第三話:僕らとフリオと公園で(前編)
はい。
ということで今回は、前回の続きから書くことになるわけなんですけれど……って、前回ってどこで終わってたんだっけ?
*
「え? あ、いや、やっぱ下手くそなのかなって想って。カシヤマさん、小説書くの」
*
えーっと……………………???
はいっ!
ということで今回もね、まいどご機嫌な連載、樫山泰士の『カトリーヌ・ド・猪熊のバラの時代』をですね、書いていこうとですね、こう、想っているワケなんですけれどもね、
いや、もう、なんか、こう、残酷ですよねー、こどもって。
なんて言うんですか、こう、おとなが我慢して言わないでいるところをですね、こう、
グリグリグリグリグリグリィッ
と、えぐって来るところがですね、ほんっと、猪熊先生のキャラじゃなけりゃあ、はったおしてやりたいところですけれども…………よしッ! 仕切り直しッッ!!
*
はい。
ということで前回は、くっそ生意気な男の子アーサーと、その双子のお姉さんであるパウラちゃん、このふたりの紹介を、ふたりのネームを描いている先生の様子も描写しつつ、やっていこうとしてたんですけれども、その途中、急に先生が出かけることになってしまいました、と。
で、しかたがないので予定を変更、むかしアーサーくんたちが出会った? 起こした? “JJJ対ブルース・ブラザーズ事件”の顛末を、徒然なるままに書いていたんですが、
「これ、エルくんと飾森さんのはなしもしておいた方がいい感じかな?」
みたいな話になって、それで文字数かぞえたら、
「まーた、すでにけっこうオーバーしてるなあ、これ。」
って、今回へ持ちこすことになったワケですね…………って、やっぱ下手くそですね、わたし、小説書くの。
*
さて。
と、いうことで。
その日その年、それはつまり、猪熊先生が、“JJJ対ブルース・ブラザーズ事件”のネームを描きはじめ、その件でパウラちゃんとアーサー、それにその友だちのフリオくんが、先生のところに相談に来たその日その年って意味なんですけれども、くだんの飾森さんと愛犬のエルくんも偶然――という設定で――猪熊先生のマンションを訪れることになっていたワケであります。
で、まあ、皆さんすでにお気付きのとおり――というか、先ほど「という設定で」ってわざわざ書いたことからも分かるとおり――、この飾森さんとエルくんも、猪熊先生のマンガのキャラクターなワケであります。
飾森さんは、フルネームを「飾森陸」と言って、甘いマスクとあっまーい歌声が売りの、むかしそこそこ売れたシンガーソングライターで、いまは、ラジオのDJとか各種イベントの司会、それに、若いバンドの鍵盤サポートなんかをやっているひとで、ときどき不可解な殺人事件に巻き込まれては、相棒のエルくんとみごとに解決! みたいなことをして、日々を過ごしているひとだったりします。
で、その相棒、愛犬のエルくんってのが、また特殊なワンちゃんで……って、はい? どうかしました? …………「ときどき不可解な殺人事件に云々」の部分が軽く流され過ぎではないか?
あっ、
あー、いや、まあ、それは……、それはそうなんですけれどー、そこを説明し出すとですねー、まーたなっがい話になりますしー、今回はエルくんの説明を先に――、
うん、そう、そうなんですよ。
どっちかって言うと、そんなコ〇ンもどきのお話より、エルくんの特殊能力の方を話しておきたくって……、
ええ、そう。
彼、ひとの言葉が分かって喋れる、うねったカールのボーダー・コリーなんですよね。
*
と、いうことで。
その日その年、飾森陸さんと愛犬のエルくんが、やっとの想いで猪熊先生のマンションを見つけたころ、時刻はすでに、お昼の三時を過ぎようとしているところで、彼らを迎えに出た先生に対して飾森さんは、
「ぜんぶ、うまく行ってたんですよ、途中までは」
と、問題のスイートボイスで言ったそうです。
きょうの海岸道路はおどろくほどに空いていたし、舞浜大橋から見える臨海公園も、まるでナショナル・ギターのように輝いていた。
道だってこいつが――あ、“こいつ”ってのは、愛犬のエルくんですね――「東京タワーが見たい」って言い出すまでは、完璧に覚えていたのだと、
「信じてくださいよ、先生」
と、まるで歌うような感じで弁解する飾森さん。
すると、ほら、このひと、さっきも話したとおり、あっまいマスクのダメ男なんで、たいていの女は、この弁解にもなっていないような弁解で、なんか許しちゃいそうな感じになっちゃうんですけど、そこはそれ、さすがの猪熊先生ですから、
「でもね、リクくん」
と、ダメな我が子をやさしくさとすように応えるワケです。
「まえを通るだけなら、九号線を十一号線に変えればいいだけでしょ?」
それがなんで、三時間以上の遅刻になるのよ? と。
このマンションだって、まえに二度も来ていて、場所は知っているはずでしょ? と。
すると飾森さんは、ちょっと泣きそうな、こんどは小学生みたいな声になって、初台のケーキ屋がどうとか、となりの雑貨店の店員がこうとか、なんだかわけの分からないことを言いながら、手にした紙袋を持ち上げてみせるワケです。
「お土産ですよ、先生」って。
すると、その紙袋からは、先生の大好きなシナモンチェリーパイのいい香りがして来て、
「まえに、好きって言ってたでしょ?」って、飾森さん。「どうです? 気に入ってもらえませんか?」
と、ひき続きのなみだ声で言うワケです。
すると先生も、なんだかんだで、ダメな感じのイケメンには弱いので、
「うん」って、ほだされたそうな感じで言うわけですよ。「これを買ってて遅れたのね」
いやいや先生、パイひとつ買うのに三時間もかかりませんから。――と、ついついツッコミを入れそうになるわたし。
するとたぶん、わたしと同じことを想ったんでしょうね、そんな彼らの足もとから、
「オイオイ、ダンナ、やさしい先生をダマすんじゃネエよ」
って、加藤精三さんみたいなローバリトンボイスが聞こえて来るワケです。
「遅れたのは、アンタが雑貨屋のねーちゃんにちょっかい出してたからだろうが」
「あ、おい、こら、エル、だまれ」
と、いうことで。
こちらが問題の“エル”くん。人語を解す、うねったカールのボーダー・コリーちゃんです。
「オレがほえなかったらアンタ、オレたちまだ、アノ雑貨屋だぞ?」
で、まあ、こちらのエルくん、飾森さんの何倍も何十倍も先生の信任を得ておりますので、
「ふーん」
そう、先生は言うと、
「ま、ちょうど三時だし、いっしょにおやつにしましょう」
と、そのまま飾森さんの手からパイを取り上げ、
「さ、はいって、はいって」
と、エルくんだけを部屋にまねき入れようとし、
「そ、そうですよね、先生」
って言う飾森さんのまえでは、
パッタン。
と、扉を閉めるコトになるワケです。
上手に出来た煮込み料理は、冷めちゃう前に彼らが食べてくれてたし、頂いたこのパイも、四人で食べるのにちょうどいい大きさだしね、と。
「四人?」と、なんとかいれてもらえた飾森さんに、
「ナンダ、気付いてなかったのか?」先生に代わってエルくんが応える。「公園のガキどもの、ニオイがしてンじゃねえか」
*
「ふーん、なんだかそいつは、大変なことになってんだなあ」
と、それから二十分ほどがして飾森さん。みんながパイを食べるのを横目に、なにやら神妙な面持ちで話を聞いていたようだけど、
「でもまあ、マリサさんいい女だし」と、ついつい本音を漏らしちゃう。「ウワサでもいいから、オレも彼女と……」
漏らしちゃうもんだから――、
「げぇっ」
と、パウラちゃんには唾棄されるし、
「リクさん、最低」
と、アーサーには、豚小屋のブタを見るような目で見られるし、
「ってか、このオッサンだれ?」
と、伯母さん想いのフリオくんからは、あからさまな敵意を向けられることになるワケです。
「なんでこんなヤツ、先生描いてんの?」
あー、ねー、それはねー、お姉さんにも経験あるんだけどねー、
創作者のサガと申しましょうか、ゴウと申しましょうか、やっぱりですね、正統派のひとだけではなくてですね、色んなタイプのイケ……人間をですね、描きたくなるもんなんですよね――、それがどんなにニヤけたダメ男でも。
「え、ちょっ、ニヤけたダメ……って、ヤスコちゃん、それはひど過ぎない?」
だってー、飾森さんてー、
「はいはい、みんな、そう言わないで」
と、ここで猪熊先生。
「たしかにリクくんは、女性にだらしがないし、時間には遅れるし、別れた奥さまへの慰謝料もまーだ払い終わっていないけれども、それでもホントは――」
と、彼の弁護にまわってくれ――ってかこいつ、結婚&離婚してたんスか?
「こう見えて根はやさしいし、なんだかんだで殺人事件をはじめとした色んな事件を解決する名人でもあるワケで、例えば、光が丘公園でピエロのチャーリーが――」
あ、先生、読者の方には、さっきお話しましたけれど、殺人事件とかのお話は、始めるとまーた終わらなくなっちゃうので、今回は割愛する方向で――、とわたし。すると、
「え? あ、そうなの?」
と、先生。一瞬だけこちらを向いてから、
「つまり、私が言いたかったのは――」
と、皆との会話にもどって行く。そうして、
「つまり、私が言いたかったのは、リクくんなら、今回の件に関しても、なにかいいアイディアを出してくれるかも知れないってことなのよね」
と、飾森さんにほほ笑みかける。
「ね? リクくん?」
すると、この笑顔を受け取った飾森さんは、それまではちょっと所在ない感じでソファに座っていたんだけど、そこから立ち上がると、
「うーーん?」
と、ひと声うなってから窓のところまで行き、
「でも、それ、そっちの世界の話でしょ?」
そう言って、窓のカーテンをすこし引き開ける。
窓のむこうには、六月の石神井公園のみどりが、まぶしいくらいにひかっていて、
「俺のアイディアなんか、そのジェジェなんとかに通用しますかね?」
と、飾森さん。――これ、すでにいくつかアイディアが出ている感じです。
「そこは、私がうまく調節するわよ」と、ここで先生。「でも、やり過ぎるのはダメよ」
「やり過ぎる?」
「あくまで主体はパウラちゃんたち、あの町のひと達だから、あなたのアイディア一発で、「JJJ団壊滅!」みたいなストーリーはダメ」
「なるほど」と飾森さん、先生の方をふり返って、「要は、『きっかけを与えるレベル』ってことですね」
それから、片方の手首をもう一方の手首で払いながら、
「その町のひと達は? 信用出来るんスか?」
そう言って背筋を伸ばす。
「それはもちろん」と、先生。子どもたちの方を向いて、「そうよね? みんな」
すると、これには先ずアーサーが、
「それはもちろん」と、なにも考えないままに言って、
「みんな、JJJ団には怒ってるんですから」そうパウラちゃんが続け、「ペトロ伯父さんみたいに、がんばってるひともいるし」
そうして最後に、町の代表者、あるいは守護者みたいな顔つきで、
「ちょっとしたキッカケがあれば、」と、フリオくんは答えた。「みんな、ちからをあわせて対抗しますよ」
この返答に先生は、ただただ黙ってわらってたけど、そんな彼女に飾森さん、
「なるほどね」
と、天井を見上げながら応える。
「“ヤワラちゃん”が、この子たちを描いてる理由が、なんとなく分かりましたよ――おい、エル」
「ナンだい? ダンナ」
「ちょいと面白いアイディアが浮かんだ、手を貸してくれ」
「オレでいいのか? いつもはあんなにイヤがるクセに」
「今回はな。――オマエが犬でよかったよ」
(続く)