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第十三話:ささやかだけれど、誰かのなにかの、役に立つもの。(後編:その3)


 ジリリリリリリッ


 と、突然、リビングの電話が鳴った。


 でもこの時、この場にいたメンバーは、わたしも含めて全員、電話に出られるような状態ではなかった。


 時間は、とうに11時を過ぎていたけれど、結局アレから、マンガの仕上げやら、飛行機内の後始末やら、お客さんの記憶の改竄やら消去やら、散らかった部屋のお掃除やら、リクさんが壊した玄関扉の修理やらなんやらをやってたら徹夜になって、誰もかれもが、泥かスライムのように、リビングの床に倒れこんでは、眠っていたから。なのでわたしも、


「はやく、留守電に切り替わってくれないかなあ」


 と、寝ぼけた頭で、そんな風に想っていたのだけれど、それでも何故かこの日も、昨夜と同じように、いつもなら直ぐに切り替わるはずのそれは、何故だが全然、切り替わる様子を見せなくて、


 ジリリリリリリリリッ。


 と、ずーっと、ずーっと、鳴り続けていた。


 ジリリリリリリリリッ。


 ジリリリリリリリリッ。


 仕方がないのでわたしは、


 よいしょっ


 とばかりに、床からからだを――横で眠るミスターの頭を踏み台に――引っぺがすと、


 よたよたっ


 とした足取りで、リビングドアの横にある、固定電話のところにまで行った。


 それからわたしは――たしか、八度目か九度目のベルのときだったと想うけれど――、なんだかすこし、あたたかい気持ちになりながら、そのまま、その受話器を取った。


「もしもし?」


 そう言いながら、部屋を見まわした。なんだかみんな、仕合せそうな顔で眠っていた。


「猪熊スタジオですが?」


     *


「いっやあ、そちらの先生には、いっつもたっくさん買って頂いて、お得意さんも大お得意さんなんですよ」


 と、愛想がよく、恰幅もよい女性が、焼きたてメロンパンのような顔で笑っていた。


 彼女のうしろでは、きっとこの店の主人なのだろう、エプロン姿の大柄の男性が、不愛想、と言うのではないが、なんだかつっけんどんな表情で、あれやこれやと忙しく立ち働いていた。


 厨房の壁にかけられた彼のラジオからは、古い、イギリスのフォークソングが流れていた。


「あんた達もあそこのスタジオの人? なんだかマンガ描くようには見えないけど」


 彼女は続けた。この店の名前がはいった大きな袋に、色んな形の色んなパンを、丁寧に包んで入れながら。


「あ、いえ、わたしたちは、」


 と言いかけてわたしは、すこし悩んだ。となりにいるミスターの顔を見て――結局わたし達は、一体なんなんだろう?


「関係者ですよ、」


 と、戸惑うわたしのうしろで、恵一さんが言った。


「先生のマンガの関係者、協力者の方がちかいかな?」


 ここのパン屋には、この三人で来た。


 みんなの分の朝食兼昼食を買って来るよう言われたからだし、彼の悪魔が、なぜだかまだ戻って来てなくて、すこしでも気をまぎらわせて欲しかったからだ。


「あと、そこのちいさなチョコレートケーキ、」彼は続けた。「その、クルミの乗ったやつ」ふと、何かを想い出したかのように、「それも貰えますか?」


「これも?」女性は応えた。恵一さんの顔を見上げながら、笑って、「お兄さん、よく食べそうだもんね」


 でも、この質問に恵一さんは、ふとい、大きな、左手をあげながら、


「いえ、」と、ちいさな声で応えた。「それは……、その……、友人……、というか……、家族……、じゃないけど……、」


 すると、ここで突然、


「ああ!」


 とミスターが――それまで彼は、なんだかずっとだまっていたんだけれど――恵一さんを指差しながら言った。


「それだよ」と、すこし笑いながら。「たしかにそれだよ、鳥取先生」


「それ?」と、わたしは訊き返した。


「さっきの質問」と、ミスターは答えた。


「質問?」


「僕らはみんな、先生の家族で、友人で、一緒に旅する、旅の仲間みたいなもんだ」


 女性がわらった。ミスターの肩をバンバンッとたたきながら。


「いいこと言うねえ、赤毛の兄さん」


 それから彼女は、店の奥をふり返ると、


「アンタ!」と叫び、「先生のパイ! そろそろ持って来て!」


 それからまた、こちらを向きなおり、


「うちも結局、似たような感じさ」わたしの顔を見、ミスターの腕をさすりながら、「仲間はいいよ、大事にしな」


 壁にかけられたラジオが変わって、今度は、アメリカの何とかってシンガーソングライターが、2002年に発表したご機嫌なロックンロールが流れて来た。


 雨が降る気配はまったくなかったけれど、それでも、つっけんどんなご主人はつっけんどんなまま、ラジオの音量を、すこしだけ上げた。


     *


 『あわれみ深き十一の天使たちが、

  朝日に穿たれた暗き穴をなげく。

  私の心は深く落ち込んでいるが、

  それと同じく高まり始てもいる。』


     *


「ねえ、やっぱ、ちょっと買い過ぎたかしら?」


 川沿いの道を歩きながら、わたしは訊いた。誰に問うとでもなく。


「タケシさんは帰っちゃったし、八千代ちゃんもバイトがあるって明け方にはいなくなっちゃってたし」


 ついつい目移りしていっぱい買っちゃったけど、エルくんや伯爵、それにエレクトラちゃんにひと用のパンをあげるワケにはいかないし、


「やっぱり、9人には多過ぎるわよね、この量」


 するとこの言葉に、うしろを歩いていたミスターが、


「9人?」と言って訊き返して来た。足を止め、難しい顔で、「僕と、ヤスコちゃんだろ?」


「恵一さんに、猪熊先生」彼の方をふり返りながら、わたしは応えた。「パウラちゃんに、アーサー」


「あと、あのアシスタントの子?」と、ミスター。「そう言えば彼女、ウェイトレスの子とは会わないきりだったな」


「あの状態の先生とひと晩付き合ってたんだもん、仕方ないわよ」とわたし。「わたし達が戻って来たときには机の上で燃え尽きてたじゃない、灰のように、真っ白に」


「ちゃんと復活出来るかな?」とミスターが続け、


「大丈夫じゃない? 若いんだし」とわたしは返した。「で、あとはアメリアさんと石橋さん――ほら、九人じゃない」


 となりにいる恵一さんの方を見ると、彼も同意見だって顔をしていた。


 してたんだけど――、


「あれ?」


 と、ここでミスター。さらに難しい顔になりながら、


「ひい、ふう、みい、よお……、」


 と、指折り数えはじめると、


「ここの……つ?」


 と言ったところで、突然、


「あああッ!」


 と、大きな声で叫んだ。


「すっかり! 忘れてたッ!」


 と、同時に、


 ぱっしーんッ!!


 と、誰かが、空っぽの彼の頭を引っぱたく音が聞こえた。


「えっ?」


 と、わたしはおどろき、


「あれ?」


 と、となりの恵一さんもおどろいた。


「リクくん?」


 そうして、


「テメー、この野郎、すぐに迎えに来るっつっといて、忘れてんじゃねえぞ! この宇宙人!」


 と、飾森さんは叫んだ。修道士とともに空へ消えて行った、あの時と同じ服のまま。


「ちょ、ちょ、わるい、わるい、カザモリくん。悪気はなかったんだよ、カザモリくん」


 と、ミスターは返した。頭を抱え、彼から逃げるように。


「つい、うっかり、すっかり、忘れてただけなんだよ」


「てめー、この野郎、ミアさんがいたからよかったようなものをよお、」


 と、飾森さんは続けた。ミスターの無責任発言に、


「潮岬 (和歌山県)の先っぽなんかに、置き去りにしあがってよお!」


 と、彼の背中をポカスカ殴りつけながら――って、ちょい待ち。いま、ミアさんって言った?


「ほんっと、どうかと想うわよね、あのエイリアン」


 すると今度はうしろから、ようく聞き知った、妖艶な悪魔のささやき声がして、そちらをふり返るとそこには、漆黒の悪魔の羽根を――って、なんか白くないッスか? 羽根。ミアさん?


「いちど消されちゃったからね」


 そう言って彼女は応えた。天使のように真っ白な、悪魔の羽根を折りたたみながら、


「こっちに戻るとき、昔の名残りが出ちゃ――」


 が、それをたたみ終わるよりもはやく、


 ガバッ


 と、彼女は、彼女の天使に抱き締められていた。


「ちょ、ちょっとケイイチ、なによ、いきなり?」


「うるせえ、悪魔」と、恵一さんは応えた。「今度は、」それから、自分たちにだけ聞こえる声で、「今度は勝手に、消えるんじゃねえぞ」


     *


 『預言者たちの言葉が、

  貴方の口の端に上る。

  目に見え得る信念を、

  全ていま引寄せよう。

  地平に開いた暗き穴、

  そこより聞こえる君の声。』


     *


 さて。


 と、言うことで。


 我らが 《ときを見た少年》ことミスターの、いつも通りの詰めの甘さで、なんだか締まらない感じになってしまったけれども、


 なぜあそこで、あの飛行機の上で、高度一万メートルの星空の下と言うか、なんか時空の国境線みたいなところへ、放り出された飾森さんが無事だったのかと言うと、


「修道士の目をくらませてやろうとしたんだよ」


 と、言い訳がましくミスターは言った。マンションのリビングに正座をさせられ、他のメンバーからは白い目を向けられながら、


「僕の役割は、“かなしい時間”を回避したり、回避できなかったとしても、それに“立ち会うひと”のこころを少しでもなぐさめることだろ?」と。


 つまり。今回の場合だと、最初彼は、先生が“かなしい時間”に立ち会うことを回避しようと、茂木さんの命を救いにいこうとしたワケだけれど、どうもあのやり方は、修道士たち的には、《契約違反》になると判断したのではないか? と。


「うん。石橋さんの預言に現われた、彼がハッキリ見てしまったビジョンは、「猪熊先生が泣き崩れる姿」と「カザモリくん、あるいは茂木さんが、空へと落ちて行く姿」のふたつだったけれど、それは彼らの中では決定事項で――」


 それを知らなかったミスターが、必死でそれを変えようとしていたので、


「あのままでは契約不履行になると判断したであろう修道士のひとりが現場に現われ――」


 強制履行に踏み切ろうと、先ずは茂木さんを、続いて飾森さんを飛行機から放り出そうとしたワケね。


「なんだけど、そこで、飾森くんが自ら空に飛び出してくれた。――で、ピンッと来た」


 と、ここでミスター。よっぽど足がつらくなったのか、しびれた膝を崩そうとして、そのまま、


 ドタッ


 と、その場に倒れてしまう。


「来、来たんだけど……」と、打ち上げられた人魚姫のような彼、「僕が乗ってたから、エレクトラは使えないだろ?」そう言って話を続けようとするが、「修道士が見ているからね」


 ここで今度はミアさんが、


「そこで、私の出番になったってワケ」


 と、彼の言葉を引き継いだ。楽園のヘビみたいに、恵一さんにまとわりつきながら、


「ヤツが、リクくんが落ちるのを確かめ消えたところで――」


 なるほど、見えないように彼をキャッチしたワケですか。


「ほんと、地面ギリギリだったけどね」


 だけど、そこでそのまま皆の前に姿を現わしたら、こんどは「猪熊先生が泣き崩れる」預言が完成しない。


「だから、」と、ここでミスター。「僕だけ先にこっちに戻って、ヤツが先生の泣き崩れるのを確認したのを確認してから――」


 ミアさんと飾森さんを迎えに行くつもりだった――と。


「で? それをすっかり忘れていた?」と、これはわたし。


 しびれ切った彼の足を、コチョコチョコチョとやりながら、「ほんと、肝心なところでダメよね、あなた」


「あ、ダメ、足はやめて、ヤスコちゃん」と、もだえるミスターと、


「よーし、パウラ、アーサー、やってしまえ」と、これにのっかる飾森さん。「死んでも生まれ変われるらしいしな、手加減はいらねえ」


 そう言って、そのまま彼を床に押し倒し、


「え? ちょ、ちょっとやめ、やめろ、カザモリ! あ、こら、アーサー、パウラちゃ…………ギャーーーーーッ!!!」


     *


 『見慣れた人々の、

  笑い声が溢れる。

  彼女の優しさが、

  わたし達を包む。

  テーブルが囲まれ、

  音楽が流れ始める。』


     *


 と、いう感じで。


 ここでキッチンから、


「はいはいはいはい、みんなそこまで」


 と、言う猪熊先生の声が聞こえ、


「スープとコーヒー出来たからさ、食べる準備して」


 それに合わせるように、リビングに出て来た森永さんが、彼ら彼女らに取り分け用の小皿をわたす。


 それから、みんながみんな、想い想いにパンを選び、


「でもほんと、ミスターが……、みんなが来てくれて、ほんと助かったわよ」そう猪熊先生が言って、「でないと……、私……、ほんとに……、」


「気にすんなよ、ヤワラちゃん」と、皆を代表して、飾森さんが応えた。「おれたちゃ、その、家族みてえなもんだろ?」


 すると、そう言った彼の言葉に先生は、またふたたび泣き崩れそうになったのだが、どうにかそれを笑顔で止めると、


「ごめんね、リクくん」


 それから、


「ありがとね、みんな」


 と言うと、いつものように手を合わせ、


 パンッ


「それじゃあ、いただきましょうか?」


     *


 『七つの太陽と、

  窓辺に置いた、

  七つのあかり。

  それが、

  あなたの道を、

  家までの道を、

  どうか、

  どうか明るく、

  照らしますように。』


     *


 それから皆で、お腹がいっぱいになるまで、おいしいパンを食べた。


 コーヒーを飲み、スープも飲んだ。


 買い過ぎたと想っていたパンは、あっという間になくなっていた。


 猪熊先生は、大きなロールパンと、まっ黒なライ麦パンを、二つも食べた。


 彼女のとなりで飾森さんは、それを見ながら喜んでいた。


 ミスターが、なんだか難しい言葉で先生の能力についての考察を始めた。


 けど、すぐにみんなで眠ったフリをして、彼の言葉をさえぎった。


「はなし長いのよ、オジさん」と、パウラちゃんがとどめを刺した。


 それから今度は、誰かが先生に、


「なぜ今の仕事を選んだのか?」と訊いた。


「やはり、才能があったからなのか?」と。


 先生は、すこし笑って、すこし本気で考えた後、


「それは、自分じゃ分からないわね」と答えた。


「自分に才能があるとはとても想えない」とも。


 そうして彼女は、スープをひと口飲んでから、日々の仕事の話を、どうやってお話を作り、どうやってそれをかたちにし、送り出し、からっぽになった身体に、また新しいお話を作り出していくのかを、そんなことを、みんなに語った。


 ただただ、それを、それだけを、毎日くり返すということが、どういうものか、ということを。


 その孤独について、定期的に彼女を襲う、疑念と無力感について。


 みんな、肯きながら、その話を聞いていた。


 この歳までずっと、結婚もせず、子供も持たず、生きて来るということが、どういうものか、ということを。


 まっしろな紙に、線を引き、コマを割り、人物を乗せ、彼らを動かす。


 怒りや、苦しみや、悲しみや、喜び。


 歌や、踊りや、窓から見えた小さな花の、つぼみが開く、その瞬間とか。


 そんなようなことを、何十回、何百回、いや、何千回とくり返して、くり返して、くり返す。


 それが一体、どういうものであるのか。


「どんなに下手でも構わないのよ」と彼女は言った。


 但し、出来るだけよいものを、


「ささやかだけれど、誰かのなにかの、役に立つものを」


 そう心がけること。


 すると、その何十回、何百回、いや、何千回のうちの一回くらいは、自分が、この世界に対して、なにか役に立つ仕事をしている。


 そう、実感出来ることがあるのだ、と。


「だから、続けてるのよ」と、彼女は続けた。「パン屋も、よかったかも知れないけどね」


 そうして、お皿に残った最後のパンを、ふたつに割りながら、


「でもわたしには、こっちの方が合ってたみたい」と、みんなの顔を、ながめながら、「残りの半分、だれか食べない?」


     *


 『音楽が聞こえる。

  人々の笑い声も。

  音楽を止めないで、

  彼女の家で会おう。

  音楽を止めないで、

  彼女の家で会おう。

  音楽が聞こえる。

  人々の笑い声も。

  こわれた心のままで、

  どうやって生きて来たんだい?』


     *


 さて。


 と、言うことで。


 以上が、いまから5年前? 6年前? に起きた、カトリーヌ・ド・猪熊先生と、彼女のマンガの登場人物たちによる、すこし奇妙で、かなり支離滅裂な物語の、一部始終となります。


 この後も先生は、精力的に活動を、それこそ毎日、


「燃えたよ…、真っ白に…、燃え尽きた…」


 ぐらいの勢いで精力的に燃え尽きては、ひと晩寝て精力的に回復……といった感じの精力的マンガ活動を続けておられ、昨年7月からは! ついにッ!! 念願の!!! 『カトリーヌ・ド・猪熊大全集』第一期の刊行を開始されたのでありましたーーーー!!!!!


 はい、ここ、拍手するところですよー。


 パチパチパチパチ!


 そう。


 そうして彼女は、いまでも、同じように、見果てぬ夢を描いて、走り続けて、いるよね、どこか……って、はい? いま、なにか言いました? …………「それからみんなはどうなったのか?」?


 え?


 え? いや、それはそれこそ、彼らのマンガの続きを読んで頂ければ分かること…………多い? …………「って言うか、このお話のエピローグ的なナニカは語らないのかよ、このペチャパイ」?


 はあ……。


 えー、でも、それやり始めると、それこそ、もう1シーズン分 (13話分)、お話を続けないといけな…………「それを上手くまとめるのが貴女のお仕事なのではないか?」?


 はあ……。


 あー、いや、まあ、たしかに。それは、皆さまのおっしゃる通りっちゃあ、おっしゃる通りなんでございますが…………困ったなあ、なーんにも考えて……え? …………「なんか、こう、ピッとまとまる短いエピソードとかないの?」?


 うーーーーん?


 でもー、いままで散々お見せして来たとおりー、わたしー、そーゆー、“ピッとまとまる短い”的なのー、ほんとダメって言うかー、……あ、そだ。だったら、あの話でもしようかなあ?


 え?


 うん、そう。


 えっとですね、いま話したお話から、一年? もっと短かったかなあ? それくらい経ってからなんですけど、わたしの家に、荷物がひとつ届いたんですよ、ミスターから。


 そうそうそうそう。


 なんかー、未来の世界? かなんかの、亜空間宅配事業者的なひとが、うちの書斎の空間開いて現われて――、


「こちら、受け取りにサインを」


 って、不愛想な茶色の小包み置いてったんですね。


 で、まあ、その小包みの差出人欄もミスターになってたし、こんな感じでモノを送って来るなんて彼しかいないワケで。


 そうそうそうそう。


 それで、そのままその小包みを――まあ、ちょっとは不審には想いましたけど――開けてみたんですね。


 すると、その包みの中には、ずうっと昔に彼――あ、そのときは彼女だったんでしょうけど――が着ていた、まっ赤なシルクのオーバーコート、そのバラ色の切れっぱしが入ってたんですね。


『僕の代わりに、先生に贈っておいて。』


 って、一枚のメモと一緒に。


『この布だけを、ちいさな、きれいな、青い箱かなにかに入れて、説明書代わりに、白紙を一枚、入れるかなにかして。』


 って、自分で来いって話ですけど、彼は彼で、宇宙を救ったり、“かなしい時間に出会うひと”を助けるのに忙しいらしくて、それで多分、わたしに代理を……はい? なんですか?


「彼はなぜ、そんな変なものを送って来たんです?」


 え?


 だって、それは当然でしょ?


 だって、結婚の贈り物って、むかしから、無意味で、非実用的で、だけれど愛と物語にあふれたものって、相場が決まってるじゃないですか。



(おしまい)

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