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第十二話:スモール、グッド・シングス(前編:その2)

 承前。


     *


「これ……、茂木さんですか?」


「そうよぉ。子どもの頃もかわいかったけど、大人になると、これまたカッコいいでしょう?」


「え?」


「なに?」


「でも、このひとのお顔って――」


     *


「え? なに? 知らなかったの? ヤスコちゃん」


 と、そんなこんなな翌日、そんなわたしの疑問に答えてくれたのは、悪魔のミアさんでありました。


「私も実物は見たことないんだけどさ、そのモギなんとかってのが、リクくんのモデルのハズよ」


 と、ミアさん。彼女は、例の絵の進捗具合――ミアさんがモデルになったあの絵のことね――その進捗具合が気になったとかで、フラッとここのマンションに寄ったのだそうですが、


「もちろん、性格はぜんぜん変えてるようだけどね」と言って続け、すこしとおくを見るような目をしてから、「その写真は? もらったりしてない?」


「あ、はい」と、ここでわたし。スカートのポッケからスマホを取り出すと、「明け方、想い出したように送って来られまして」そう言ってメールを開こうとするが、


「ごめん、そしたらそれさ、そのまま私のスマホにも転送してくれない?」と、すこし食い気味のミアさんにその手を止められます。


「え? あ、でも、いちおう、先生の了解を――」とわたしは言い、


「いいから、」と、すこし悪魔モードにはいってミアさんは応えます。「ヤワラちゃんには、私から話しておくからさ」


「え? あ、はあ」と、わたし。背中にちょっと、冷たいものを感じながら、「じゃあ……、送りますね」


 ピロン。


「うん、ありがと」とミアさん。悪魔モードを隠しつつ、「ふーん?」と、問題の写真を一瞥すると、「なーんか、うかれてんのね」


「あの、」


「うん?」


「ちなみに……、その……、飾森さんご本人はこの事を――」


「知ってるわよ、もちろんね」


「あー」


「逆に、ヤワラちゃんの方が、分かってんのか分かってないのか、分かってて分からないふりをしてんのか、分かっててロックをかけてんのか、分かんない感じ」


「ロック?」


「うん?」とミアさん。なかば強引に、「あ、じゃあ、私、そろそろ行くわね」そう言うと、


「え? でも、絵は?」と問うこちらの言葉もおざなりに、


「ごめん、また今度にするわ。ちょっと用事を想い出しちゃって」と、悪魔の羽根を生やしつつ、「もしまた、この件で、なにかあったら連絡ちょうだい。出来るだけ早く」


「“この件”?」


「そのモギなんとかの件でなにかあれば、なんでも」そう言ってベランダから空へと飛び立とうとします。そうして、


「ちょ、ちょっと、ミアさん、いま、真っ昼間」と言うわたしの言葉もほったらかしで、


「あー、あと、もしもだけど、」と、ミアさん。大きく羽根を広げると、そのまま、「もしもわたしにつながらない場合は、例のドラゴン使いに連絡してあげて」


 と、たかい空へと、消えて行くのでありました。


     *


「あれ?」


 と、これとほぼ同時刻。石神井川のあるほとりでは、小さな木のベンチにすわり、何者かと対話をする、行政書士の石橋伊礼さんの姿がありました。


「……なにか?」と、その何者かは訊き、


「あ、いや、あそこ、あの雲のところ、」と、石橋伊礼さんは応えました。「あれって――」


「うん? あぁ、ツバメに化けてはいらっしゃるが、あれは、例の悪魔のお嬢さんですな」


「やっぱり。こんな昼間から――」


「最近はおとなしくされていると想っていましたが――、そう言えば、つい最近も、ドラゴン乗りの奥さまが石神井に来られていましたな。彼女も、白昼堂々、空を飛ばれていた」


「らしいですね。私はちょうど、都内に出ていて知らなかったのですが」


「あなたの見られた《預言》と言い、またひと騒動あるのですかな?」


「あ、それが今日お会いしたかった理由のひとつでもあるのです。レイン伯爵」


「“アドリアン”」


「……はい?」


「知らぬ仲でもありますまい、石橋先生。是非、“アドリアン”、そう名前でお呼び下さい」


「あ、これは恐れ入ります、レイン……あ、いえ、アドリアン。それでは、私のことも、ぜひ“伊礼”と、下の名でお呼び下さい」


 と、言うことで。


 なにやらやたらと恐縮した感じで、その何者かと話す石橋さんですが、こんな彼の姿を誰かが見たら、眉をひそめたかも知れません。それと言うのも、今回の彼の対話相手、


「それでは是非、そう呼ばせて貰うよ、親愛なる、石橋伊礼くん」


 と、どこか露口茂さんを想い起こさせる渋めの声の持ち主というのが、どこからどう見ても、うつくしい光沢を身にまとったボンベイのオス――まるで気高きクロヒョウのような――洗練ボディのネコちゃんだったからであります。


 また、そうして、


「うん。では、本題にもどろうか――」


 と話すアドリアン・ファン・レイン伯爵の声も、普通の方々には、


「にゃ。なにゃ、なうんにゃなん――」


 と、普通のネコ語にしか聞こえず、


「それが、たしかに先日、《預言》を見はしたのですが、今回のものは、なにかビジョンがぶらつくと言うか、いくつもの画像? 未来? が重なり合っているように見えていてですね――」


 そう話す石橋さんの言葉に、いくらレイン伯爵が、


「なニャン」


 と、明知明晰なるタイミングであいづちを打っては、


「なふなふなふなふ、なニャン」


 と、知性溢れる金色の瞳で応答し、


「ゴローにゃん、にゃんにゃん」


 と、古の賢人が発するような、金言・寸言・箴言を発したとしても、


「ママー、あのおじさん、ニャンコとおしゃべりしてるよー」


「あ、こら、見ちゃイケません」


 という風にしか、普通の人には見えなかったからなんですね。――うん。石橋さん、ちょぉっとヤバい人に見えているかも。


     *


 と、言うことで。


 文字数の関係もありますし、ぶっちゃけちょっと面倒でもあるので、この後の伯爵の言葉は、他の猪熊キャラにも聞こえている感じに、要は普通の日本語で、書きつづって行きたいと想いますが、猪熊キャラではない普通の方々にとっては、普通のネコ語にしか聞こえていないってことで、その辺ご了承のほどよろしくお願い致します。


 うん。ほんと、めんどくさくてごめん。


     *


「と、言うことで、アドリアンさんなら、なにか預言を読み解くいいヒントを頂けるのではないか? と、本日はうかがった次第なんです」


 と、石橋さんは言いますが――、あ、そだ、ちなみに。


 なんで彼がこんなに伯爵に対してへりくだった物言いになっているのかというと、それはもちろん、彼が伯爵だっていうのももちろんありますが、それ以前に彼、レイン伯爵が、猪熊キャラの中でも、最古参の部類にはいるキャラだからなんですね。


 そうそうそうそう。


 あの、『黒猫アドリアン』シリーズ。


 泣けて、笑えて、元気が出る。子ども向けマンガのお手本みたいな作品なんですよねー、これが。


「あ、いえ、樫山さん、あれも、ただただ、ほそくながく続いたというだけの作品で――」


 と、伯爵は謙遜されますが、いやいや、伯爵、あなたのそのダンディなたたずまいに恋いこがれた少年少女は、わたしも含めて数多く、とくに、《マグノリアの白い花》編で、最大の敵カルスにさらわれた永遠の恋人、レディ・マリネットを救いに練馬区中のイヌ・サル・キジを相手に孤軍奮闘されるお姿は――、


     *


※編者注:

 例によって例のごとく、泰子先生による横道、脱線、終わらないお喋りがはじまってしまいましたので、ここから始まるレイン伯爵の大冒険と、レディ・マリネットとの恋の行方や涙の別れについては、サクッとキットカットさせて頂きたいと想います。この連載も、あと二話しか残ってないの、分かってねえんだよ、この先生バカ


     *


 …………はい。


 と、こうして、白い夜の悪夢は過ぎ去り、練馬の空にもふたたび、うつくしい朝日が昇って行くのでありました、おしまい。


 と、いっやー、こんな感じで、ほんと、《マグノリアの白い花》編は、『黒猫アドリアン』の中でも白眉中の白眉ですよねー。


 あ、もちろんですね、冒険活劇って意味ではですね、《グラントハイツ攻防戦》編におけるイダテンこと流星シルバーとの…………え? いま何か言いました?


 いい加減話がながい? そうですか?


 えーっと? ひい、ふう、みい…………って、やだ、わたし、気が付いたら三万字も伯爵の話に使ってるじゃないですか。


 あー、さすがにこれは、そろそろ本編に戻らないと、また編集の坪井さんからグチグチグチグチ愚痴られるパターンですね。


     *

※編者注:

 言ってもどーせ聞いてくれないんで、勝手にサクッと、キットカットしておきました、先生。


     *


 ってことで、マジメな社会人兼社会不適合者なわたしは、話を本編へと戻すわけですが…………、えーっと? たしか、伯爵と石橋さんの会話を書いてたんだったわよね――、


     *


「たしかに私も、ミス猪熊のしあわせを心から願っているもののひとりとして、協力は惜しまないつもりだがね、石橋伊礼くん」


 と、相変わらずのダンディボイスで話されるレイン伯爵。


 きっと、レディ・マリネットのことを想い出されているのでしょう、そのうつくしく黄色き瞳を――って、ダメだ、レディ・マリネットのこと考えると涙が出そう、わたしが――、一瞬くもらせると、


「やはり、その、君の言う、泣いている彼女のビジョンというのは――それは、それだけは、消えないのだね?」


 すると、この言葉に石橋さん、


「はい。どんなに他の風景や、周囲の人物が変わったとしても、先生が泣いているビジョンだけは、はっきり、明確に残っているのです」そう続けてから、「あ、あと、もうひとつ――」


「なんだね?」


「たぶん、飾森さんだと想うのですが――」


「飾森? 飾森陸くんのことかね?」


「はい。その彼が空を落ちて行くビジョン、そんな光景も見えたのですが、そのビジョンも、他の部分に比べ、なぜか奇妙に、鮮明に、くり返し表れて来るのです」


「ふーむ……」


 と。


 さて。


 ここまでが例の、先生と茂木さんが再会された翌日にあったことで、ここから伯爵とその仲間たちもアメリアさんやミアさん達と連絡を取り、先生の様子を観察して行くことになるのでありました。



(続く)

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