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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

夢のような世界

作者: トリカトリ
掲載日:2009/12/31

 俺を殺した男は、泣き虫だった。



 その男はある日隣の家に引っ越してきた。偶然家には俺しかいなくて、応対に出た俺の前でいきなり泣き出したのでかなり引いた。のしを付けた洗剤を持って涙をぼろぼろこぼしながら、引越しの挨拶をした。男は花粉症なのに今の時期に異動になったと言った。多分言い訳だったのだろう。花粉が飛ばなくなった時期でも男は良く泣いた。


 俺は男ばかりの4人兄弟の末っ子で、母親は無類の世話好きだったから、男の一人暮らしは大変でしょうと俺に煮しめなんかを届けさせた。男は大げさに感謝しながら泣き、食ってうまいと言っては泣き、母親に会って味を褒めながら泣いた。軽く変態の域だとは思ったが、なんとなく気が合ったので一緒に行動するようになった。

 ゲーセンで遊んで楽しいといっては泣き、映画を見て泣き(悲しいのはもちろん、怖いのも震えながら泣き、笑える映画でも笑いながら泣いた)終いには空が青いといって泣き出した。

 とうとう一日中何をしても泣くようになったので告白したら、一際激しく泣きはじめた。

 迷惑ならもう会わない様にすると言ったら泣いて止められた。そして泣きながら嬉しいと答えたので、キスした。余計に泣いた。


 ある夜二人で歩いた。男は星が綺麗だと言って泣いた。

「なんでいつも泣くんだ?」

「ごめんなさい」

 理由を尋ねる俺に、いつも男は謝罪で答えた。当然泣きながら。


 出会って季節が一巡りしたあたたかい春の日に満開の桜の木の下で、男は俺を刺した。

 今までで一番大泣きしながら。それはもうひどい泣き方だった。顔中の穴から色んなものを垂れ流していた。

 こいつこれから大丈夫かこれで、と思いながら目を閉じて、

 

 俺は死んだ。


 


 殺されて俺は眼が覚めた。

 そこはひどく寒く暗く陰鬱で、そして無駄に広く豪華な部屋だった。

 俺は中央の椅子に座っていた。

 いや、椅子ではない。宝玉で飾られた金の玉座だ。

 俺はここの王だった。


 ここは戦渦と争乱の地ミゼラブル。神に見放され呪われた空はどす黒く渦巻き決して晴れることは無い。地は枯れ果てひび割れて川は毒を孕み流れ続ける。貧困が民を心身から絞りつくし、重なり合うようにして打ち捨てられた死体達は葬られることなく朽ちていく。貴族達は夜を徹して狂ったように遊び呆け、城の中は退廃と欺瞞と娯楽じみた策謀の香で満ちていた。

 俺はこの絶望の地に君臨し、支配する王だった。この座に着くために三人の兄達を殺し、刺客を放ってきた母を殺した。この長く昏迷の続く世界を終わらせるために。


「ご帰還をお待ちしておりました」

 目の前にいた男が喋った。暗い城の冷たい床に片膝と片手をついて頭を垂れていたその男は、俺の腹心の部下だった。いつも無表情で、冷静で、泣き顔どころかわずかな感情の揺らぎすら見たこともなかったが…。

 それは確かに、木の下で泣きながら俺を刺した、あの男だった。

「…あれは何だったんだ、夢か」

「敵方の呪詛でございます。陛下は3日の間眠り続けていらっしゃいました。私の使命は陛下の囚われた夢の中に入りその眠りを覚ますことでした。たとえ夢の中であろうと陛下をこの手にかけましたこと深くお詫びいたします」

 一筋の乱れなく男は語る。その顔にも口調にも一切の表情は無い。

「そうか」

「かけられた呪詛の残滓からヘイズ・ラージュの呪詛士かと思われます。おそらく来月に控えますイルガードとの同盟協議を妨げるためかと」

「そうか。あれは、夢か」

 まだ夢の残滓が身にまとわりついているようだ。昨日の夕飯は豚の角煮だった。三番目の兄のゆで卵を横から掠め取ったら30分ぐらい追い掛け回された。ああそうだ、美食家を気取っていたあの兄には毒入りのワインを飲ませて殺したんだった。

「はい。呪詛士は被術者の望むままの夢を作り出し目覚めなくさせ死に到らしめます」

 二番目の兄は呆れながら三番目の兄に自分の卵を譲ってやってた。でも気づかれないうちに自分のほうれん草も押し付けていた。あの兄は怜悧なため暗殺が難しかった。一番目の兄は弟達のケンカを豪快に笑いながら見ていた。あの兄は戦場で後ろから矢を射掛けて殺させた。

 母は優しく明るく料理上手で働き者だった。短い爪と荒れた指と厚い手のひらをしていた。手をつないで夕焼けの道を歩いた。愛人に爪を磨かせて俺を産んだ女を殺し俺をも殺そうと画策していた。


「あれは夢か」

 

「はい」

 

 俺はここの王だった。この悲惨で先の見えない世界の。そして世界の安定の為に尽力し死んでいく。それ以外の道はなく、それこそが幼い日に自分で誓い望み選んだ道だった。後悔は無い。

 


 

[ある夜二人で歩いた。男は星が綺麗だといって泣いた。]

[「なんでいつもなくんだ?」]

[「ごめんなさい」]

[星空の下、泣いてばかりいる男の頬にキスして笑った。]

[「謝るなよ。ばか」]

[俺今幸せだなと思ったことは男には言わなかった。どうせもっと泣くに違いないから。]


 あれはただの夢だと忘れることにした。

初めての投稿小説です。目を通していただけたら幸いです。

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