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第十三話:ささやかだけれど、誰かのなにかの、役に立つもの。(後編:その2)

     *


 ひゅうッ


 と云う音とともに、ミスターの身体が、翼から剝がされた彼の身体が、広く、深く、暗い雲の海へと落ち、消えて行くのが見えた。


「ミスター!」


 と、さけぶことが、その時のわたしには出来なかった。


 翼の上の修道士が、こちらを向いていたからである。


 そいつの、ローブの下のその顔は、ただの暗闇、本物の暗闇であり、またその暗闇は、背景の空へと溶け、広がり、拡散し続けているようにも見えた。


 ニヤリ。


 と、見えない口の端で、そいつはわらった――ような気がした。


 エンジンは、炎を吐き出し続けていた。


「お嬢さん?」


 わたしの下のおばあさんが、ちいさな声で、語りかけた。


 が、しかしわたしは、修道士に、ひろがり拡散し続けるヤツの暗闇に、目とこころを奪われていて、それに応えることが出来なかった。


 いや、それどころか、その暗闇に、睨み据えられたように、息をすることさえも忘れ、思考すらも奪われて行くかのようであった。


「お嬢さん? あなた、大丈夫なの?」


 心配したおばあさんが、わたしの肩をなで、さすってくれた。こころの底から、心配そうに。そうして、


「あの方――あなたのお友だちね、あの方なら、きっと大丈夫よ」


 と言って続けた。


 いや、たしかにおばあさん。あいつはね、何百年も生きているエイリアンですしね、死んでも死なないようなヤツなんですけどね。それでもね、そんな彼でもね、流石にこの高さから落ちたらですね、さすがに無理なんじゃないかなって、さすがに死んじゃうんじゃないかなって――、そう想うんですよ、さすがに。


「でも、きっと大丈夫よ」


 いや、ごめんなさい、おばあさん。元気づけようとしてくれてるのは分かりますけど、さすがにこれは現実で、マンガや小説じゃありませんから、無理なものは無理ですよ、流石に。


「本当に?」


 そりゃあ、そうでしょうよ。それにあのバカ、なぜか空を飛ぶ道具だけは持っていないようですしね。そんな彼が突然、なにか都合よく、いいアイディアを想い付いたり、考えてもいなかったような奇跡が飛び込んで来たり、なんか仲間的なものが、ご期待どおりに現われたりなんてしませんよ――、ほんとにこれは現実で、マンガや小説じゃないんですから。


「うーん? でも、そういうものかしらねえ?」


 そういうものですよ――クソったれ。


 と、ここでわたしは叫びそうになって、


「でも、でもね、お嬢さん」


 と、ここで彼女は、落ち着いた、だけれどすこし興奮したような声で、窓の外を、まばらな星がかがやき始めたその宙を、そおっと指で指し示すと、


「あれね、あちらのね、ほら、あれ、あちらに見えるの、あなたの、あなた方の、お友だちではないの?」


 …………え?


「ほら、あの、なんと言ったかしら、つばさの大きな、まるで、おとぎ話にでも出て来るような――」


     *


 カチャ。


 と、作業部屋の扉が開き、森永さんは顔を上げた。なみだが流れそうになった。


 が、しかし、それでも彼女は、すぐに、猪熊スタジオ・ルールその21『作業部屋では涙は流すな』を想い出すと、必死でそれを止めた。


 流した涙が、原稿用紙を汚してはいけないからだ。


「なにを描いているの?」


 パジャマ姿のまま、猪熊先生は訊いた。


「すみません」


 森永さんは応えた。必死でハンカチを探しながら、「私、勝手に、先生のキャラクターを――」


 先生の後ろにいたタケシさんが、彼女のためにハンカチを差し出そうとしたが、しかしその手は、


「誰?」


 と問う先生の言葉に止められた。「誰を、描いていたの?」


「――です」


 涙で、よくは聞き取れなかった。結局、彼女のハンカチは見付からなかった。


「彼女……、なら……、い……ちど……、この目で……、本物を――」


 手の下に置く用のティッシュを、何枚か取り、右側の目に当てた。


「彼女なら、私でも描けると想っ――」


 森永さんのところまで、先生は歩いて行った。ゆっくりと、傾きながら、それでも、まっすぐに。


「彼女?」


 そう、先生は訊いた。森永さんの原稿用紙を、のぞき込みながら。「彼女はいま、どこを飛んでいるの?」


     *


「いぃやっほぉおおおおおお!!!!!!」


 と、ミスターは叫んでいた。


「いちどっ! 乗ってみたかったんだっ!!!」


 のぼり始めた月を背景に、赤銅色の巨大な翼竜・メスドラゴンのエレクトラちゃんに張り付いて。そうして、


 ギャーーーーーーッス!!!


 と、エレクトラちゃんも叫んでいた。


 その巨大な、黄色の瞳を、するどく光らせ、翼の上の修道士に向かって――、


「いいぞ、エレクトラッ! ドラゴンキックだッ!!!」


 って、ごめん、ミスター。その子、そんな少年マンガ的必殺技は持ってないわよ。


「え? そうなの?」


 なので、代わりに、


 ブゥンッ!!


 と、ながく巨大な彼女の尻尾が、修道士を狙う。が、しかし、


 フッ。


 と、突然、そいつは翼の上から姿を消し、代わりに、


 キャーッ


 と叫ぶ女性の声が、機内後方から聞こえて来た。


 急いでうしろをふり返ると、そこに、ソイツは立っていた。


 さき程までの朱と青の衣装は、いまは何故か、白と暗闇のそれに変わっていた。


「ミスターッ!」


 わたしは叫び、直後、左耳のあたりに、するどい痛みを感じた。


「ッツ!」


 痛さに耳を押さえると、きっと修道士のせいだろう、そこに着けていたミスターとの無線機が壊されているのが分かった。――手にすこし、赤いものが付いた。


 そうして、それからソイツは、一瞬だけわたしを見たが、すぐにちいさく頭をふると、まるで、《お前の番はまだだ》とでも言いたげな様子で横を向いた。


 そうして続いて、ナニカのちからで、わたしの口と動きを取れなくすると、


「うー」


 と、うなるわたしは無視したまま、今度は、熔け掛けた鉄のような右手で、ちいさな円を、


 ひゅっ。


 と描いた。


 飛行機の壁に、ひとが通れる――いや、落とせるほどの大きさの、穴が開いた。


 キャーッ


 と、先ほどとは違う女性のさけび声が聞こえ、スチュワーデスたちが一斉に、乗客に席に着き、ベルトを締めるようにと言った。


 もちろん。


 ここで本来ならば、彼女たちも席に着き、ベルトを締めなければいけないハズだし、あるいは、修道士に近付き、飛び付こうと考えたひともあったかも知れないが、それでも何故か彼女たちは、その場に立ち尽くし、声をあげる以上の動きは取れないようすであった――まるでいま、わたしがソイツにやられているみたいに。


 コッ、コッ、コッ、コッ、コッ。


 と、奇妙な時間が流れた。


 その間ソイツは、誰かを、ナニカを探すように、周囲を見わたしていたのだが、お目当ての物を見付けたのだろう、スーッと、すべるように、沈黙の中に落ちた機内を、その“お目当て”の下へと向かって行った。


『ヤス……ちゃ……、どう……た? な……があっ……?』


 壊れた無線機から、ミスターの声が聞こえた。途切れ途切れに。


 一瞬、修道士がこちらを向いた。


 しかし、ソイツはそれを無視した。ある、座席の前で止まった。


 そこには、出張帰りの男性が、ひとり、そのままの格好で、座っていた。


《****?》


 修道士がナニカをつぶやいた。


 男性は応えなかった――いや、応えられなかった。


 修道士が、男性のシートベルトを外し、彼をつかみ上げた。


 つい、一瞬前までは、まるで動きのなかった穴に――先ほど、修道士が開けた穴に――とつぜん、大量の空気が流れ込み始めた。


 そうして、男性をつかみ上げたままのソイツは、ゆっくり、静かに、まっすぐに、穴の方へと移動を始めた。


 横顔だけだが、はっきり分かった。


 本当に、飾森さんにそっくりだ――そんなことを想った。


 いま、修道士が消そうとしているのは、茂木紘一さん、その人だった。


     *


「久美子ちゃん、書庫に行って『ときを見た少年』のコミックスと資料ノートを持って来て」


 ちょうどその頃――時間と空間をまたいだちょうどその頃――、猪熊スタジオの、いつもの部屋の、いつもの作業机の上では、猪熊先生が、原稿用紙に向かい格闘していた。


 パジャマ姿のまま、自分が、自分たちが、どこへ向かうのかも、分からないまま。


「コミックスは、単行本の一巻と十一巻、それに、大長編の五巻と七巻をお願い」彼女は続けた。


「ノートは? 全部もって来ますか?」森永さんが応えた。


「いいえ、修道士の設定が欲しいだけだから……一冊目と三冊目だけでいいわ」


「了解です」


 そう言って部屋を飛び出そうとする森永さんを、


「あ、待って、」と、先生は止めた。すこし考えてから、「航空機関連の資料もいくつか持って来ておいて」そう続けた。「たしか、民間航空機の断面資料もあったはず」


「了解です!」


 それから改めて、彼女は廊下に飛び出して行った。


 もう少しで、部屋の前のタケシさんとぶつかりそうになった。


 そうして、どうにかそれをかわした彼女に、タケシさんは訊いた。なんだかとても、申しわけなさそうに、


「どうですか? アイツの様子は?」


 ふり返らずに、彼女は答えた。


「絶好調です!」


 自分でも、驚くほどの声が出た。恥ずかしくなって声を落とした。


「アレこそ、私の憧れたカトリーヌ・ド・猪熊です」


 彼女の語ったこの言葉は、あまりに小さくなり過ぎていて、タケシさんにはよく聞き取れなかった。


 が、それでも彼はほほ笑んだ。


 開いたドアのすき間から、そっと、机に向かう、妹の姿を見詰めた。


 子どもの頃と変わらない、ひとり静かに、世界と向き合う、戦う、彼女の姿が、そこにはあった。


 が……、あ、いや、「ひとり静かに」は、ここでは適切ではなかった。


 なぜなら、彼には見えなかったし、今後も決して見えることはないだろうが、それでも、そこには、その孤独な作業部屋には、作業部屋いっぱいに集まった、彼女の世界の住人たちが、彼女を励まし、鼓舞し、勇気を与え、すこしでも、ほんのすこしでもよいから、物語が幸せな結末へと向かうことを、こころから、願っていたのだから。


     *


 ゴォオォオォォオォオオオオォオォン


 と、大量の空気が、機外へと流れ出て行く音が聞こえた。


 静かに、深く、まるで、落ち着かない夢の中で聴こえる、無数のネオンライトのように。


 しかし、それでも不思議なことに、修道士の開けたその穴は、そこを起点に機体を割ることもなければ、他の乗客や乗員をそこに引き込むこともなかった。


 つかみ上げられた茂木さんを救おうと、何とか身体を動かせた数人のスチュワーデスと、近くにいた男性たちが、修道士の方へ向かって行くことはあった。


 が、しかし、ある者は弾かれ、ある者は床に伏され、ある者は、不意の眠りへと、誘われていた。


 わたしは、依然として、口もからだも、動かすことが、出来なかった。


 ソイツの腕をつかみ、天井を見上げる茂木さんの目からは、次第に生気が、失せかけていた。


 きっと彼は、自分がいったい何に巻き込まれたのか、自分がいったい、何をしたのか? まったく分かっていなかっただろう。


《……、……反だ。》修道士のつぶやきが聞こえた。《……は、……違反だ。》


「な……、に……」消え掛ける意識の中で、茂木さんは訊いた。「……を?」


《これ……は、契……違反だ。》


 なに?


 わたしは想い、その言葉の意味について、考えを巡らそうとした。


 が、封じられた身体と同じように、わたしの思考も、まるでそこに閉じ込められているようであった。


 ゴォオォオォォオォオオオオォオォン


 流れ出る空気の音が勢いを増し、


《これ……は、契……違反だ。》


 と、修道士は繰り返した。


「茂木さん!」


 と、どうにかわたしは、声を上げることが出来た。が、


 ピキッ


 と、わたしの周囲の空間に、うすくかたい、氷やダイヤモンドのような膜が作られ、


 ゴォオォオォォオォオオオオォオォン


 流れ出る空気の音はさらに勢いを増した。


 わたしの声は、それ以上、出すことも、どこかに届くこともなかった。


「ミスター!!」


 わたしは、こころの中で叫んでみた。


 が、それに応えるものはいなかった。


 そうして、生気を失くした茂木さんの顔は、修道士の手により、穴の向こう側へと――、


 と、ここで、


「ヤレヤレ、最初っからココに来とけばよかったんじゃないか?」


 と、まるで加藤精三さんのようなローバリトンボイスがわたしの耳に飛び込んで来て、と同時に、


 がぶりッ!!


 と、修道士の腕に嚙みつく何者かの影が見えた。


 と想ったら、それに続いて、


「えーーいッ!!!」


 と、子供用の金属バットで、修道士のひざっ小僧にフルスイングをかます、ちいさな、九歳の女の子の姿が見えた。


 この痛みと勢いに修道士は、持ち上げていた茂木さんを床に落とすと、そのまま自身も、その場にくずおれた。


 すると、それを見たその女の子は――まるいおでこの、ひかるその子は、


「オイオイ嬢ちゃん、流石にソレはヤリすぎじゃねえか?」


 と言う、しっぶい声のボーダーコリー、人語を解すエルくんの忠告なんかはシレッと無視して、


「大丈夫よ、これっくらい」と、ふたたびバットを構え直すと、「悪いやつにはお仕置きが――」


 と、今度は修道士の股間めがけて、金属バットのフルスイングを――あーあ、いたそー――ぶちかましていた。


「うそでしょ?」あっけに取られてわたしはつぶやき、


     *


「なんでふたりが、そこにいるのよ?」机の前の猪熊先生も驚いていた。「わたし、あなた達をそこに描いたりなんかしていないわよ?!」


     *


 すると、この質問には、


「勝手に来たんだよ、先生」と言う、また別の声が答えた。「勝手に人を消しやがったからよ、勝手に戻って来てやったんだよ」


 甘いマスクと甘い声、こころ優しきダメ男、我らが飾森陸さんだった。


「だからさ、“ダメ男”はやめてくれねえかな、ヤスコちゃん」と飾森さん。床に倒れた茂木さんの顔をちょっとだけ見てから、「てかやっぱ、俺の方がいい男じゃない?」そう言っておどけた。「こんなジジイよりさ」


     *


「その人がおじいさんなら」こまったように先生がわらい、「私なんかおばあちゃんよ」


     *


「なに言ってんだよ」それに飾森さんが返そうとした、「ヤワラちゃんはずっと――」


 次の瞬間、


 ドンッ!!!


 と、うしろで大きな音がした。おどろいてそちらをふり返ると、問題のエンジンがさらに大きな炎を上げていた。そうして今度は、


《こ……れは、》


 と、直接耳に侵入してくるような、そんな深いつぶやきが聞こえた。修道士の声だ。わたしは気付き、ふたたびそちらを向こうとした、一瞬前、


《これ……は、契約、》


 ソイツは今度は、飾森さんの首を取り、持ち上げ、彼の目を暗闇で覆おうとしていた。


《契約……違反、だ。》


 今度はハッキリ、そう聞こえた。


     *


「エレクトラッ! もっとエンジンのところまで近付いてくれ!」


 と、ちょうどその頃、機体の外でミスターは叫んでいた。左腕でエレクトラちゃんにつかまり、右手で例のポーチをまさぐりながら、


「そろそろっ! 欲しいものに手が届…………よしッ! あったぞ!!!」


 と、何やら1メートル四方の真っ赤な布――表面にデジタル時計のマークがいっぱい付いた風呂敷のような真っ赤な布――を取り出す彼だが、だからさ、それってひょっとして……、


「ッテッテレー、『タイムふ○しき』ーー!!!」


 と、もう、ネーミングを工夫するつもりもないミスターだが、それって結局アレよね? その風呂敷を被せると、被せたものの周囲の時間を逆行させたり進行させたりする――、


「そうそう。未来の世界の――」


 うん。よし。それじゃあ、それを使ってエンジンを直そうってことね?


「そうそう。時間を逆行させて、壊れる前の状態に――」


 でもそれ布よね? 燃えたりしないの?


「え……? えーっと……? あれ? ほんとだ! 『燃え盛る炎には近付けないで下さい。』ってしっかり書いてある!!!」


 はあ。


「ここまで来てうそだろ? 他になにか、他になにかないか?」


 と、さらにテンパるミスター。四次元ウェストポーチの中身を、これでもかと宙にまいて行くが、ここで突然、


     *


「いいわよ、ミスター、そっちは任せて」


 と、作業部屋の猪熊先生が彼に言った。


 彼女はいま、森永さんに取って来て貰った『飛行機断面資料集』と、某大手輸送機器メーカーがネットに上げている『航空エンジンの仕組み』をザクッと読んで、ジェットエンジンのおおよその構造を理解、


「メーカーは違うけど、基本は一緒でしょ?」とばかりにペンをひと振り、「エンジンの消火と修理は私がやるわ」


 それだけ言うと、改めて原稿用紙に向かい、“現実のエンジン”の修理を始めた。


「あなたは機内に戻って、リクくんとコウさんを助けて」


     *


「はあ?」


 と、我が目を疑うミスター。


 彼の前では実際に、宙に浮かんだエンジンが、燃料を止められ、火を消され、部品をバラされ、パーツ単位での修理が進行している。


「いったい! どういう!」と、彼は叫ぼうとしたが、


「いいからッ!」と言う先生の言葉に口をふさぐと、「はやく戻って!」


「分かったよ!」と二・三度、首をぶるッとさせてから、「ぜんぶ終わったら、また調べさせてもらうからね」


 そう言って、飛行機の反対側、先ほど修道士が開けた穴の方へと向かって行くのでありました。それから――、


     *


「契約……?」と飾森陸さんは訊き、「なんの契約だ?」


《そ……れは、》と、問題の修道士は応えた。《お……前……の、知……るところ……ではない。》


 そのころ、こちらの機内では、何故かターゲットを茂木さんから飾森さんに変えた修道士が、彼を問題の穴から機外へ放り出そうとしているところでありました。


「だ……けどよ」と、穴のまわりで手足を突っ張る飾森さん。「関係……は、ある……んだろ?」どうにか修道士を止めたいようだが、「な……んせ、こっから落とそうとするくらいだもんな」


《履……行……、の強……制……》修道士の力は、徐々に強さを増して行っているようだった。《お……前を、消……して、代……理とす……る。》


 もちろん。こうしている間も、エルくんやパウラちゃんによる修道士への攻撃は続いていたのだけれど、


「なんで! バットが! 効かないのよ!」


「ダメだ、嬢ちゃん。コイツ、さっきとは全然ちがうナニカになってやがる」


 実体を変質させたのか、それとも存在の位相をずらしたのか、それはわたしにも分からないが、もはや、彼らには、修道士を傷付けることも、動かすことも出来ないようだった。


「……代理?」と、飾森陸さんは訊き返した。床に倒れる茂木さんを、目で指しながら、「そこの、ジジイの代わりってことか?」


《猪熊和楽……が、代……償、代償と……して、“かなしい時間に出会う”こ……とは、変えら……れない。》


 代償? なんの代償だ?


「俺で、そこのジジイの代わりになるのかよ?」


 飾森さんは続けた。


《我……々の、厳……密、な観察……、と計……測、によ……、よれば、》


 修道士も続けた。なにかの、可変長符号のように。


《お……前……の、喪……、喪失……は、茂木紘一……と? と、同……じ、じか……、そ……れ以上……の、“かなしい時間”……を、猪熊和楽が……、に……、与えること……に、が……、な……、出……来る。》


 そうして、


「へえ……」


 と、飾森陸さんはほほ笑んだ。手足の力を抜きながら、「そいつは、うれしいねえ」


「ダンナ!」


 と、エルくんは叫んだ。彼の方へと駆け寄りながら、「変な気を起こすんじゃ――」


「エル!」


 彼は応えた。彼の相棒に、なんだか少し、すまなそうな顔をして。


「そこのジジイが目覚めたら、俺の代わりに言っといてくれ」


 それでもどこか、うれしそうに。「“これ以上、ヤワラちゃんを悲しませんな”」


「リクさん?!」


 パウラちゃんが叫んだ。一瞬、彼は、彼女の方を見た。「アーサーと仲良くな」


 そうして彼は、そのまま、修道士の手を払うと、


「ヤワラちゃんには、嬢ちゃんからよろしく伝えといてくれ」


 そう言ってから床を蹴り、ひとり、星の下へと飛び出して行った。



(続く)

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