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マフィアとクリスマス

作者: なたでここ

初投稿です。お手柔らかにお願いします。

白い息が消える。

電車は混んでるし、人は多いし、良いレストランはどこも予約でいっぱいだし。

なんて最悪な日なんだろう。


12月25日。

そう、今日はクリスマスだ。


普段は忙しなく回っている世の中も、今日は皆浮き足立っている。恋人と過ごしたり、家族でレストランに行ったり、クリスマスに仕事をしている人の気も知らないで。

本当に最悪だ。


人の波に流されながら、暖かく赤い光を放つ駅へ向かう。

こんな日は、いつもより一層早く帰ってシャワーを浴びたい。

道路が混むと予想して車で来なかったのが間違いだった。こういう日は人が詰まった電車ではなく、愛車の中で1人ジャズを聞いていたい。


目の前に聳える絢爛豪華なクリスマスツリーを一瞥して、改札を通ろうとした瞬間。

ポケットに入っていたスマホが震えた。


「………」


人の波から外れ、恐る恐る相手を確認して案の定の相手だったので、電話を切った。


「よし」


顔を上げて、1歩踏み出した2秒後にまたスマホが光る。

切る。

光る。

切る。

光る。


「っあーもう」


めんどくさい。嫌々応答ボタンを押した。


「なに?」

「ハッピークリスマー」


切った。


「そろそろ着信拒否しようかしら」


光る液晶画面を雑にタップしていると、またかかってきた。


「………はぁ」


ため息をついて、スマホを肩と耳の間に挟んで人の波とは逆方向に歩き出す。

聞きなれた軽薄な声が、画面から聞こえる。


「いやぁごめんごめん」

「……………用件は?」

「紗蘭、駅にいるよね」

「そうね」

「今から、紗蘭のこと迎えに行ってあげるから」

「なんで?」


俯きがちな視界に清楚な純白の結晶を認めて、顔をあげる。

深く吸い込まれそうな濃紺の夜の底から、星と見紛うような細雪が見えた。


「だって、沢山殺したんだろう?」

「……………ええ」


人の沢山いる電車に乗りたくないのも、早く帰ってシャワーを浴びたいのも。

この幸せな世の中の雰囲気に、錆びた鉄のような血の匂いは、邪魔でしかないからだ。


だから、取り残された私には。

この同僚のふとした拍子に出る、落ち着いた低い声が心地良い。


「任務お疲れ様。彼処を潰したのはデカいよ。これは昇給かな?」

「お金より休みが欲しいわ」

「それは多分無理だねえ」


これは今年最後の任務だろうか。

そうであることを願うばかりだ。


「待ってて。飛ばすから」

「はいはい」

「紗蘭。好きだよ」


彼の口から発せられるその言葉に。

私はため息混じりに返した。


「………ありがと」


視界に煌びやかなイルミネーションが映る。

雪がゆっくりと重力に従って落下していく。

太ももに括りつけたナイフが。コートの内ポケットにある拳銃が。

いつもより重く、私に伸し掛る。

私はマフィア。

クリスマスですら、人を殺す仕事をしている。


***



私たちマフィアは給料は良いけれど休日が絶望的に無いから、お金を使う先が限られている。

その証拠である目の前に止まった黒塗りのリムジンに、私は躊躇なく乗り込んた。


「おつかれ〜」


飄々とした態度に人当たりのいい笑顔を浮かべて車を運転するのは、同僚の蓮。


「蓮は?今日は何をしてたの?」

「んー?なーんにも。溜まった報告書30枚ぐらい書いて、呑気に珈琲飲んでたらこんな時間だった」

「羨ましいわぁ」


うちのボスは人使いが荒すぎる。

1つの組織を潰すのに派遣するのが私と私の部隊一つって。しかもクリスマスに。

それともクリスマスだから1人でも何とかなる私を充てたのか。


「どーする?うち来る?」

「そうさせてもらおうかしら」

「はーい」

「疲れたから少し寝るわ。起こしてね」

「らじゃー」


流石にお金をかけているだけあって、車の寝心地は最高だ。

内ポケットに入っていた硬い拳銃を取り出して身体を倒し、ジャズが流れていることに気づいた次の瞬間に、意識は消えていた。


***


生まれた瞬間に捨てられた私を拾ってくれたのは、とある殺し屋だった。

彼は私の才能を見抜き、鍛え、殺し屋に育てあげた。物心ついた頃から私は、彼の命令通り人を殺していた。


14歳の頃。

その日はいつもより早く拠点に帰ってきた日だった。

拠点が襲撃された。

たった1人の若い男だった。

育ての親の殺し屋は殺され、私は善戦したが、男は強かった。

長時間の戦闘の末、利き腕と右足の骨を折られ、急所は外れたが腹を撃たれ、私は明確に追い詰められていた。


初めての敗北に、肩で息をしながら目の前に佇む男を睨みつけた。

気が動転して呼吸が浅くなり、白く冷たい息を絶えず吐いていたのを覚えている。あの日も寒い冬の日だった。

どうすればいいのか分からなくて、静寂に包まれながら、男を睨んでいた。ただ自分の心臓の鼓動と荒れた呼吸が、静かな夜の世界に異様に反響して聞こえていた。

しばらくして、徐に男はにっこり笑って口を開いた。


「君、うち来ない?」

「………??」

「僕、君に一目惚れしちゃった。いや、正確には、二目惚れ?その強さ、僕のために使ってよ」


それが蓮。

私をマフィアに引き抜いた人。

その時既に彼はマフィアの幹部で、私は別に断る理由もなかったから、彼について行ってマフィアに入った。

そこから私は昇進して、4年で幹部の仲間入りを果たした。

蓮との関係性も先輩から同僚へと変化した。

変わらないのは、一目惚れした、という彼の感情だけ。

なんだかんだ言って蓮は私の1番の理解者で、私を1番に考えてくれていることはわかっていて。私は昔からずっとそれに甘え続けている節があるのも自覚している。

でも、殺ししかしてこなかった私にとって、恋愛というものはあまりにも未知数で。彼の気持ちにどう答えるべきかもわからなかった。


「紗蘭、紗蘭」

「んー……」

「起きて」


つんつんと頬をつつかれて、ようやく目を開く。

私の顔を覗き込んでいた同僚とぴたりと目が合うと、彼はにっこりと口角を上げた。


「疲れてるねー」

「そりゃそうよ」


ゆっくり起き上がって、内ポケットに拳銃をしまって車をおりる。

タワーマンションの最上階にある蓮の家は行き慣れている。任務が夜遅かったりしてタイミングが合うと、蓮はいつも私を迎えに来る。そのまま彼の家に行き爆睡するか、お酒を嗜んでから爆睡するのがいつものお決まりだった。


「ねぇねぇ」

「何?」

「今日なんの日か知ってる?」

「クリスマス」

「そうだけど」


エレベーターの中で、むー、と口を尖らせる蓮を見て、クリスマス以外に何かあったかと思案する。

顎に手をあてて数秒考え込むことで、あ、と思い当たった。


「貴方が私をマフィアに誘った日」

「そう、大正解!!僕が君に一目惚れした日!!良かったーまた忘れられたかと」

「あれは忘れてた訳じゃくて……」


この男が私を負かし、マフィアに連れてきたのは5年前のクリスマスだったらしい。

当時の私はクリスマスなんてもの知らなくて、その1年後のクリスマスに初めてそのイベントを知ったのだ。ちょうどそんなキリがいい日に私はマフィアに入ったのかと驚いた記憶が有る。


チーン、と音がして、エレベーターが止まる。最上階から見る街並みは、やはりいつもより明るい気がした。


「まさかあの時の僕は5年経ってもただの同僚のままだとは思ってなかっただろうなー」

「………………」


そういう蓮の顔はいつも通り笑顔で。

私はなんだか逃げたくなってしまった。


蓮は気にせず家の扉を開け、部屋の電気をつける。


「ソファ座ってて、なんか作る」

「ねぇ」

「………ん?」


無邪気に振り返るこの人がマフィアの幹部なんて誰も思わないだろう。時折私も忘れそうになるぐらいだから。


5年経った。

その事実は私に重くのしかかってきた。今までずっと逃げてきたこの同僚との関係性も、これからことも、ハッキリさせなきゃいけないのはわかっていた。ずっと前から。


「………好きって何?」

「………んー」


目の前の人は少し考えるような仕草をしてから言う。


「よくわかんない。その人の笑顔が見たくなって、ずっとその人のそばにいたくなる」

「………私のどこがいいの?」

「見た目、強さ、性格」

「その感情は」


玄関で。私はコートも脱がないまま、俯いて言う。ずっと悩んできたことをぶちまける様に。


「その感情は、マフィアで必要なの?」

「……………」

「人を殺す私達に、必要なの?」


沈黙。

目の前の彼は先程までの笑みを消す。

あー、と困ったように言って、頭をポリポリとかいてから口を開いた。


「どうしたの、急に」

「今までずっと、逃げてきたのはわかってる」

「……………」

「わからないの。人を殺すことしかしてこなかったから」

「…………わかりたいの?」


そう聞かれて、黙り込んでしまう。

わかりたいのか、私は。人を好きになることを。違う、そうじゃない。


私が知りたいのは、どうすれば、蓮と今まで通り仲のいい同僚としてやっていけるか。それだけ。

でも、その認識が間違っているのもわかっていた。同僚と思っているのは私だけで、蓮にとっては最初からそうではない。じゃあ、どうすればいいのか。


わからないから、半分自暴自棄になって。俯いて震える声で言った。


「…………蓮は、私とどうなりたいの」

「…………………」


とても長く感じられる沈黙の後。


不意に手首を掴まれた。

そのまま持ち上げられ、壁に押し付けられる。ぐっと距離が縮まって、すぐ目の前に蓮の顔があった。

逃がさないと言わんばかりの強い瞳で見据えられ、いつもの軽薄さなんて欠けらも無い低く掠れた声が耳に触れる。


「家にまで上がっておいて。僕が今までどんな気持ちだったかわかる?」

「………」

「いいよ。僕が紗蘭とどうなりたいのか。いまこの場で教えてあげても」


そう言われた瞬間、唇を塞がれた。

思わず目を強く瞑ってしまう。何が起こっているのかよくわからなくて、息が出来なくて苦しかった。逃げ出してしまいたかった。


「…………っ」


不意に唇が離れ、腕が開放された。

力が抜けた右腕は、重力に従ってだらんと落ちる。


「……っごめん」


そう言う蓮の顔は俯いていて、前髪に遮られてよく見えない。

でもなんだか泣き出しそうな顔をしている気がして、私は焦った。


そうだ。泣きたいのは蓮の方だ。

ずっと逃げ続けてる私は卑怯だ。ずっと彼に同僚でいて欲しいと願っていた私は、どれだけ彼を苦しめていたのか。


「必要かどうかなんて関係ない。不可抗力なんだ」


そう言って絞り出すように言う蓮を見て、ぎゅっと胸がつまる。

それは、さっき私が問うたことの答えだった。


くるりと、蓮は私に背を向ける。


「………まって、」

「……いいよ。疲れてるでしょ。お風呂沸かしとくから、早く寝な」

「……………」

「別に僕は。紗蘭にそんな顔させたい訳じゃないから」


突き放すようなその言い方に、私は何も言い返せない。

罪悪感と無力感、焦燥感に襲われて、無意識に片腕で体を抱きしめた。

頬を伝った涙が、ぽとりと落ち、床を濡らす。

そのまま離れていく蓮の背中を見ることしか出来なかった。手を伸ばしたくても、その資格は私にはない。



私は何よりも、蓮が傍から居なくなってしまうことが怖い。

だから同僚、という関係性に縋った。今の関係が変化してしまうのが怖かった。

だって私は、殺すことしか出来ないから。マフィアを離れることなんて出来ないから。

今の生き方以外、知らないから。




*****




「おっはよー!!!」

「………えっと」


翌朝の蓮は完全にいつも通り、というかむしろハイテンションだった。

なんだか調子が狂ってしまう。昨日あったことなどすっかり忘れてしまったみたいだ。

それとも、忘れてしまいたいのか。


でもそのハイテンションは、他の理由もあるような気がして、聞いてみる。


「どうしたの?」

「今日!!俺達!!休み!!!」

「………………………え」

「休みだよ!!紗蘭も!!」

「………え?」


休み。

そんな単語、最後に聞いたのはいつだろう。

どうせ年末年始も馬車馬の如く働かさせられるものだと思っていた。


「さっきボスから連絡があったの」

「…………ほんとに?」

「ほんとに!」

「……そう」

「あーー嬉しすぎて涙出てくる」

「ほんとね」


浮かれながらキッチンへ向かう蓮の後ろ姿を見て、複雑な気持ちになった。


やっぱり蓮は昨日のことなど忘れてしまいたいのだろう。そうして、今まで通りこの曖昧な関係を続けようとするのだろう。私のために。


それで蓮が辛い思いをするのなら。

それは私の望む所じゃないのは明確だった。


だから、今の気持ちを素直に告げようと思った。

それが、彼にとっていいことかどうかはわからないけれど、曖昧なままずっと彼を苦しめるよりはいいと思った。


だから、私は彼に向かって手を伸ばす。


「…………………何」


蓮が振り返って、怪訝な目で彼の服の袖を掴む私の手を見る。

その目は昨日と違って、逃げたがっているような、懇願するような目をしていた。


「私は」

「…………」

「私は、蓮の見た目も性格も、その強さも好き」

「……………ん?」

「私だって、蓮に笑ってて欲しいし、蓮と一緒にずっと仕事したい」

「………………」


困ったような、困惑するような顔をした後、蓮は身をかがめて私の顔を覗き込む。


「…………それって」

「わからないの。人を殺すことしかしてこなかったから」


昨日と全く同じセリフ。

わからないことは事実だ。けれどわからないと逃げ続けて今なお、わからないのなら。

それでもいいから、進んでみる。

蓮に笑顔でいてほしいと思っているのは、確かだから。


「でも」

「…………」

「昨日のは、嫌じゃなかった」

「え」


そう言って、静かに彼の頬に口付けた。


「はい、朝ごはん作ります」

「え、え?」


固まって動かない蓮の目の前を通り過ぎて、キッチンの前に立つ。

キッチンからちらりと見えた蓮の耳は、熟れた林檎のように真っ赤だった。


出会ってから5年。

長すぎる年月を経て、少しだけ変化した蓮との関係性は、思ったよりずっと居心地の良いものだった。

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