人というのは湊崎組のトップ、組長の総一郎さんと言う人だった。
全員いるところでチラッと顔を見せたりするだけだと思ってたのに、まさかガッツリ対面で会う事になるなんて。
てか玄関来てたのか、私が玄関にいた時には多分来ていないはず、ざわざわしててよく見てないけどいなかったと思う。
惜しい事をしたなぁ、その時に挨拶出来ていれば個別面談みたいな事しなくて良かったのに。
あーー、でもどうせ雛菊は迷子で挨拶出来てないから変わらないのか。
それなら変に1人で挨拶するより2人セットの方が印象が分散してガッツリ覚えられる事がなくていいのかな…?
「…総一郎の部屋に案内するぞ」
「はーい!」
「レッツゴーだよ!」
そういうと保弘さんはまた素早く移動を開始した。
浴場から部屋までは遠かったけど、今回はそんなに歩く事なく直ぐに目的地に着いた。
組長の部屋は屋敷で1番陽当たりが良さそうな場所にあって襖のせいかもしれないけど、大分大きい部屋の印象だ。
「お部屋広そうだね!」
「ね、私達の部屋と襖の数が違うもんね」
「総一郎、保弘だ。入るぞ」
保弘さんは部屋の前で止まると立ったまま部屋の主人に声を掛け、返事を待つ事なく襖を開けた。
普通部下が上司の部屋に入る時はノックとかしない?
襖だったら叩かないけど、入室の許可が出てから断りを入れて入るとか。
ずっと思ってたけど、この人本当にマイペースだよな。
「ちょっと保弘!あんたはいっつも許可なく入ってくるのやめなさいって言ってるわよね」
「問題か?」
「問題に決まってるでしょ?商談とかしてたらどうするの?……面倒なのは理解出来るけど、総一郎様が返事をするまで待ちなさい」
「分かった。善処する」
「はぁ、絶対にまたやるでしょ」
先に部屋に入った保弘さんが女性と喧嘩しているのが聞こえた。
まさかとは思ってたけど、この態度いつものことなのか。しかもいつも怒られているのに改めないって本当にマイペース……いや、ここまで来ると非常識なだけ?
保弘さんと女性の喧嘩がいまだに終わらないので雛菊と2人で襖から少し顔の覗かせる。
女性の方は保弘さんがデカくてよく見えないけど、保弘さんは頭をかいて困った様な動作をしている。
その横に着物を着て部屋のど真ん中に座っている黒髪の男性と目がガッツリ合った。
施設でもこんなことあったなと思い出しているとその男性が私達に入って来いと緩い動作で手招きをした。
多分、この手招きをしている人物が湊崎組の組長、総一郎さんなのだろう。




